後編
私が……。
女神の生まれ変わりな……?
――ドクン
あれ?
意識が……。
* * *
処刑台の上で繰り広げられる光景に民衆は釘付けとなっていた。
まとう空気が変わったリーリエを全員が唖然と見ている。
「王族などに勇者の力を授けたのが愚の骨頂だったのか。魔力持ちをここまで非難しているとはな」
「何だいきなり!無礼だぞ」
「口を慎め痴れ者が。無礼はどちらか、その小さな脳みそで考えれば分かるであろう」
先ほどとは口調も何もかも違うリーリエに王太子は驚きを隠せないようだ。
リーリエの中に眠る女神の本能が目覚めたのだろう。
それに気がついたのか、王太子はひどく慌てた様子。
「貴様らの長きに渡る愚行、許されるものではない。万死に値する」
女神は王太子に向けて魔法を打とうとした。
人間界の者には魔力はない。
なぜ女神に魔力があるのか。
女神は魔族でも人間でもない。
人にない力があるのは普通だろう。
「お待ちください女神様!つかぬことをお伺いしますが、なぜ魔力持ちを魔界ではなく人間界で生まれるのですか?」
「貴様如きが妾に口をきくか」
冷たい声で女神は返した。
軽蔑したような目をしている女神は、本当に王太子を見放しているのだろう。
当たり前だ。
何度生まれ変わっても、かつて力を託した者の子孫に殺され続けるのだから。
リーリエも危なかったのだから、その怒りは当然のものだ。
「死すべき者に与える情けはない。長きに渡る苦行は、貴様の魂で勘弁してやろう」
「ゔあぁぁあぁああああぁぁああ!!」
王太子は膝から崩れ落ちた。
目は開いているものの、生気が感じられない。
女神に魂を抜かれたのだろう。
エリーナも国民は怯えたような顔をした。
無理もないだろう。
この国の女神は怒ると怖いと言われていたが、ここまでとは思っていなかっただろうし。
女神は魔王と研究員のような女性達を見た。
「お主らがこの体を救ったのか?」
「間一髪でしたけどね」
女性と一緒にいる男が口を開いた。
女神は少し微笑んだ。
「構わぬ。こうして生まれ変わりが生きているのだから。にしても……」
女神は冷たい視線を国民に向けた。
怯えたような声を出す者もいれば、許しを乞うものもいる。
もう何もかもが遅いと言うのに。
「どうやらこやつの祖先のせいで、魔力持ち差別が生まれているらしいな。いや、洗脳と言った方がいいか?」
「差別は目に余るものでした。恐らく、洗脳のようなものかと」
「やはり愚かな王が国を収めるとこうなるのか。この国も廃れたものだ。新しい王も立てねば」
女神は女性達を見た。
「貴様ら、名はなんという?」
「セレストと申します」
「レオルドです」
女神は意味深に微笑んでから、民衆に目をやった。
「これより、この国の王は、セレストとレオルドの二人となる。次魔力持ち差別をするものがいた場合、この国が滅びると思え」
女神の口からでてはいけない脅しの言葉に、民衆は怖気付いた。
一人が魔力持ち差別をした場合、連帯責任となり、女神が国を滅ぼす。
長年苦しみ続けた魔王や魔物、魔力持ちの者などの事を思ってのことなのだろう。
何百年も人を差別し、苦しませ続けた代償には軽いくらいだ。
「女神様、素晴らしい対応に感謝を」
「貴様らにも迷惑をかけたな。やはり人間界に伴侶を生まれるようにするのはやめた方がいいかもしれぬな」
「いいえ、魔界は危険な魔物も多いです。いくら魔力を持っていても、伴侶が襲われてしまえばこれまでと変わりません」
魔界には強い魔物もいる。
過去に赤子である伴侶が襲われ、悲しみに暮れた歴代魔王の一人が女神に頼んだのだ。
「妾は過去に人間界に予言したのだがな。魔力持ちの赤子が生まれた場合は、魔界の入口に捧げるようにと。愚かな国王もいたものだ。予言を無視するとは」
「人間とは非常なものですからね」
「そろそろ時間だ。妾は帰るぞ」
リーリエの体は力が抜けたのか前に倒れた。
魔王はそれを支えた。
彼の目は愛おしいものを見る目だった。
* * *
目を覚ますと、フカフカのベッドの上で眠っていた。
あれ?
私、処刑されたのかな?
ここは雲の上かぁ。
だからこんなにフカフカなんだぁ。
死ぬのもなかなか悪くないなぁ。
「スゥゥゥゥゥゥゥ!お゙ぉ゙ぎでぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇぇ゙え゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙!!」
「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙!!」
◇◆◇
「いやぁ、ごめんごめん。元気よく起こそうと思ってね」
私を起こしに来たのは処刑を止めてくれようとした人だった。
笑顔で頭を掻く彼女に反省の色はない。
別にいいけど。
「私はセレスト。あなたと会うのはあなたが赤ちゃんだった時ぶりかな?」
「え?」
私は物心付く前から教会に幽閉されていた。
人と会うことはなく、食事もずっと部屋の前に置かれていただけだった。
この人はあの教会にいた人なんだろうか。
「私はね、あなたのお母さんなんだ」
「……え?」
お母さん?
私を捨てた?
戸惑う私を見て、セレストさんは軽く微笑んだ。
セレストさんは椅子から立ち上がって、ベッドに座る私の横に座って私を抱きしめた。
「迎えに来るのが遅くなってごめんね、リーリエ」
あったかい。
誰も私を抱きしめてくれることなんてなかった。
ずっとずっと一人ぼっちで、何をしてもみんなから嫌われて、優しくされたことなんてなかった。
お母さん
昔、教会を抜け出した時に、笑顔で幼い子供が母親に抱きつくのを見て私は複雑な気持ちになった。
お母さんという存在が私には分からない。
お父さんという存在が私にはわからない。
家族というものが私には分からない。
「お母さんは、私が邪魔だったから捨てたんじゃないの……?私が魔力持ちだから……。気持ち悪いって捨てたんじゃないの……?」
セレストさんはくっついていた体を離した。
その瞳はさみしげだった。
「そんなわけないじゃない!私はあなたを隠しておくつもりだった。見つかったら殺されると思って。でも、私の出産に立ち会った人が教会にあなたの存在を教会に報告した。あなたは教会に連れて行かれ、私は一切の接触を禁じられた。生きているならいいと思っていたの。でも、あなたは王都に連れて行かれた。私も村から出て王都に行った。聖女として活動するあなたを誇らしく思いながら、私は魔力に関する研究を始めたの」
「私を捨てたんじゃないの……?」
「違う!私は!私達はあなたが生まれたときとても嬉しかったの!魔力持ちだからといって嫌いになんてなるものですか!」
「……っ!」
私は愛されていた。
近くにいなかったけど、ちゃんとお母さんに愛されてた。
「いいの……」
ずっと邪魔者で、ずっと蔑まれていた。
「私、ここにいてもいいの……?」
「いいのよ。あなたは私達の娘なんだから」
私の目からは涙が流れた。
涙って悲しいとき以外でも出るんだ。
嬉しいときにも出るんだ。
◇◆◇
「落ち着いた?」
「おかげさまで……」
「それじゃあリーリエ。あなたの人生に関わる質問をするわ」
人生に関わる?
どんな質問だろう。
「まず、あなたは女神族であり、魔王の伴侶。だから、魔界に行く権利がある。魔界に行って魔王の伴侶となるか、この国に残って私達と一緒に暮らすか」
「え?」
魔界に行ったらお母さんと会えなくなるってこと?
それは嫌だ。
でも、魔王が苦しみ続けるのも嫌だ。
「決めれない……」
「決める必要はない」
処刑台で聞いた声に、私とお母さんは振り向いた。
そこには案の定魔王がいた。
「この城の地下に魔界に繋がる転移門を開いた。そこから毎日人間界の城に来るがいい。魔力持ちはこれからは城で育ててくれ」
「承知しました。しかし、最終的に決断するのはリーリエです。無理強いはやめていただきたい」
「安心しろ。我が花嫁の移行のままに動くさ」
魔王はここまでしてくれている。
なら、私はそこまで私を愛してくれている魔王のところに行きたい。
お母さんと離れ離れじゃないなら行きたい。
「行く。私、魔界に行く」
お母さんと魔王は優しく微笑んだ。
◇◆◇
そうして私は、魔王に嫁ぎ、これまでにないほど幸せに暮らした。
大変なこともあったけど、幸せな人生だったと胸を張って言える。
どんな人でも生きる意味はある。
生きてちゃ駄目な人なんていない。
これから先も、楽しくて幸せな人生だったと胸を張って言えるようにしたい。
これは、ずっと一人だった私が沢山の人に囲まれて幸せになる物語。
これから先のことは分からないけど、こんな日々がずっと続けばいいと思ってる。