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Tally marks  作者: あこ
番外編:本編完結後
19/32

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リトは隣で立つ男を見上げて「恐ろしいほどに似合わない」と呟いた。

自分でそうさせておいて、自分でやらせておいて、という結果出来上がっている状態だからリトがそう発言するのはなんだけれど、それでもリトは呟いてしまう。

何せとても似合わないのだ。




「カイトとは逆周りなんだなぁ」

「はい?」

「リトは野菜から見てんだろ?で、カイトは逆の乳製品とか惣菜のコーナーから見るだろ?」

「ああ、そういうことね」


カイトの家──つまりリトからすれば実家だが──に料理を作りに行こうと唐突に思い立ったリトと、カイトの家に“通い夫”をすべく出てきた巽は偶然にも途中で出会い、目的地が同じだという事でリトが荷物持ちをしろと言ったのだ。

しかしその時の二人の会話としては「ちょっとあんた、買い物持って行きなさいよ」「そりゃお姉様の頼みとあれば、俺は荷物だろうがお姉様だろうが喜んで持たせていただくけどよォ」「あんたに持たれたくないわよ!」とそこはかとなく穏やかさが逃げている感が出ているけれど、それでも確かにリトは荷物持ちを得たのである。

そしてプラスチックの籠を手にした浮いている巽とリトが──リトもある意味浮くけれど──スーパーマーケットで見れる今が出来上がっていた。

「ふうん、こりゃカレーか?カイトの好きな」

「そう、野菜がゴロンゴロンはいってるやつね」

「スパイスがきいてて俺も好きだぜ、これ。野菜が多すぎるけどな」

「カイトが好きなのがこれだもの」

「つーか、カイトは肉食えよ、肉。あいつが筋肉つかねぇとか嘆いてるのはそこだろ」

籠の中の材料を睨むようにして言った巽を、リトは呆れた顔で見て「それはあんたが言ってよ」と口からでかかってぐっと口を閉じ、その言葉が外に漏れでないように努めた。

(ああ、嫌になるな。こいつはもう)

当人達よりも外から、第三者から見た時の方がとても分かるとリトも俊哉も思っている。

巽の直向きな努力と真摯な姿勢が。

最初からこういう男(・・・・・)として生まれていれば良かったのに、と何度も思ったほどに

(藤の分際で、いい男になるとか。本当に、最低。なんなのよ、こいつ)

カイトに「目を覚ましなさい」と「騙されてるのよ、あいつはやっぱり生半可な気持ちなのよ」と言えたらいいのにとリトは思った。

二人がよりを戻すきっかけを作っておいて、それでもリトはそう思ってしまったのだ。


彼女は別に同性愛を否定しているのではない。

このまま時間が、巽がこのままひたむきに努力をし続けたらカイトはきっと巽への矛盾した気持ちを持ちながら、過去を思い出しては感情を酷く揺さぶられながらも、カイトは巽をまた心から愛してしまうとリトは分かっている。

そうしたら巽は逃さない。きっとカイトを縛り付けるのだ。愛でもって優しく甘く、そして思いきり強固に。

この男の手の中に、リトの可愛くて大切な弟は閉じ込められてしまう。

(……父さんのように、なれればいいのに)

父親は全て知っている。その上でカイトが傷ついても思うようにさせればいいと言った。寧ろ、それがカイトにとって一番であるからとカイトの行動を歓迎している。別に投げやりでも放任主義とかでもなくて

(結局私が、私を信じてないのよね)

彼──────、二人の父親はカイトを信じて、そしてリトを信じている。二人が幸せになると、信じているのだ。

カイトがまた傷ついてもリトが支えるだろう事を。そしてカイトが支えられながらまた前を向く事を。父親は愛しい子供を信じているのだ。


(私は私を信じよう。あの子がこいつを信じようとしているように。あの子が私を信じてくれているように。カイトにはそう、私がいるからなにがあっても大丈夫だって思えるように、私は私を信じなきゃ)


店内のライトで巽の青味がかった黒髪がきらきらと輝く。

スーパーマーケットの籠の似合わない巽を、リトが声をかけて止めた。

()、野菜並みにごろごろ肉、入れるわよ」

「おお、いいな、それ」

「肉の種類も部位もどれでもいいわよ、藤が選んで。カイトに強引にでも肉を食べさせるんだから、あんたも協力しなさいね」

「協力はするけど、リトが言うと本当に無理矢理にでもやりそうだな」

「あんたの頭の中の私は一体どんな女なのよ」

「そりゃって、それはまた今度にしようぜ。そうだな、肉ねぇ──────そうだなぁ、鶏モモだろ、ここは」

「“カイトばか”よね、あんたも」

「言われたくねぇよ、お前と俊哉には」

籠に肉が増える。

信頼もこうして増えるのだろうとリトは思った。

「あんたは野菜を食べなさいよ」

「健康第一、食べるようにしてるさ。早死にしたらカイトが泣くだろ?」

「タバコもやめなさいよ」

「禁煙。二度目に挑戦中」

「そ」

「今度は長く頑張りたいな。死ぬまで」

隣の男を見上げてリトはなんだか腹が立って、足を踏んだ。

「相変わらず暴力的だな、お姉様」

「“お姉様”は絶対に止めて。金輪際止めて」

「おなかがすいてきちまった」

「はいはい。って、あんたも手伝いなさいよ!」

「皮むきくらいな。後はやめとけ食材の無駄になる」

「自信満々に言うあたりがムカつくわね。しかも事実だからどうしようもないじゃない。余計にムカつくわよ」

知るか、と笑って籠をレジに置いた巽が財布を出す。

巽が財布を出してしまうとリトが何を言っても、俊哉やカイトが何を言っても払わせない。だから大きなため息をついてその姿を見るだけになる。


たかがカレーの材料費を払うだけ。

しかもこの後はこれを運んで、もしやるとしても皮むきを手伝うくらいの巽。

それなのにあまりにも楽しそうな、幸せそうな横顔にリトは自分の顔が自然と笑みを作っている事に気がついた。

リトは元来素直だ。自分の心に対しても、比較的素直に認める事の方が多い。巽に対してあんな態度だけれども、それでもリトの巽に対する今現状精一杯の素直な姿勢でもある。

そんな素直なリトは自分の中に蓄積し続ける、自分が巽に対して抱く信頼の大きさと、巽から向けられるリトとカイトへの気持ちの大きさが笑顔ひとつでまた大きく膨れたのを感じてしまった。

(本当に本当に、あんたが最初からこんな男だったら良かったのに)


釣銭を受け取った巽が籠を移動させる。

リトは持参したファンシーな猫柄の袋を二つ出し、幸せそうな雰囲気をじんわりと出し続ける巽を見ずに言う。

そのリトの顔は未だに笑顔だ。

「じゃぁ“お姉様”から言っておくわ。せめて卵粥くらい作れるようになりなさいよ」

袋に野菜が詰まっていく。

「なんで?」

全て詰めて袋を二つ巽に預けた。


「風邪を引いたカイトの、一番好きなメニューだからよ。私が特別に“一番好きな卵粥”の味を教えてあげるわ。ありがたく思ってしっかり覚えなさいよ」

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