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Tally marks  作者: あこ
本編
9/32

09

「ねー、ちょっと、がっこのそとにすっごいかっこいいひといるんだけど!」

「ちょっと怖い感じだけどイケメンだよねぇ。危ない大人ってカンジ」

「話しかけてみたい!ね、子供なんて相手しないって言うかなぁ」


きゃっきゃっとはしゃぐ声を追い抜いて、カイトはマフラーに顔を埋める。リトが似合うと押したモスグリーンのダッフルコートに白と限りなく白に近いグレーの毛糸で編まれたふわふわのマフラー。それらが黒髪にぴったりでカイトのお気に入りだ。制服のスラックスが紺のチェックで、それにも似合う色合いだからより気に入りなのかもしれない。


階段を降りる。前から女子生徒が二人上がってきた。

「カイくん、またねぇ」

「うん、また明日」

「ねえねえ、カイトくん、今度遊びにいこーよぉ。ミナ、カイトくんと遊びに行きたいなぁ」

「あ、かなも行きたい!サトル誘って四人でいこう?」

「うん、ごめんね、少し予定が詰まっているんだ」

優しい笑顔で通り抜け、カイトは校舎を後にする。

門の前にはきゃいきゃいと頬を染めて話していた女子生徒の目当ての人物が、眉間にしわを寄せて立っていた。

「ふじは」

「巽」

「ふ──────」

「たつみ」

「たつみ、さん」

巽の講義の時間によっては。と条件がついてしまうのだけれども、あの日(・・・)からこうして巽はカイトを迎えに来る。

公園で待っている事が殆どなのに、今日はここに立っていた。

迎えなんて要らないとどれほど突っ撥ねても意に返さない巽にカイトはついに面倒になり突っ撥ねるをやめたのだが、この『面倒』という意味の本心がどこにあるのか──────、本当に面倒だからなのか、それとも違う意味を面倒に込めている(・・・・・・・・)のか、実は今もカイト本人さえ分からないままだ。

不安定な気持ちの名前をカイトは知らなくて、面倒だからだと名前をつけた。


「何度、こられたって、返事は言えない。だって、怒ってるんだ」

「分かってる」


カイトが隣に立ったところで巽は歩き出す。

この姿を遠目で見て、リトは巽の行動を黙認する事にした。あの巽が自分の隣を歩く人間の速度に合わせている。それだけでリトには十分だった。もちろん、カイトにした事は許さないと言い切ったし、殴りつけてもやったけれど。

そしてカイトの兄と公言する俊哉は「怒ってる」と表現しているカイトを見て黙認を決めている。可愛い弟は『怒っている』のだ。そうなれば黙認して然るべきだと俊哉は思った。もちろん、彼も許さないよとは言ったが。


あの日、好きになれと言われてカイトは巽の腕の中から逃げると、後先考えずに巽の頬を殴りつけた。

怒りでいっぱいで正気を失った、というのが彼の感覚だ。正気になってからの、だけれど。

カイト自身も自分の意思とは違う何かが動いて殴りつけた、としか思えないほど、今も、あの瞬間は理性なんてものは一切なかったと思っている。

だってそんな形で爆発したのはリトだって見た事がない。聞いた時に嘘だと取り合わなかったほど、カイトはそんな形で感情を動かした事がないのだ。

カイト本人も初めて起きた事に、そしてそれでも渦巻く持て余す気持ちに「怒りが収まらないなんておかしい」と幼い子供のように混乱し、電話先で「カイトが人を殴るなんて嘘だ」というリトが来るまでカイトは「おかしい」「なんでこんなにむかむかするの」「こわい」「いやだ」と泣きじゃくって、再び捕まった巽の腕の中で暴れた。リトが抱きしめるともっと泣きじゃくって三十分ほどたって気絶するように眠るまで、壊れたおもちゃのように涙を流した。

今までにはない感情が、今までの自分ではあり得なかったものが、カイトを混沌とした感情で包んだのだ。結果、カイトはなすすべもなく泣くほかなく──────

「痛い、な」

「自業自得」

「いや、殴られた場所じゃねぇ。現実を見つめた結果、いてぇってな」

「は?」

氷を包んだビニール袋を頬に当てた巽はベッドで寝るカイトの手を握るリトを見た。

「好きだってのは、痛いな。知らなかった」

「そ」

「カイトは俺をどれだけ好きで、愛してたんだろうな」

リトは涙の跡がひどい顔をカイトの頬を撫でて、カイトが先ほどまで座っていたソファに腰掛ける巽にぶつける。言葉を。

「浮気が大嫌いなこの子が、五回も──────、いい、五回()浮気を許すほどよ」

ぶつかった言葉は重たく、ずぶずぶと巽の中に突き刺さる。突き刺さって留まって、ずん、と重くのし掛かった。

「そうだな」

「そうよ」

二人の視線は交わらない。

「なぁ、もう一度、始めるからな。俺は、始める」

何をなんてリトは聞かない。聞きたくもなかったし、確かめるのも腹が立った。

これがもし巽の変化を知っていなかったら、その変化を認めていなかったら、そして巽の声が上辺だけの音だったら、リトは立ち上がってカイトよりも的確に巽を殴りつけて腕の一つでも折っただろう。

でも知っているから、解ってしまったから、リトは沈黙以外のリアクションを取れなかった。

それでもせめてもの抵抗で、彼女は声を絞り出す。


「カイトにした事、私は許さない(・・・・)


あの時殴られた場所はすっかり癒えている。

でも腹の奥、心の中心に刺さりとどまっている思いは、今も巽の中にある。

それを巽は大切にしようと決めていた。

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