第2章:手紙の発見
帰宅した弘子は、部屋でひとり、タンスを開けた。古いタンスの中からは、埃の匂いが立ち込めた。着物やアルバム、それに一枚の封筒が出てきた。
「これは……?」
弘子は封筒を手に取り、ゆっくりと開いた。中には一枚の古い便箋が入っていた。弘子の心臓が、急に高鳴り出した。
それは、タカシからの手紙だった。
「弘子へ
今夜、午後9時、駅前の時計台の下で待っているよ。
親の許しは得られなかったかもしれないけど、俺たちは若くて、自由だ。
一緒に、どこまでも行こう。
永遠に、おまえを想う」
—— タカシより
読み終えると、弘子は一瞬言葉を失った。胸の中で、古い記憶が蘇ってきた。
「そうだった……あの日のこと」
弘子の目に涙が浮かんだ。若い頃、彼との約束を果たせなかったこと。父が急病で倒れ、病院に駆けつけなければならなかった日。タカシを待たせっぱなしにしてしまったこと。そして、数日後に届いたタカシの訃報。
「私……ちゃんと行かなかったのよね」
弘子は手紙を胸に押し当て、涙がこぼれてきた。
その日以来、タカシとの約束の場所へ行くことはできなかった。でも、心の中ではずっと、あの日の約束を抱えていた。
弘子は立ち上がり、窓の外を見た。春の日差しが暖かく、桜の花びらが風に舞っていた。
「タカシ……今なら、行ける」
弘子は手紙をしっかりと握りしめ、部屋を出た。その背中には、若かりし日の強さと、今の優しさが共存しているかのように見えた。
弘子は歩きながら、町の景色を見ていた。商店街には、いつもの八百屋やパン屋、そして古本屋が並んでいた。
「弘子さん、またお買い物ですか?」
八百屋の松本さんが声をかけてきた。
「ええ、ちょっと……」
弘子は答えたが、自分でも何を買いに来たのか覚えていない。
「今日は暖かいねえ。桜も綺麗ですよ」
「ええ、本当に」
弘子は桜の花を見上げながら、歩き続けた。道中で、顔見知りの人たちに声をかけられるが、弘子はあまり覚えていない。彼女の心は、すでに時計台の下にある。
時計台に着くと、すでに夜が迫っていた。周囲は暗くなり、街灯が灯り始めていた。弘子は時計台の階段を上がり、広場の中央に立った。
「タカシ……」
弘子は手紙を胸にしめ、空を見上げた。満天の星空が広がっていた。
「ごめんね。遅くなっちゃって……でも、今来たよ」
風が吹く。桜の花びらが舞い、弘子の肩に乗る。
「待ってくれてたのね」
弘子は微笑んだ。その瞬間、まるでタカシがそばにいるような気がした。
「弘子……」
耳にタカシの声が聞こえた。
「タカシ?」
弘子は振り向いたが、誰もいない。ただ、風が吹き抜け、花びらが舞うだけだ。
「幻聴かな……」
弘子は肩をすくめながら、時計台の下で座り込んだ。手紙を読み返しながら、過去の思い出に浸った。