the last day.
「こりゃ死ぬ時は一緒だな」と相棒に笑い、言われた相棒は相棒で「てめぇとなんざごめんだよ」とタバコをくわえて反論する。
佳境を迎えた映画がテレビに映っていた。
プレイヤーが動いている音は、映画の音にかき消されている。
液晶を色とりどりに染める映画は昨年公開されたもので、その時巽は五回目の浮気発覚によりカイトと別れた頃だ。
(あの時、またこうなるなんてなあ)
自分がいかに最低だったか思うたび、巽は隣で座り画面を見つめるカイトの事を大切にしようと気持ちを強くする。
巽の隣に座るカイトだって、あの時の巽が今の巽になるなんて想像もしていなかったし、よりを戻すなんてもっと考えてもいなかった。
(そう言えば、灰皿、この家のどこに、しまってあるんだっけ?)
はた、とカイトが思った。
映画の中では、傷だらけの主人公がフィルターギリギリまで無くなったタバコぷっと地面に吐き出している。と、同時に巽の指が寂しそうに動いたのを、カイトは抱き寄せられている肩で感じ取った。
カイトは巽の横顔を見て
「良いのに」
「良くねえ」
間髪入れずな返答にカイトはまた、テレビ画面に視線を戻す。
「禁煙、したいんだよ」
決意を噛み締める様に巽は吐き出した。
テレビの画面では最後の抵抗とばかりに、文句ばかり言いながら二人の主人公が弾丸を敵方に打ち込み続けている。
クライマックスはもうすぐそこにあるのに、カイトはそれがとても気になるのに、だからこそずっとこうしてこの映画を見ているのに、巽の言葉に惹きつけられるようにカイトの視線は巽へと引き寄せられた。
すると巽の視線ときゅっと絡む。
「協力、な?」
「きょう、りょく?」
見上げたカイトに巽は笑う。
そのまま、瞬き返事を待っていたカイトの口に自身の唇を押し当てた。
弾丸が弾倉から減っていく音よりも、舌の絡まる音が耳につく。
映画の音の方が絶対に大きいのに、唇が触れ合う時間が延びれば延びるほど、映画の音が消えてしまう。
今、カイトの世界にある音は巽とのキスの音だけだ。
「ん、んん」
カイトはキスの時の息の仕方を、ちゃんと知っている。
今までの彼女たちのおかげである、と言いたいところだけれど、巽が教えたと言ってもいい。カイトの経験してきたキスも何もかも、巽は簡単に塗り替えたのだ。
これが正しいキスの仕方だ、と言うように巽はカイトの様々な事を塗り替えていた。
「カイト、ほら、口」
「はっ、ふ──────ん、んん」
カイトは眉を寄せながらキスのせいで「開けてるでしょ」と言えない代わりに、巽の思うままに少しだけ大きく開けた。
いつの間にか後頭部に回っていた巽の手指が、カイトの頭皮を優しく撫でる。まるで褒めているようでカイトはくすぐったくなった。
チュ、と最後に今のキスが嘘のような可愛い音を残して唇が離れる。
「あーあ、ドロドロ」
「ぁ……ぁむ」
カイトが拭うより前に、カイトの唇を濡らす口から零れ落ちた唾液を巽の舌が舐めとり、涙の膜がうっすらはったカイトの目を見て深く笑みを刻む。
「口さみしいときゃ、これにかぎるなぁ」
ちゅ、ちゅ、と軽く二回。
カイトの涙を吸うようなキスを瞼にした巽の視線が、何もなかったかの様にテレビに戻る。カイトの後頭部に回っていた手はカイトの肩に移動して、自分の方に引き寄せた。
「俺の長生きと健康のためにお前、毎日いつでも傍に、手の届くところにいねぇかなぁ」
少しの間すっかり忘れられていたテレビの中では、ボロボロの主人公二人が背中合わせで死にそうになりながら軽口を叩いている。二人はまだ元気そうだ。
「毎日いつでも巽さんの隣にいたら、俺、大学、いけなくなるよ」
「へえ」
「なにその『へえ』って」
ムッとしつつも、今度はカイトもテレビ画面から視線を外さない。
本当は外して文句を言ってみたかったが、なんとなくそれは癪に障った。
拒絶したのに横目で見た巽の顔はぼんやりとしか分からなかったが、とても幸せそうに笑っているから、癪に障るのだ。
けれも、カイトがそうなったのも仕方がない。
巽は大学に行けないという言葉一つだけで、
(大学なきゃ、いいって言ってるように聞こえるじゃねぇか)
そう都合よく取ってしまって、無意識に顔が幸せそうになったのだ。
大学がなければ、何もなければ、毎日いつだって隣にいてもいい。巽はカイトにそう言われている気がしてしまう。
都合がいいと言われても巽はそう思ったから、顔が幸せそうに緩んで当然なのだ。
今の巽に無表情になれなんて、それは何より難しい相談だろう。
「なあ、カイト」
「なに?」
今度は視線がぶつかった。
「死ぬ時は一緒がいいな。いや、一緒にしちまうか」
「嫌だよ。だって、一緒になるにはどっちかが、どっちかを殺さなきゃ無理、でしょ?」
「馬鹿だな、神様だろうが仏様だろうが、脅しちまうんだよ」
「巽さん、なに、言ってるの?」
「俺ならやれるぜ?脅せたかどうか、カイトの死に際か、俺の死に際に解るから、よーく覚えとけよ?」
呆れたような笑顔のカイトの横顔を照らすテレビ画面は、エンドロールを流していた。




