06
このひと月で何度目になるか解らない、金髪の男の頭にリトはほとほと嫌気がさしている。
「頼まれても嫌よ。なんで大切な弟をあんたに会わせなきゃいけないの?」
会わせてほしいと巽が頭を下げてからひと月が経った。
このやりとりもひと月経っている。
「頼む!」
「そもそもなんで私に言うの?そりゃ会わせたいなんで一切思わないけど、いつものあんたなら、勝手に会いに行くでしょ!」
腕を組み頭をさげる巽を見下ろしリトが睨み言う。
巽は頭を上げた。以前と変わらない威圧感のある体躯と目つきのあまり良くない面構え。しかしその目は真剣で、リトは直視をするのがだんだんと嫌になっている。
「リトが“うん”と言ってくれなきゃ、会わせる顔がねぇからだろ」
「なにその理論」
「会いてぇんだよ、お前に気にしなくていい形で」
力強さに絆されそうになってリトは握った手に力を込めた。
巽とはお互いの容姿のおかげで何かと話題にされ、巽の事を窘める役をしていた彼氏の俊哉を通じて友人にまでなってしまったし──今となってはひどく後悔してる事だけれど──年下の男は眼中にないと宣言していたバイセクシャルだからこそ弟の事を教えもした。だからリトは巽の本気の目を知っている。
巽は学業に対しては何より真摯だからその目を見た事があるし、それを恋人に向けなと言う俊哉の傍にいた事だってあった。
(なんで今更、そんな顔して)
許せない。リトはとにかく許せない。
弟と付き合って弟には「これは俺と巽さんとの事だから」と言われてもリトは一度だけ弟にも真摯に向き合ってと頼みに行った事があった。その時巽は解ったと言ったけれど、こんな顔で言っていない。
こんな顔で言われていたらリトはきっと、もっと巽を受け入れたのだ。
(死んでしまえばいいのに、こんな男)
そう思ってもどうにもならない。その上こんな顔をひと月、ほぼ毎日、しかも日に何度も見ていると鬼ではないリトもカイトが言うところの「俺と巽さんの事だから」なら「二人でもう一度別れ話をちゃんとしなさい」と言ってしまいたくなる。
リトとしてはカイトの言い分は解るけれど、別れ話も顔を見合わせて──巽が相手なら余計に──話すべきだと思う口だから、カイトに掛け合いたくなってしまう。
「無理よ!」
大声で何か言いたげな巽を遮って、リトは足早に去った。出なければそろそろ本当に絆される。
だってリトにとって巽は、巽の恋愛観の事さえなければ──認めるのは嫌だけれど──友人思いのいいやつなのだから。
「登校拒否って大学でもあっていいやつだと思う?というよりも、したい」
「え!?」
夕食を終えたリトがソファに座りながら重たい息を吐き出す。
隣で聞いた俊哉は目をまん丸にしてリトを見た。
「リトさん、何かあった!?」
「うん」
素直に肯定した上にリトは俊哉の方に頭を預ける。珍しい行動は疲れ切った証ともいえるが、俊哉はなにがこうまでさせてるか知らないから困惑の表情を隠せない。
リトは肩に頬を擦り付ける。
「藤が、頭を下げてきてひと月。カイトにあわせてほしいって」
囁くように落とされた言葉の流れに俊哉は瞬く。
「リトさんに言わなくても、あの時みたいに待ち伏せすればっていう、まあ、待ち伏せなんてふざけてるけど」
リトはなにも映されていないテレビを見た。寄りかかってる自分の姿がとても疲れてる気がして長息を吐く。
「カイトくんはどうしてる?時々お店によってくれるけど」
「普通、かしら。ただ」
「ただ?」
「寄りかかる他人が、いないのよね」
「え?」
カイトは恋人や友人を大切にするけれど、カイトのあのゆったり考えてから発言するところが『思慮深く大人』に見えるからか、相談され寄りかかられる事ばかりでカイトはそうした、彼らが思うカイトを打ち破れない。
カイトは「カイトってこういう人間なんだ」とガッカリされたり離れていかれる事に対して「自分とは合わなかったんだろうな」と思いはしてもそれ以外に思う事もなく、だから言い方は悪いかも知れないが「勝手に想像したカイトとは違う」そう言って幻滅されても構わないのだけれど、それでも打ち破る隙がなかなか見つけられなかった。
離れて暮らしているとはいえ父親、姉のリト、そして義理の兄になる俊哉には寄りかかるけれど
「そこに忌々しい事に藤がいた。加わってしまった。今までの恋人や友人なら“知り合い以下”に変えてしまってもカイトはなにも変わらなかったし、変わらずに済んだのに、藤は確かにカイトを助けて寄りかからせたから、カイトは多分、無関心になったなんて言ってて本当にそうしているけれど、本当はそうしたふりをしてるだけ。無意識に、欠けてしまったそこをどうして埋めればいいか悩んでる。『未練がある』って言葉は間違いじゃないのよ。好きなのよ、あの子、まだ、きっと。好きなのよ、本気で。だってあの子があんな男と付き合ったのよ?」
だから尚更忌々しいとリトは唇をかみしめた。
姉としてはもちろんの事、母親の代わりをずっとしてきた。父親は離れているけれど父親らしくカイトを支えてくれている。兄のように俊哉は支え見守り時々怒ってくれた。
その誰もが恋人として、他人としてカイトを支える役目は持てない。だって彼らは家族だから。
カイトが家族と思う人たちは恋人にも他人にもなれない。
あんな男だけれども、巽だけだったのだ。
カイトを支え守り助けてくれた他人は。
「でも、カイトくんは一度捨てたら拾えない子だ」
「そう、拾えない」
「藤もバカじゃない。流石にそこは解ってはいるよ」
「でもチャンスがほしいって言ってる。驚く事に“遊び相手”はゼロよ」
リトがそうした噂を頭から信じないのは俊哉の知るところ。だからリトの言葉は真実である。これには長い付き合いの俊哉も驚きを隠せない。
「なにが幸せなのか、解らない。カイトの幸せはなんだろう。ねえ、俊哉、なにがいいのかな。本当の母親ならここでどうするんだろう」
いつもは強気に上がりがちな眉を下げて泣きそうな声のリトの肩を俊哉はそっと抱き寄せる。
「ねえ、リトさん。良い?リトさんはずっとお母さんの代わりをしていてすごいと思ってる。でも君は姉だ。まずお姉ちゃんなんだよ。だからカイトくんのお姉ちゃんとして考えて良いんじゃないかな?」
形の良い唇をかみしめていたリトの視線が俊哉に移る。
「大丈夫。俺もいるから。俺も一緒に悩むよ。お兄ちゃんとしてね」