★ make a pickoff throw:01
カイトはこれまで三つの職場でアルバイトを経験している。
しかしそのどれも同じ理由で出来事で辞めざるを得なくなっていた。
アルバイトを辞めざるを得なくなる理由はストーカー被害。
三つ目のバイト先を辞めた三回目のストーカー事件、これによりカイトはアルバイト禁止となった。
この時のストーカーは男。しかもかなり悪質の。
カイトへの執拗なストーカー行為だけではなく、超絶なブラコンであるリトに対しての嫌がらせも激しかった。
それまでのストーカー二件に対し、この時はストーカーが誰なのか、全く相手が解らなかった分に恐怖が増した。
海外へ長期出張中の父親への被害はなかったものの──しかしながらだからこそ、ストーカーは「俺が守ってあげるね」となったのだが──カイトに対してあからさまな性的欲求をぶつける留守番電話に手紙にメール、そしてポストには身の毛もよだつ数々の贈り物。
警察に相談したがなかなか解決しない状況。父親が予定より早く帰国しても収まらないストーカー。
リトは「見つけたら殺してやる」と切れていたが彼氏俊哉の我慢も限界を迎えた。
俊哉曰く「友人関係はこういう時に使わなきゃね」の一言から、突然収束したこのストーカー事件。
もともと過保護だったリトは輪をかけて過保護、そして以前より隠さなかったブラコンっぷりをますます“開けっ広げ”にし、家族会議の結果カイトは『学業優先』と言う大義名分──というのはリトと父のだが──を掲げアルバイト禁止になった。
就職してもストーカー被害にあったらどうするんだ、とカイトは思ったのだが──────解決した夜、カイトがおやすみと部屋に入った後、父親に「わたしには守れなかった」と泣いた姉を見てしまったカイトはそれを口に出せなかった。
そんな理由でカイトは今もアルバイトをしていない。
時々、俊哉に頼まれて花屋のお兄さんをしているくらいだ。
カイトは知らない話だが、最後のストーカー事件を収束させる手助けをした巽としては、あんな事があったカイトにおいそれと「アルバイト?したきゃしたらいいんじゃねえ?」なんて言えない。
寧ろ彼が思うのは「はあ?アルバイトだァ?俺がなんでも買ってやる。ンなもん不要だ不要!」だ。
そのはずだったのだが、そうは言えない事態が発生した。
唐突にだが、乾俊哉は父と母が興した花屋の跡取りである。
べつに俊哉の両親は俊哉を跡取りにと考えていなかったのだが、俊哉は望んで継ぐ事にしたのだ。
その花屋は駅の近くに店舗を構え、そこから少し離れた場所に倉庫と呼ばれる建物を持っていた。
そして夜賑わいを見せる歓楽街にこじんまりとした花屋も一店舗。こちらは支店扱いで、可愛いものと向日葵が大好きな青年が一人で切り盛りしている。
俊哉とリトが付き合ってからすぐにリトはカイトに俊哉を紹介、それからカイトは俊哉とその両親にも可愛がられていた。
その俊哉の母恵子が腕を怪我し、全治一ヶ月と診断されたのは先日の事。
リトは恵子に「お義母さんは安静にしてないと」と申し出て花屋の仕事を休み、恵子の代わりに家事をこなし、恵子の病院に付き添う事にしたという。俊哉もそれを了承したし、寧ろそうしてくれたらありがたいとリトにお願いをした。
「と、言うわけで巽さん、俺、一ヶ月お花屋さんになってくるね」
「──────はァ?」
ひと月、恵子とリトの分も働く俊哉の多忙さを心配したカイトは「俺、お手伝いするよ」と手を挙げたのだ。
当然リトはいい顔をしなかったが、カイトのお願いには滅法弱い。治安も良い場所にある事もあり、防犯グッズを二つ以上持っている事を条件にカイトの頼みを聞き入れた。
カイトとしてはストーカーに対する恐怖は拭えていないものの、俊哉も「倉庫でしなくていい事は、店舗でやれるし、俺もカイトくんを守るからね!」と言ってくれた。
俊哉は一人で切り盛りする予定で倉庫での作業を最低限にするよう算段していたため、多くの時間カイトを一人にさせないだろうから、とありがたくカイトの申し出を受け入れた。
俊哉の心配事があるとしたら
(うーん、藤は怒らずに許せるだろうか?)
くらいである。
「でも、してくる、であって、してきていい?じゃないんだ。ごめんね、巽さん」
「事後報告な。知ってるか、“ほうれうそう”ってのは、大切なんだぜ」
「巽さんの口から聞くなんて、思わなかった。ほうれん草は体にも大切だよ」
解っていてとぼけてみせたカイトに巽は深く息を吐いて、ソファに座る。
休みの日の朝からカイトが現れて、上がった気分は下降し続けていた。
最後のストーカーは、カイトやリトが思うよりもずっと悪質だった事を知るのは、俊哉と俊哉に助けを求められた巽、そして巽に協力を求められ解決をしてくれたある男たちだけだ。
あと少し遅かったら何が起きていたかなんて、今の巽には想像したくもない。
あの時はカイトを『リトの弟』としか知らなかったし、考えてもいなかったから「大変だな」と思うに止まっただけなのだが、今はそう言えない間柄だ。
「で、ね?お願いがあるんだ、けど」
「ん?」
巽の座るソファの前、ラグに直接座り巽に向かい合うカイトは笑った。
「ひと月、ここで、暮らしても、いい?」
巽は言われた言葉は解ったけれど、意味が全く理解出来ずに頭で何度が繰り返す。
(『ひとつきここでくらしてもいい?』って、ひとつき、俺と、ここで、暮らしたいって)
徐々に理解した巽は「おう」と言うしか出来なかった。
もし鏡があれば、酷くにやけていた事を恥ずかしがるくらいはしただろうか。
ひと月暮らしてもいいか、と言われた巽は直ぐに荷物を取りに行くかと提案したものの「兄さんが、断られるなんて絶対ないって、いうから」言ってカイトは玄関に荷物はもう運んであると笑う。
どうやらこのひと月限定同棲も俊哉の入れ知恵らしい。
表向きは巽のご機嫌とりだが、俊哉の真意は『ひと月暮らしたら、少しはカイトくんが藤との距離を縮められるかな』と言ったところだ。
カイトが変わった巽に対して持った気持ちと、それまでの巽に対しての気持ちの間で葛藤し苦しんでいる事を俊哉は知っている。そしてカイトが今の巽に対しての気持ちを素直に巽に伝えたいと思っている事も。
だから俊哉はいい機会になるかもと提案してみたのだ。
「巽さん、今日は何食べたい?」
荷物を片付けつつ提案するカイトに
「肉」
と言った巽は努めて平静を装って答えたが、やはり顔はにやけていた。
それから二日後。
カイトは花屋に向かう。
花屋で手伝いをした事は何度かあるが、アルバイトとなると初めて。いつもと違う状況でやる事も、一人の時間も今までより多くなる。
俊哉は初日を倉庫でのアレンジメント作業がなくカイトも休みの今日に選び、カイトに作業のあれこれを教える事にしていた。
花束はコツを覚えればなんとかなる、が持論の俊哉。
それはないだろうとカイトは思いつつ、俊哉の手ほどきを受けながらミニブーケを作って開店前の時間を過ごした。
ミニブーケを収めるケースが埋まったら次は数少ない寄せ植えについての話を聞き、カイトは注意点を簡潔にメモしていく。
レジの傍、客には見えない場所にも同じメモを貼り付けておけば万全だ。
「ごめんね、カイトくんにひと月も手伝わせちゃって」
「大丈夫です」
「大学生活に支障が出ないように予定は組んであるけど、困ったら言ってね」
「兄さんも心配性だね」
「そりゃそうだよ!大切な弟なんだから」
むむ、とわざと怒った顔をする俊哉にカイトは笑い、その時初めてカイトは緊張していた自分に気がついた。




