★ paternal love.:02(完)
「僕は、父さんは、いつも言ってる気持ちと同じだよ。カイト、お前が幸せならいい。そしてお前がお前にとっての大切な人を幸せにしてくれてるなら、父さんはそれだけでいいんだ」
ケイトが立ち上がる。
巽よりは低い身長のケイトだが、リトやカイトが長身である事は遺伝なのだと思わせる高さでそして
(“父親”らしい背中、だ)
巽の思う父親らしい背中というのは、ある種憧れの背中だ。
あの背中に愛され守られていたカイトを、自分は果たして、ケイトに安心してもらえるほどに守れるかと一抹の不安がよぎる。
力や、コネで、様々なものからカイトを守れる自信はある巽だが、精神的に守るのは何よりも難しい。それをあの背中を前に改めて感じていた。
巽の視線の中で、ケイトはカイトから買い物の荷物を受け取ると、空いている方の手でゆっくりとカイトの頭を撫でる。
大人っぽい、と外見と雰囲気から言われるカイトが年相応より幼く見えるのは、多分、父親と対峙しているからだろう。
「何も心配はいらないよ、カイト。カイトはカイトの思うように、人を思い、人を愛し幸せにして生きればいい。困った時は父さんに、そしてリトに、ちゃんと話して頼ってくれたらいい」
「父さん」
頭から離れていく手を見つめてカイトはただ頷いた。
父親が恋愛について反対をしない──リトとカイトが父親に反対されるような恋をしなかったのだが──のは知っていても、巽との復縁ばかりは反対されるとカイトは思っていた。
それが蓋を開ければ優しい、いつもの顔の父親がいる。
「俺、いつも、父さんのその笑顔に、助けてもらってる」
「そうか。なら父さんは、いつでも笑ってお前を見守ってるから、安心してなさい」
「うん」
二人のやり取りを見ていた巽にカイトの視線が映る。
父親の肩越しに向けられた視線に目だけで「なんだ?」と聞けば、カイトはにっこりと笑って、父親にも笑う。
「今日、父さんが帰ってきてよかった」
「偶然とは言え、リトの一番の友人であり悪友の藤春巽くんではなくて、カイトに熱心に愛を囁く藤春巽くんと僕が初対面叶ったから、かな?」
「まさか!」
力強い否定にケイトは当然巽も眉を寄せた。
カイトはケイトから買い物を受け取り、キッチンに向かう。
冷蔵庫を開けてカイトは未だに不思議そうな顔の二人に、珍しいほど意地の悪い顔をした。
「知ってる?巽さん。姉さんが父さんにそっくりなのは、何も顔だけじゃないんだよ。父さんも姉さんも、野菜は本当に食べないんだ」
巽がちらりとケイトを見ると、ケイトはバツの悪そうな顔を背ける。
やはり、その様子がリトに似ていて巽は笑いそうになった。
「今日は野菜でフルコースだよ。野菜を補ういい機会だし、食べて好きになってもらわなきゃ、ね」
フルコース、と頬をひくつかせる二人をおいて、カイトは常備菜を確認しながら献立を考える。
カイトがフルコースと言うのだから
「巽くん、僕が帰る前に一度、リトと三人で肉をたらふく食べに行かないかな?」
「喜んで」
「どうやら僕やリトを反面教師にしたらしくてね、あの子は野菜第一みたいなところがあってね」
「ははは、リトが良く『私に野菜を食べさせたければ、肉を食べなさい』って言ってますよ」
「はは、それ、僕がよく言ってた事だ」
料理に取り掛かったカイトはそのままに、肉派の二人はテーブルのグラスに茶を注ぎ、それを各自持ってソファに移動する。
自然と二人、同じ行動になった。
「巽くん、よく言うだろう。娘は父親に似ている人を好きになるって」
「はあ」
「君が何を心配に思うのか。僕は君の事を知らなすぎるから判らない。でもね、もし、巽くんが自分自身の何かと、僕の何かを比べて心配しているのなら、それはきっと、心配しなくても大丈夫」
「どうしてですか?」
だって、父親に似ている人を、好きになるんだろう?
カイトは娘じゃないけどね、と付け加えて優しい笑顔で言うケイトに、巽は無言で頭を下げた。
下がったその頭を思わず優しく撫でてしまったケイトは、撫でられ驚きで顔を上げた巽に
「取り敢えず、少なくとも僕と君は肉が好きで野菜は好きじゃない。ここは確実にそっくりだ。あとの似ているところは探してみて」
と茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。
換気扇のせいで聞こえにくい、僅かにしか聞こえない笑い声。
カイトの口は自然と弧を描く。
目の前に並べた野菜とそれで作る野菜メインのフルコース。
肉派の二人はどんな文句を言うだろう。
想像してカイトは思わずクスクスと笑い声を上げた。