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Bandits

作者: 不破陸

書き始めた頃の作品です。

データの関係で改行がおかしくなってますが、当時のまま残そうと思い修正はしてません。

Bandits

依頼No.13  解決者:バーズ




  ・・青目の盗人よ。手下を殺した。仇を討ちたくば北東の山岳地帯までこい。



 それは太陽が少し西に傾きかけた頃の出来事だった。仲間の生首と共に送られてきた手紙に、俺は愕然とその場に立ち尽くした。首は全部で8つ。いずれも恐怖に顔をゆがめたまま時を止めている。


 一体誰がこんなことを。森の盗賊フォレストグリーンの首領、バーズ・プラストゥ様に挑戦状をたたきつけてくるとは・・・。まあ、相手が何だろうとどうでもいい。


 そんなことより俺はいつまでも生首を持っていたくはないので、そこいらの茂みに首を投げ捨てた。たとえ仲間でも死者を笑い飛ばせ、それが団の掟だ。


 「さぁて、楽しい戦闘だ。準備、準備っと♪」


 そう言い俺はアジトの中へ入った。





 「ねえ、ホントに行くの?考え直した方がいいんじゃ・・・」


 革袋の中に水やら食料やらを詰めこんでいる俺の前にいる、長くのばした金髪を後ろでまとめ、目にはその髪と同じ色を宿した14歳の少年(ちなみに俺は17歳)・・・エル・レフェンドは言った。だが俺は荷造りの手を休めることなく言い返した。


 「ここまで堂々と売られたケンカだ。買わなかったらバーズ・プラストゥの名がすたらぁ」


 「でも・・危ないよ。わざわざ挑発してきたってことはそれなりの対応策とか考えてるだろうし」


 「馬鹿者っ。危険が怖くて盗賊なんてやってられっか。とにかく俺は行くぞ。止めても無駄だからな」


 そう言ってテントから出ていこうとする俺の肩をエルがつかんだ。


 「どうしても行くっていうなら僕も行く。いやとは言わせない」


 その金色の瞳でこちらの目を見るエル。普段は穏やか・・というかのんびりとした雰囲気なのだが、今はなぜか圧倒される。その気迫に俺は、まるで金縛りにでもかかったかのように身体が動かなくなった。


 (威圧されているだと?この俺が)


 精神を集中させなんとか金縛りから脱した俺は、ふっと鼻で笑うとエルの手を払いのけ、言った。 


 「けっ、これじゃどっちが首領かわかんねーぜ。・・・せいぜいはぐれないように

ついて来るんだな」


 そして俺は今度こそ外に出た。その後ろにエルを従えて・・。





 手紙には、北東の山岳地帯、としか書かれていなかったため、とりあえず近くの村で聞きこみをすることにした。 


 ただ俺の格好は非常に目立つ。多少黒の混じった青い髪、ダークブルーの服、そしてつりあがった目に宿すは異常なまでに青い瞳。盗賊の首領である以前に青一色は聞き込みに適さない。


 そこで情報集めはエルの役目となった。・・・が一人目でその情報は手に入った。


 何でも山で無数の死体が見つかったんだそうだ。


 (うーむ。死体の処理もせんとは・・・。俺にここまで来いといってるようなもんじゃねーか)


 とりあえずもっぱら村の噂となってしまったその事件のくわしい話を聞き、場所を確認した俺とエルは、明日の朝出発することに決め、村の宿屋で休むことにした。




 

 木々はざわめき。葉は光のまだら模様を作り。風はそれらを動かす。美しい、いい場所だった。そこに死体さえなければ。


 そこは村で手に入れた情報の場所。日の出と共に山に入り、探し当てた場所。仲間の死体が無残にも首無しでころがっている場所でもあった。 


 「おい。来てやったからとっとと姿を見せろ」


 俺は叫ぶ。だが反応はない。


 「場所はここでいいんだよ・・な?」


 誰に、というわけではないつぶやきをもらした時だった。その声が聞こえてきたのは。


 「初めまして、バーズさん。よく来てくれました。おや、お仲間さんも一緒のよう

ですが・・・まあいいでしょう」


 声と共に木々の間から出てきたのは、中肉中背、黒い髪を短く切り、黒い目の上には眼鏡をかけている20歳半ばの男。


 「お前がこいつらを殺したのか?」


 死体を指差し、低く殺気のこもった声音で問いかけた。しかし男は淡々と答えてくる。


 「いえ、それは私の主のやったことで・・。案内しますのでついてきて下さい」


 男は踵を返し歩き出す。


 「ねえ、これ絶対罠だよ。ついていくつもり?」 


 「言っただろ。売られたケンカは買うって。俺は行くからな。怖けりゃ帰れ」


 「・・・分かったよ。僕も行く」


 木々の合間に消えていく男の背を追い、俺とエルはその場を後にした。





 「ここです」


 木造のボロボロの廃屋。おそらく山小屋にでも使われていたのだろう。その前で立ち止まり男は言った。


 「本当にこんなところにいるのか?」


 「真実かどうかはご自分の目で確認して下さい」


 「行くしかないってことだね・・」


 俺は崩れかかった扉に手をかける。だが、


 「開かないぞ。鍵でもかかってんのか?」


 「いえ、扉が古いもので・・・たまに開かなくなるんです」


 「そうか、じゃあしょうがねえ。でりゃ」  


         ズギャ・・ドン・・ガラガラ・・ガン・・


 掛け声と共に放った蹴りはいとも簡単に扉を吹き飛ばした。


 「さて行くか」


 「あの・・扉、壊されると私が主に怒られるのですが・・」


 「気にすんな。どうせそいつは死ぬんだからな」


 扉がなくなりただの穴と化してしまった入り口をくぐるといきなり壁が見えた。確かに外から見てもほとんど奥行きがなかったのだが、中はただの四角い部屋。  


 「どこにいんだよ。おまえの主人は?」


 「床を見てください」


 言われて俺はそのとおりにする。そこには直径1メートル弱の円い穴があいていた。


 「地下か・・、おいエルお前先に行け」


 「えっ、なんで僕が」


 「うるせぇ。勝手についてきたんだ。少しは役に立て」


 後ろにいたエルの服をつかみ部屋に放りこむ。しぶしぶ穴に入りはしごを下り始めるエル。その後に続くは・・・


 「そういえば、あんた名前は?」


 「フレックとお呼び下さい」


 フレックが後に続き、最後に俺が入る。


 はしごは10メートルほどで終わっていた。そこはかなり広い空洞になっており奥には巨大な、両開きの扉があった。どうやらそれは、鉄でできているようだ。


 「奥で主がお待ちしております。どうぞ扉を開けて下さい」


 「はあ?ドアぐらい自分で開ければいいだろーが」


 「いえ、あなたに扉を開けさせろとの命令ですので」


 「ちっ、仕方がねえ。エル、扉を調べろ」


 暇そうに扉を眺めていたエルに言う。と、エルは扉に駆け寄り扉を叩いたり、耳をあてたりしている。そしてしばらくして戻ってきて、言う。


 「別に罠はないみたい。鍵もかかってないようだけど・・・・」


 「けどなんだ!」


 のろのろとした口調にいらだった俺はつい声を荒げてしまった。だが別に気にしてはいないようだ。変わらぬ口調で先を続てくる。


 「扉の重さが500キロぐらいあると思うんだよね」


 500・・・なるほど確かに普通の人間では開けられない重さだ。つまりこれは俺が本物のバーズ・プラストゥだということのふるいってわけか。


 「へっ、手の込んだ真似を」


 俺は扉に手をかけ押してみる。重い、だが開けられないほどではない。少し力を入れてやると重々しい音と共に向こう側の地面が見える。


 「ぅらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 叫び、そして全力で扉を押す。扉はギシギシと悲鳴をあげ、ゆっくりと向こう側へと開いていく。


 「ずりゃぁぁぁぁぁーーーっっっ」


        ドンッ・・ガグッ・・・バンッ


 限界をも超えた力で蹴り飛ばすと、扉は空気を切り裂き轟音をあげ、土の壁にぶち当たる。


 「はあ、はあ、ぜえ、どう・・・・だ」


 「す・・すごい」


 今見た光景に圧倒されつぶやくフレック。


 「まっ、これが総勢200余名、盗賊団・フォレストグリーン首領の力ってとこだね。・・・これで性格さえよければ・・」 


 性格のいい盗賊がかつて存在したかどうかは謎なところだが、とりあえず俺は、エルの頭に拳を叩きつける。


 「一言多いいんだ。てめーは」


 「痛ったぁーー、何も殴ることないだろ」


 「やかましゃぁ、正当な罰だ。だいたいお前はいつ・・・」


 「すばらしいです。さすがはバーズさん。では主と会って下さい」


 長くなりそうな口論を避けるためか、フレックが唐突に声をあげた。確かにここでいつまでもマゴマゴしているわけにはいかない。 


 「さて、その主とやらの面を拝みにいくか」



 扉の奥は長く、舗装された通路が続いていた。通路は意外と広く天井は5・6メートルほどあった。ほとんど一本道だがたまに視界に横道が見え、そして後方へと流れていく。


 「ずいぶん長いろうかだな。しかも壁に彫ってあるセンスのない紋様ときたら」


 「ああ・・それ私の作品です」


 ニッコリと笑顔を浮かべたまま答えてくるフレック。だが俺はその奥にはっきりと冷たいものを感じた。


 「っとっとと、何だ、この溝は。ちっ、明かりの位置が悪すぎて足元がちっとも見えやしねえ」


 「明かりも私が設置しました」


 二度目の言葉。やはり笑顔で答えるフレック。以下同文。 


 もうこれ以上の失言はひかえるべく、俺は黙って歩いた。その沈黙がしばらく続いた後、ようやく明るく広い空間が見えてきた。


 「あれか?主の部屋ってーのは」


 「ええ、そうです」 


 前方に見えるは円い入り口。ゴテゴテと飾ってある装飾が目立つ。


 (やっぱ悪趣味)


 そんなことを考えているとエルが声をひそめて言ってきた。


 「ねえ、何かおかしいよ。ここまで罠一つないなんて」


 「別にいいんでねーの。面倒がなくて」


 「そりゃそうだけど・・・」


 「だったら黙っとけ」


 その答えはエルを黙らせはしたが、納得までには至らなかった。エルはなにやら考え込んでしまう。


 (深く考えちまうのがこいつの悪い癖だ)


 そう思い、俺はポケットから財布を取り出しエルに渡す。


 「何これ」


 「俺の財布。ポケットに物入ってると動きづらいから預かっとけ」


 「うん・・・わかった」                          


  こちらの真意を察したか察してないかは分からないが、とりあえずエルはそれをカバンに入れた。そして俺とその他二人は主の部屋へと足を踏み入れた。





 それはそこにあった。ただあった。いたとは言いたくもない


 生物。もはや種類の判別は不可能だった。口は大きく裂け、鋭い牙を何本、何十本と覗かせている。銀色の鱗で覆われた体はさらにコケで包まれていた。二つある目の片方はつぶれ、腐りかけているのかウジがわいている。身の丈7メートルはあるだろ

う。座って・・いや、直立していない状態でも5メートルほどある天井に頭が当たっている。


 「こ・・これは・・」


 思わず声をもらしてしまった俺の隣でフレックが口を開く。


 「フォレストグリーン首領バーズ・プラストォと他一名をつれてきました」


 「なっ、ってことはこいつがお前の主か」


 驚きの声を上げる俺にその「生物」は暗く、重々しい声で告げてくる。


 「そのとおりだ。さあ、青目の盗人よ、我と戦い、その知識をよこせ」


 「しゃべる・・か。なるほどお前さん、俺の知識が望みか。くれてやるつもりはないが、一応目的を聞いとこうか」


 「・・・その問いには私がお答えしましょう」                


 フレックが言った。だがその言葉に巨獣は驚きの声を上げる。


 「フレック、あなた」


 (は・・・あなた?)


 目の前にある巨獣の言葉に思わず耳を疑う。あまりに不似合いな言葉。だが考える余裕もなくフレックは後を続ける。


 「実は・・・」


 言いかけた時だった。   


 「ガアアアアアアアアッッッーーーー」


 突然、巨獣が叫び出したかと思うと、その手を俺に向かって叩きつけてきた。動きが速い上あまりに突然の出来事だったため、対応が遅れ、左肩が爪にえぐられた。


 「ラーファ、一体何を!」


 巨獣に向かい叫ぶフレック。


 「アおのメ、コロす。シネ」


 だが巨獣には声が聞こえていないのかひたすらに俺を攻撃し続ける。飛んできた一撃をなんとかかわす。しかし、次撃は無理だった。腰にさしてあった短剣で受けるが、あっさり折れる。


 「こんな武器じゃ話にならねぇ。くそっ、シャレになってねーぞ」


 「いったん退こう、バーズ。このままじゃ勝ち目がない」


 逃げるには不本意だが仕方がない。俺は柄だけになった剣を巨獣に投げつけ、出口に向かって走り出す。


 「ニがさん」


 声と同時に巨獣の背中から何十本という触手が弾けたかのように生え、飛んできた。そして、それらすべてが俺に向かい降り注ぐ。


 (だめだ。よけきれねぇ)


        ドシュ・・・・ドン・・・・・


 肉を貫く不快な音があたりに響く。刺されたのは俺・・・ではない。俺の後ろで触手を掴むような形で腹に受け、鮮血をしたたらせている金髪の少年、エルだった。


 「バー・・ズ、はや・・く行くん・・・だ」


 かすれ声でエルは言う。だが俺の足は止まったままその場を動こうとしない。


 「なに・・・してる・・んだ、はやく」


 「行けるか!」 


 俺は怒鳴り声とも叫び声ともつかない妙な声音で言った。その間にも触手は迫ってくる。


 「はやく・・してくれよ。僕の体・・・がまだ・・動くうちに。団の・・掟では・・・仲間は見捨てろ・・って言ってたろ」


 「行けねぇ。行けるわけが・・」


 「はやく行けぇぇぇーー」


 エルの叫び。その声に俺はこの場を去ることより、この場にいることの方がエルの苦しみだということに気づいた。


 そして俺は走り出す。迫り来る触手を右に左にかわしながら走りつづける。エルが気になった。だが後ろは振り向けない。 


 「エル、必ず助けに戻るからな」


 そうつぶやき、さらに速度を上げる。前方に、来た時に使ったはしごが見えた。


 (扉が閉まるってオチは、なしにしとけよ)


 幸いにも予感は外れ、扉はそのままだ。そして、はしごの下に辿り着く。触手はまだ追ってくる。はしごを一段一段上っている暇はない。俺は迷うことなくはしごのとおっている穴の壁に爪をかけ、登り始める。


 触手は、吹き上げてくる噴水の水のように穴の底から俺を追ってくる。えぐられた肩に力が入らない。しかしそんなことにはかまっていられない。とにかく登る。爪がはがれるが気にしない。今はもう痛みを感じる感覚が麻痺している。


 光が見え始めた。出口だ。そう思い、壁にかけていた足にすべての力をこめ、蹴り出す。ダンッと爆発音にも似た音と共に俺は宙に舞った。


 景色は一瞬にして木造の部屋に変わる。出た。触手は・・・追ってこない。フラフラとした足取りで外にでると木々の作り出す美しい景色が見えた。そして俺は、アジトに戻るべくつい一時間ほど前歩いた道を戻り始めた。





 (確か、財宝と一緒に一番奥の宝物庫に入れておいたはず)


 あれから30分ほど走り続けてアジトに戻った俺は休む間もなく、あるものを探していた。あの巨獣に対抗できるおそらく唯一の武器。一撃でどんなものでも切り裂ける剣。神剣レーン・ウォーグを。


 歩きなれたアジトの通路。手下に宝物庫には普段、行かないよう言っているため、居住区から離れたこの場所には誰一人として姿を見せない。


 なさけない格好をさらさなくてすんだのは好都合だが、手分けして探せないのには困った。俺の体からはすでに大半の血が流れ出ている。エルのこともあり、焦燥感に駆り立てられる。


 宝物庫の扉にかかっている鍵をはずし中に入る。目がくらむほど強い輝きを放つ金銀財宝。だが今はそれらは単なる邪魔者でしかなかった。


 (レーン・ウォーグ。確かこの辺に)


 金貨の山をあさり、剣を探す。だが見つからない。はがれた爪が感覚の戻った指を刺激する。


 (くそっ、どこだ。どこにあるんだよ)


 焦燥感がなぜか悲しみにも似た感情に変わり、泣きたくなってくる。財宝をすべてかきまわしたが剣はどこにもない。 


 「くそっ、どこに・・」


 あきらめかけ顔を上げたその時、目に巨大な、とてつもなく巨大な一本の剣が鞘に収められるられることなく壁に立てかけてあるのが映った。


 その剣は長さ2・5メートル、柄だけで30㎝以上もある。むき出しの刀身は曇り一つなく透き通り、向こう側の壁がそのまま見えた。横幅は50㎝、切っ先にいくほど幅のせまくなっている両刃刀。鍔はシンプルな造りで、とがった針をVの字に曲げ

そのままつけたような感じだ。その剣の名は・・・


 「レーン・ウォーグ」


 扉のすぐ横にあったため今まで気づかなかったのだが、その時、俺にはまるで剣が自分を使ってくれと呼びかけているように思えた。


 ゆっくりと歩み寄り剣に手をかける。重さは・・ない。別に俺の力が強いせいではない。剣そのものに重みがないのだ。特殊な物質でできていて、主人が持つとその重みはゼロになる。ただ、実際の重さの300キロはそのまま対象にぶつけることがで

きる。まあ、簡単に言えば都合のよい便利な剣ってことだ。


 「これさえあれば・・・待ってろエル、今行くからな」


 傍らに落ちていた鞘に剣を収め、背中にベルトで固定する。そして俺はアジトから飛び出し、エルの下へ急いだ。





 俺は再び、山にある地下室へと続く穴に戻ってきた。


 「生き物の気配は・・・なし、と。・・・行くか」


 建物の陰に身を潜め、気配がないことを確認した俺ははしごを下り始めた。降りている最中も全神経を集中させ警戒する。こんなところで攻撃されてはたまらん。


 幸い、何事もなくはしごを下り終えた俺は、あたりを見まわす。ここにも気配はない。さっき来たとき蹴り飛ばし、壁にめりこませた扉は、やはり開いたままだった。


 逃げた時となんの変わりもない。


 (おかしい。静かすぎる。まさかエルの奴、もう殺されてんじゃ・・・ええい)


 悪い考えが襲ってきたが、頭を振ることでそれを退ける。考えていても仕方がない、慎重に、だが早足に通路を進む。


 しばらく進むと途中の横道から何かの気配を感じ、立ち止まる。巨獣かとも思ったが大きさがあまりに小さい。では誰だ?


 (エルか?いや、あの傷で動けるはずがない)


 迷いと焦り、板ばさみ状態に冷や汗が頬をつたう。一瞬の判断力。俺は決意し、その気配の前に飛び出した。そして剣をつきつける。


 「うわっ。・・あれ、バーズさん」


 「・・・おおっ、フレック。生きてたのか。ってことはエルの奴も・・」 


 剣を引っ込め言う。 


 「ええ、大丈夫です。急所を外れていたみたいで」


 「ってところでお前、何で生きてんの?」


 「ここではなんですし、ついてきて下さい。エルさんもそこにいます」


 そう言って横道を歩き出したフレックの背を俺は追いかけた。





 「んで、結局どうゆうことなんだ?なぜエルを助けた」


 短い横道を抜けた所にある小さな部屋、その中に置かれたベッドの上に治療をほどこされたエルが横たわっていた。


 「主・・いえ、ラーファは私達には手を出しませんでした。ですからこうして二人共、無事なわけです」


 「ラーファ・・ねぇ。あの巨獣の名前か?そういえばあの巨獣もおめぇのこと「あなた」なんて呼んでたっけか」 


 「彼女は獣なんかじゃありません!」


 勢いよく椅子から立ちあがり、俺を睨み付けるフレック。だが、すぐに座りなおしすまなさそうに口を開く。


 「すいません。ちょっと取り乱してしまって・・・」


 「いや、別にいいけどよ。どういう意味なんだ。その・・・ラーファだとか、彼女だとか、獣じゃないとか」


 俺がそう言うと、フレックはなにやら思いつめた表情になり、うつむき、そしてしゃべりだした。


 「ラーファは・・元々は人間でした。やさしい女性で・・・6年前、私は彼女と結婚をしたんです。私達はこの山からずっと離れた町に住んでいました。幸せでした。私と、ラーファと、娘のシルキアの三人で、毎日を過ごして。けれども、その幸せはあまりにも儚く、あっさりと壊されてしまいました。黒い翼を持つ女に・・・・」 

                                      

                                     

 

                                      

 フレックはいつものように仕事を終え、自分の家がある裏通りを歩いていた。仕事とはいえ隣町まで行ってその日に

帰ってくるのは辛い。夜も更けきったこの時間帯に人通りは皆無だ。だが、家のすぐ前に来た時に彼は気づいた。その異変に。あるべきはずの木造の扉は家の中と外とを隔てる役目をなくし、粉々に砕かれていた。中からは妙な物音がし、フレックは常な

らぬ事態に眉をひそめた。   


 もしかしたら強盗かもしれない、そんな考えが脳裏をよぎり彼の顔が、さぁっと青ざめる。近所の者が騒いでいない以上、扉はついさっき壊されたばかりなのだろうか、それとも音もなく扉を壊したとでもいうのだろうか。しかしそんなことはどうで

もよかった。フレックはただ、家族のことが心配なのだ。


 音をたてず、慎重に入り口をくぐり物音の方へと向かった。さして長くもない廊下を進み居間の前で足を止める。そして入り口の陰から中を覗き見る。       


 フレックは驚愕した。目の前にあるものに。それは、銀色の鱗を体にまとった、とてつもなく巨大な生物。頭の突き刺さった天井の隙間からは綺麗な星空が顔を覗かせていた。


 「なかなかだ。人間からここまで形、力を変えられるとは。しかし奴には遠く及ばない・・・」


 異形の生物にばかり気をとられていて気づかなかったが、その足元には一人の女が立っていた。その女は金色に近い茶色の髪を肩のあたりまでのばしており、その背中には黒い、コウモリのような翼が生えていた。


 「だ・・誰だ」


 フレックはなさけない声で女に向かい叫ぶ。女はゆっくりとこちらをふり向く。美しく、整った顔立ち、目には髪と同じ色を宿している。だがその表情にはっきりと妖しい笑みが見て取れた。女は淡い桃色の、薄い唇を動かし、見下すような口調で告げ

た。


 「私の名・・・か。そうだな、真実の不協和音とでも名乗っておこうか」


 「妻を、娘をどうした!」


 「妻と娘?なるほど、この女はお前の・・・。娘ならお前の妻だった者の足元に転がっているぞ」


 妻だった?フレックにはなんのことだか分からない、だが異形の生物の足元で、体をどす黒く変色させているシルキアを見つけ、恐ろしい結論に辿り着く。     


 「ま・・・まさか・・。そんな・・・」 


 フレックのもらした、かろうじて聞き取れるほど小さなかすれ声に女は目ざとく反応し、答えた。


 「そのとおりだ。この生物がお前のお前の妻だ。不協和音の影響で原型をとどめぬほど形を変えた、な。それと、もうひとつおもしろいことを教えてやろう。娘には強い伝染性のウィルスを寄生させた。ウィルスは宿主の体から大量の栄養分を吸収し、そして宿主が死んだ時、爆発的に蔓延する。まあせいぜい長生きさせることだな」


 「なぜだ!なぜそんなことを・・・」


 怒りを含んだフレックの声は、しだいに絶望し、最後まで言葉にならない。


 「恨むのなら青の盗人を恨むことだな。私は奴のためにこんなことをしているのだから・・・」 


 そう言い残し女はその漆黒の翼をはばたかせ、天井の穴から星空へと飛び立っていった。取り残されたフレックはただただ嘆き、悲しみ、そして呪った。真実の不協和音を。青の盗人を。不協和音のため、無人の町と化してしまった廃墟で・・・。





 「なるほど・・ねぇ。真実の不協和音・・・か」


 話が終わり俺はつぶやいた。


 「やっぱり知っているのですね。あの女のことを」


 確かに俺はその真実の不協和音とかいう奴を知っているし、奴の言うこともよくわかる。だが・・・それを他人に話す気など更々なかった。


 「俺がその女を知っていようがいまいが関係ない。今、問題なのはラーファのことだ」


 「関係なくありません!だってそうでしょう。もしラーファがあの姿になってしまったのがあなた達の争いのせいなら、私達はそんなことのためにこんな思いを・・・。これではあんまりです」


 いまいち俺の目の前にいる男はかんちがいをしているようなので言ってやった。


 「あのな、俺は盗賊だ。他人から物盗んで成り立ってるチンケな商売さ。そんな男捕まえて、あーだこーだ言ったって普通殺されるだけだ」


 「ではなぜ、あなたは私を殺さない?あなたが普通じゃないからでしょう。だから私はエルさんを手当てしたんです」


 普通じゃない・・盗賊には不似合いな優しさ?そう解釈した俺は少し声音をおさえてつぶやいた。


 「ふん・・今度は恩着せがましいことを。そうだな・・じゃあ俺の手下殺しやがったのはどこのどいつだ?」


 「そ・・・それは・・・・・仕方がなかったんです。あの人達が勝手に・・・」


 「てめぇらがやったなら同じことだろうが!殺すのに理由は関係ねぇ。殺した奴ってのは誰がなんと言おうが殺人者だ。だから・・俺もあの巨獣を殺す。売られたケンカは買ってやる」


 「ラーファのことを獣と言う・・・・」


 「うるせぇぇぇぇーーーー!!」


 叫び、そこで口論を終わらす。フレックはもうなにもしゃべろうとせずにうつむいたままだ。 


 「けっ、せいぜいそこで腐ってろ」


 「こんなことなら・・・助けるのではなかった」 


 「知るか・・・別にいーぜ。俺は。たとえ獣の首とエルの首の交換になったとしても。どうせ他人のことだ」


 俺は言い、出口に向かうが、その背中にはフレックの非難の声すらかからない。


 (本当に傷つけてしまったのだろうか・・・・・まあいい、他人にどう思われようと俺は俺のやり方でいくだけだ。)


 つくづく頑固で不器用な自分だが、別にそれを嫌いになったことはない。なぜなら俺が望んでそうなったからだ。 


 通路を進み、俺はラーファの待つ大広間へと辿り着いた。





 「よお、さっきの決着、つけにきたぜ」


 ラーファはしゃべらない。まあ、不協和音に自我をも破壊された者に返事を期待していたわけではないが、それでも俺は一応確認をとる。するとラーファは咆哮あげ、俺をにらみつける。


 「へへっ、準備は万端ってか。じゃあいくぜ!」


 そう言い放ち、俺はラーファに向かい、走る。距離はまだある。相手も手は届かないはずだ。となれば、案の定ラーファは触手を背中から出し、すべての照準を俺に合わせる。


 鋭い爪が先についた触手が一気にこちらにふりかかる。普通の武器ならこれを防ぐのは到底、無理な話だろう。だが今の俺にはレーン・ウォーグがある。触手は一薙ぎですべて切り落とされる。


 俺は第二撃目の触手を横に飛んでかわす。そして目標を見失い、直進する触手の下をくぐり、一気に相手までの距離を縮める。だがそれは、ラーファの腕による攻撃にあっさり防がれた。すでに後方からは再び向きを変えた触手が迫ってきている。なら

ば選択肢は一つ。


 俺は迷わず跳躍し5メートルほどある天井に足をかけ、ラーファの顔めがけ再び飛ぶ。


 「この速さなら、防げねぇだろ」


 言う、がラーファは牙の生えた口を大きく開く。食おうってのか?いや違った。


 ラーファはその体奥深くから炎を噴出した。                 


 「反則だぜ、これは・・・。だがな、レーン・ウォーグに切れるのは形のあるものだけじゃねぇ!」


 吐き出された炎と共に、俺はラーファの顔面を切りつける。しかし、ラーファはまるで何事もなかったかのように俺を追撃する。俺は打ち出された拳を剣で受け流し、着地する。 


 「もはや痛覚すらないのか・・。だが、心苦しいだろ?辛いだろ?いくら肉体に痛みはなくとも、心は痛いはずだ。そんな姿になってしまって・・・」


 ラーファの攻撃の手が止む。もしかしたら俺の言葉を理解したのかもしれない。


 「・・・・・戻してやる。お前を。人に、家族に。この俺が!」


 確か廊下に彫ってあった紋様は西国で使われている、記憶封じの法印だったはずだ。もしここで俺が死ねば、俺の膨大な量の記憶でなんとかラーファを元に戻せるかもしれない。そう俺が死ねば・・・・・。


 その時、俺にはすでに失われたはずのラーファの目に強い光が宿った気がした。


 「そうか・・・戻りたいか。戻りたいよな・・・・。だったら・・・・・だったらこの首持ってきな!」


 言葉と同時に俺は剣を捨てラーファの前に仁王立つ。こちらの意思を察したか、察していないかは分からないが、ラーファはその触手を俺に向け、高速で突き出してくる。俺は微動だにしない。静かに目をつむりその時を待つ。しかし・・・。


 「危ない。よけて!」


 声と共に体を突き飛ばされ、真横に転がる俺。すぐに立ちあがり声の主を確認する。そいつは全身を触手に貫かれた黒髪の男・・まぎれもなくフレックだった。


 「フレック・・・お前・・・なんで」


 「もう・・いいんです。バーズ・・・さん。ラーファはもう・・死んだの・・です。あなたの・・命を犠牲にする必要は・・・ありません」


 全身を触手に貫かれたまま、ゆっくりと、かろうじて口を開くフレック。


 「いいわけねぇ。ここでなにもしなかったら死んだ奴等がうかばれねぇ。それにお前は俺が憎いんだろ?なら助けんなよ。俺を殺し、家族と笑って暮らせばいいじゃねぇか・・・」


 「確か・・に、最初は憎かった。だけど・・・森で・・あなたを見・・・た時、確信・・した。あなたは・・悪人じゃない、と。それに、あなた・・の仲間・・・あれは、森で倒れていた・・ところを看病・・・したけど・・・駄目で・・彼等が言ったんです・・・あなたに首を届けてくれ、と・・・死んだ証拠・・ガハッゴブッ」


 血を吐き出し言葉が途切れる。                       


 「よせ、もうしゃべるな。もう・・・」


 言葉ではそうは言うがもう俺にもフレックにも分かっていた。彼がもうだめなことぐらい。


 「バーズさん。最期に・・・一つお願いがあります。私達家族の墓を・・・東都ヴィレーネに立てて下さ・・い。私・・ずっとヴィレーネの・・・歴史に興味・・あったんです。娘の・・・シルキアの名前、そこの王女に似せて・・つけたんですよ」


 話題が一方的に、関係のないものになる。死にゆくもののよくやることだ。


 「わかった。だがシルキアの方はもしかしたら直せるかもしれねぇ」


 その言葉に瀕死のフレックの表情が少しだけ明るくなる。


 「本当・・・ですか。娘は・・ここから・・4つ目の横道・・の部・・屋にいます。あ・・でもどうし・・よう。私達には、身より・・・が」


 「心配すんな。なんとかする」


 フレックはもうなにも語らなかった。ラーファは会話の終わりを待っていたかのごとくフレックの体から触手を抜く。だが攻撃はしてこない。 


 「さてラーファ。そろそろこっちもケリをつけないとな。安心しろ、最後くらい・・・せめて、人間として殺してやる!」


 言い、俺は青の瞳をラーファの目に向ける。視線が合い、相手の目に映った自分が、はっきりと見てとれる。俺は頭の中でつぶやく。


 (青き瞳よ、その力、今こそ示せ。すべての記憶を奪い去り、忘却の渦へと誘え)


 瞬間、ラーファの目に映る青がさらに青く、もはや色の判別が不可能になるほど青く輝いた。不気味に、神々しいほど美しい青の目に、体が吸い込まれそうになる。 


 「青よすべてを闇と還し、光となれ!・・・削除だっ!」


 そして目にいつもの青が戻った時、部屋には俺と、二人の男女の死体があった。男の方は黒髪の中肉中背。女は金髪で、小柄な体つきをしており、年は男と同じくらい。服は着ておらず、全裸で冷たい床にの上に倒れていた。そしてその顔は幸せそう

に微笑んでいたが、どこか哀愁が漂っていた。


 (青の目は、対象からすべての記憶を奪い取る・・・一部だけは許されない。生命活動をわすれさせるほど、自律神経からも、運動神経からもすべて・・。)


 頭痛がする。青の目を使った後は大抵そうだ。他人の人生すべてを引き継ぐのだから。 


 (ラーファは・・・辛く悲しかったんだな。彼女のために、何もできない自分を嘆くフレックを見るのが。だから手紙を俺に送って・・・フレックに教えたのはその後だ。フレックはラーファを元の姿に戻すために。ラーファは自分を殺すために俺を呼んだ。結果、フレックは死んじまった)


 果たして本当にこれが二人の幸せかどうかなど俺の知ったことではない。だが俺には一つ分かっていることがあった。二人の幸せのために、俺がしてやれる唯一のこと。それは・・・


 「さて、エルとシルキアの回収だ・・・・」





 風が髪をなびかせ、草がざわめきのハーモニーを作り出す。ここは東の王国ヴィレーネの墓地。その日、俺はエルと共にそこにいた。俺もエルも珍しく黒服をまとい、手に町の花屋で買った、一束いくらの葬式用の花を携えている。


 「ねえ、バーズ」


 「なんだよ」


 エルはなんだか神妙な面持ちで言ったが、俺は気のない返事をする。


 「本当に、これが二人の望んだ結果だったのかな。二人とも死んで、それでよかったのかな」


 「別にいいってことはないだろうが・・・それでも少しくらいは慰めになったと思うぜ。不協和音にかかわった奴にしてはな。まっ、シルキアを一人にしちまったのは、予想外の出来事だったんだろうな。なあ、そうだろ?」


 墓に向かって、答えの返ってくるはずもない問いをあびせる。ああ、そうそうシルキアのことだが・・


 「あんたの娘さん、某東国の王女様が預かってくれるそうだ。まあ奴には、ご結婚なさったのですか?などとイヤミ言われちまったがな・・・」


 花を墓前に置き、言った。盗賊と王家、不似合いだが、知り合いは知り合いだ。俺は短く二人の冥福を祈ると、その場を後にした。


 <フレック、ラーファ。この二人はもう、何者にも阻まれることはない>


 そう記された墓が、俺とエルの背中を見送りながら。

   



   

           終わり・・・・・・・・・の前にもう少し



 「か~~~~。今回は収穫ゼロだ、ゼロ」

 「仕方ないよ。人助けと思って・・。でも、これはケンカって言ってたのバーズじゃん」

 いつものアジトにいつもの顔ぶれ。まわりで慌しく走り回る手下共の中、傷の癒えた俺とエルはまだ収穫の話で愚痴っていた。

 「だいたいよ。フレックの奴も慰謝量とか養育費だとか、少しはくれたってよかったんじゃあねぇのか」

 「なら持っていけばよかったのに。地下室にあった金品。けっこうな額があったよ」

 まずい・・話が妙な方向にとんだ。

 「それにしてもおめぇ、勝手に腹に穴なんぞあけやがって。助けろなんて言った覚えはないぞ」

 「僕も言った覚えはないんだけどね~~」

 痛いところをつかれて俺は言葉につまる。だが、解決策は用意してある。

 「預けといた財布、取り戻しにきただけだ」

 「へ~~~、空の財布を・・ふ~~ん」

 「っるせえ。とにかく今回の件の穴埋めだ。今日は西の方に遠征だ。行くぞ!」

 「おおーーー」 

 そして俺は、再びいつもの生活に戻った。ただ、一つ違うところをあげるとすれば、それは今まであまり守られていなかった掟が、完全になくなったことぐらいだろう・・・・。


       



         依頼・事件の真相を突き止めて・・・任務完了・・・・・かな?

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