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8.

それからも練習は続きました。しかし、わたしは何をやっても精彩を欠き、結局その日はいいところ全くなしで終わりました。


「入学時期の差による実力差は想定していた」

トレーナーさんはそう仰るのですが、わたしの無能さは想定の範囲内でしたか……?

『荷物をまとめて地元へ帰れ』と、ズバッと引導を渡してくれたほうが、よほど気がラクなのに。

『井の中の蛙、大海を知らず』とはよく言ったものです。わたしは海を見て砂浜を駆けて、ここまで大きくなりましたが、海から離れた今、やっと海の広さ、深さを片鱗を見たのかも知れないです。


放課後どうやって自室に戻ったのかすら、よく覚えていないほどの有り様で、食事も喉を通らず、ベッドの片隅で踞るだけです。

わたしの落ち込み様を見かねたノエさんは、若干怒気をはらんだ(しかし天使の様な)声で、

「風呂行くぞ!!」

と言って、私の横面をビンタしました。え?ビンタ?なんでわたし殴られてる?お父さんにも殴られたこと無いのに。


「やっとオレの話を聞いたな、イサミン。風呂行こうぜ。汗臭くちゃ、折角のいい女も台無しだぜ?」


え?なに?アイドル顔負けの美少女のくせにイケメンで女殴るとか腹立つんですが。


「部屋のシャワーで」

「ダメだ。大浴場だ。イサミンまだ使ってないだろ。その説明でもある」


そう言えば昼はクロさん蹴っ飛ばしてました。もしかしてノエさんDV彼氏ですか?


「部屋から出たく」

「いいから黙ってついて来い」


トゥンク……。


神様……これがあの『トゥンク』なのですね……。

トゥンクと言う神秘エネルギーを得たわたしは、辛うじて立ち上がり、大浴場に行く気力に変換した。


大浴場はわたしの故郷の近隣村にもあった温泉施設と似たような作りで、と言うより、不特定多数が使う大浴場とは、どこも似た様なシステムなのでしょうね。

出会って二日目で裸のカンケイなんて……ノエさんって大胆です……。でもノエさんに迫られたらわたし拒めな

「早く来い、モタモタすんな」

「あ、はいスンマセン」


10人程度であれば余裕でくつろげる程度のサイズ感でしょうか?利用可能時間をギリギリ過ぎているので、他の利用者はいない貸切だ。


「時間、いいんですか?」

「フフフ……実はこれ裏技でな。寮母さんが見回り来ると注意されるが、追い出されることはないのだ!」

「注意されてますよねそれ」


『湯に入る前にカラダを洗え!キタナイ!!』


言葉のナイフが剥き出しの掲示物に従う。


「イサミン、背中洗ってやるよ」

(えっ!?トゥンク……)


美少女の小さなアワアワお手々がわたしの背中に……!?


「身体洗う時タオル派?スポンジ派?タワシみたいなタオルもあるよ?」


(素手でお願いしまス!と言いそうになるも、ギリ踏み留まったわたしは偉いと思います)


「素手はヤダ」


(留まってませんでした)


……


出会って二日目にして、既に互いの背中を洗い合う関係……。わたし達、これからどうなっちゃうの〜〜〜!?

なんてバカなことを考えながら並んで湯船に浸かった。


「脚、見せてみな?」

「えっ!?」


答えるより先に踵を掴まれ、足裏や脚の動きに違和感や痛みが無いかとか、いろいろ聞かれ 、揉まれました。


「激しい運動後はまずアイシング。炎症を抑える。それから温浴とマッサージで血行を促し、回復を早める。

こういうセルフケアは、なかなか誰も教えてくれないからな。次からは自分でやれよ」


「イサミンはたぶん、自分のことを最鈍ウマ娘で学園にいる価値がないって考えてるんじゃないか?」


「……はい」


「ここに来るウマ娘のたぶんほとんどが、最初はそう感じてるぜ。

地元じゃ負け知らずの最速伝説を打ち立てたウマ娘。地域始まって以来の神童ウマ娘。そう言う化物が日本中から集まるのがここ、トレセン学園中央校さ。

化物共を同じ器に押し込め、互いに食い合いをさせ、生き残った上澄みの利益を大人たちが食む、巨大な蠱毒システム。それがトレセン学園とその運営母体URAだよ。大将の受け売りだけどね」


「ノエさん……」


「そろそろ出よう。のぼせるのも身体に良くない」


風呂の後は寮の屋上階へ登り、火照った身体を休ませます。

都会の夜はほとんど星が見えません。街の灯りが強すぎて、星の光を隠してしまうのだそうです。故郷に比べて寂しい夜空を見上げていました。


「おまえ、メシ食ってないだろ。みんな心配してたぞ。いいか、心が折れそうな時こそメシを食え」


大きな菓子パンにエナドリにプロテインバー……。みんなからの差し入れだそうです。


「ノエさん。いやノエさんだけではない、チームのみんな。どうして、出会ってすぐのわたしに、こんなに優しくしてくださるんですか?」


ふと、目尻から涙がこぼれていました。


「仲間だから……じゃ言葉足らずだよな。

オレたちのチーム、本当はおまえ入れて6人だったんだ。結局6人全員揃うことは一度も無かったけどな。

オレも、他の仲間も、アイツのことを忘れたことはないし、感謝している。心は今も共に走って、戦っている

そいつが去り際、まだ見ぬおまえのことを案じていたからな……。

だからオレ達はあいつに受けた恩を、感謝を、おまえに返すんだ」


見えない星空を思いながら食べる菓子パンは、やけにしょっぱかったです。

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