04
授業が終わったカイトは素直に帰路につく。
帰宅部だから学校に残ってる必要がない。
相談したいと言われたらがいれば付き合うし、カイトだって放課後友人と話をしたり“寄り道”もするけれど、このところはそれも断っている。
心配性なリトと俊哉が暫く自分たちと暮らす事を提案し、二人を大切に思うカイトはそれを受け入れ共に暮らしていた。遅く帰っても文句は言われないけれど、心配性な二人を思うと用事がない放課後は早く帰り、花屋の倉庫に顔を出し、俊哉と少し話して帰るというルーティンになった。
「カイト」
どこかで聞いた事のある声にカイトは立ち止まる。
校門を出て左、大きな公園に差し掛かったところだった。
「藤春さん、何か?」
首を傾げるとさらさらと黒髪が流れる。痛んでいない髪の毛が光を湛えて美しい。
金色に染めた自分の髪の色とよく比較された、と巽は思う。
「何か?じゃねぇ。俺は認めてねぇぞ。お前はまだ、俺のものだ」
「俺は、物ではないです。強いて言うなら、自分のものです」
淡々と言われて巽はイラつく自分を抑え込む。何せ巽の中ではまだ別れていない。ならばまだ恋人だ。恋人には優しくしたいからイライラとして爆発はなるべく避けたい。
それに彼がいくらバイセクシャルとはいえ、公園で大声をだしての痴話喧嘩なんてしたい事ではないから。
「藤春さん、考え違いを、していませんか?」
しっかりと二人の間に時間が過ぎてからカイトは言う。
「考え違い?」
眉間にしわを寄せた巽が言えばカイトはこくりと頷いて、少し間が空いてからまた口を開く。
「俺にも俺の、価値観や考えがあって、従順ではないんです」
まっすぐ目を見て言われてから巽はごくんと唾を飲んだ。
リトと歩いてるカイトを見つけ存在を知り知り合いになって、カイトの独特の間を巽は相手に従順に見えると思いそれを伝えた事があった。その時カイトは従順ではないんだと言い、自分の価値観も考えもこれでもあるのだと伝えている。それはその後友人になり恋人になり付き合う中で理解をした。確かに、それが仮にカイト以外の人間が理解するかどうかは別としても、カイトには自己主張もあり考えもあったし、従順ではなかった。
キスをしたいと思えばしたいと言って、セックスしたいと言っても今日は無理だと言われた事もある。年上の巽がカイトの友人に嫉妬した時はちゃんと真摯に話をし、その上で彼は自分の考えを話し伝え、二人で納得した。
だけれど巽は浮気に関して、いつも同じように繕って別れなくて済んだから
(たしかに、俺は、考え違いをしたのかもしれねぇ)
それでも巽は諦められない。
だからカイトが背を向けた時、その腕をつかんだ。
掴まれた腕をじっとみた立ち止まるしかなかったカイトがゆるゆる、とまた巽と向き合う。
「どうして、別れないんですか?」
「納得してねぇからだ」
「だって、約束をしたはずです。五回まで。俺はもう、藤春さんは姉や兄との知り合いとしか思えません。セックスはもちろんキスだって、気持ち悪くて出来ません」
「なんだって」
「だって、それは恋人とするコトだから」
無理、と視線がぶつかった上で言われた言葉に巽の手が緩む。カイトはこれ幸いと礼儀として頭を下げて未来の兄(俊哉)がいる花屋に向かった。
背中を見つめるしか出来ない巽は今ようやく解ったのだ。
もはや自分はカイトの恋人ではなくなったのだ、と。
取り繕う余地さえなくなった事も。
「四回までは許したじゃねぇか」
言っても無駄だと解っても言ってしまう。
それほど四回目までのカイトは縋ってくれたからだ。別れてほしい、自分だけ見て、と。
ただこの姿を見ると縋っていたのはどちらなのだろうかと思うだろう。
「ははは、はは、くそ、俺はこんなに、カイトが好きだったって?ふざけんなよ。あり得ねぇ」
二回目の浮気を認められた時、カイトはわんわんと泣いた。
ゆったり考えて口に出すカイトが、わんわんと泣いて他の人なんて見ないで、俺だけにして、別れてよ、と泣きじゃくった。
カイトはゆったり考えてから話すから、感情の起伏が少ないと思われるかもしれないが、その実感情の起伏もそれが表に出るのもしっかりとある。だから泣きじゃくる事だって、息が出来ないほどに笑う事もあったし、不機嫌そうな顔になる事もあった。それを誰に対してもするかどうかは別としても、確かにカイトはそうして感情の起伏がしっかりとある。
だから巽はあんな風に告げられて“ニュースの一つ”と言われた事を実感した。
ずるずるとそばのベンチに腰掛けてタバコを取り出す。
けれども火をつける力がどうして、持てなかった。