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Tally marks  作者: あこ
番外編:本編中
16/32

★ 慚愧:03(完)

流星群観測に誘われた淳太は、喜んで飛びついた。


花屋倉庫の屋上は広く、社長──俊哉の父親だ──が植物に携わる仕事に就くきっかけとなった、倉庫駐車場に植えられた立派な桜の木の頭が見える。

「春はね、お花見も出来るんだよ、あの桜」

「すげー」


テントを張り、毛布と荷物をしまい込んだ二人は、カイトはテーブルにリトお手製の弁当と一緒に渡された水筒を置き、淳太は望遠鏡を設置していた。

カイトは屋上の物置を開け、そこから折りたたみ式のリクライニングチェアを二つ取り出し、淳太の邪魔になりそうに無い場所に並んで置く。

「寝転んで見たほうが、楽、だよね」

「このままうっかり寝ちまいそ」

「風邪ひくよ」

くすくす笑うカイトはブランケットをそれぞれのリクライニングチェアに乗せておく。ブサイクな猫が我が物顔でプリントされている、かなりインパクトのあるブランケットだ。

「流れ星、見えたらカイトは何願う?」

「うーん、その時考える、かな」

「あっという間に消えちゃうよ。今から考えておかなきゃ」

淳太はまじめに考え出したようでうんうんと唸っている。

その横顔を見てカイトは、淳太に気がつかれないよう小さく首を振った。


「カイトくん!シュンと流星群見たってほんとー?」

「うん。たくさん願い事出来るくらい、見れたよ」

「えー、カイトくん、何お願いした?」

「俺、素早く願い事三回言えなかったから、多分一つも叶わないよ」

「あははは!私だったら『お小遣い増』と『頭を良くして』を唱えまくる自信がある」

きゃきゃ笑って自席に戻った女子生徒の背中から、カイトは窓の外の空を見る。

あの日、カイトは意味もなく何度も何度もやってしまった。

(何を今更、俺、比べてるんだ。淳太はただの、友達じゃないか)

苦しくて辛くて、何でそんな事するのかと、カイトは正直流星群なんて言っていられない気持ちになった。

それでも朝屋上に朝食を持って現れたリトも俊哉も、カイトを見る目は普通だったから、きっと淳太にも気がつかれなかった自信がカイトにはある。

淳太は「流星群観測、けっこーハマりそう」と朝食後リトと俊哉に礼を言って自宅に帰って行ったし、カイトも同じくリトに送られ自宅に戻った。

戻った先でも、つい思い出しては似たようなシチュエーションを頭の中から引っ張り出して比べる。

そんな自分に嫌になって、苦しくて仕方がなかった。

今、カイトが思うのは一つ。

良く解らないけれど、早く家に帰りたい。

これだけであった。


「カイト、いる?」

リトの声にハッとして、カイトはリビングに急ぐ。

心配そうなリトがリビングに立っていて、カイトは口角を上げようとして失敗した。

いつだってそうだ。

姉の前では仮面をつけたってすぐに剥がれる。剥がれなくでもばれてしまう。

「淳太くんと、何かあった?」

「何も、ないんだ。何も、ない」

「今日、ここに泊まるつもりで帰ってきたの。お夕飯、何が良い?」

「カレー」

「解った。ほら、着替えておいで」

頷いたカイトの頭をリトは優しく撫でる。

いつのまにか自分より大きくなった弟。手を上に持ち上げ撫でなければならない事に、リトは少しだけ寂しい気持ちになる。

「姉さん……」

自室に戻ろうとするカイトが立ち止まってポツリとリトを呼ぶ。

「ん?」

「ねえ、姉さん。俺、何で比べちゃってるんだろう」

何と何を、なんてリトは聞かなかった。

想像だけれど、それが正解だと思う事を頭に思い描けたから、それだけでリトには十分だった。

「苦しくなって解らなくなったら、私が助けてあげるから。カイトは安心して『何で』の答えを探してみなさい」

躊躇うように頷いたカイトに、これは自分への鼓舞でもある気がするとリトは頭の片隅で思う。


「藤春巽くーん」

「は?」

振り返ると俊哉がいる。

大学構内に現れた俊哉にどうしたのかと、巽は怪訝な顔だ。

「アヤちゃんのところに、仕事の関係でお使いだよ」

「そうか、で?」

「藤のコトだから、車近くに停めてるかなーと思って」

「なるほど、送って行けってことか」

そうそう、と笑う俊哉に巽は暫し逡巡して

「──────倉庫でいいか?」

少し間が空いての返答にも、俊哉は爽やかな笑顔を変えない。

駐車場の、巽の愛車の前。助手席側に回った俊哉。

巽はノブを握ったままそれに視線を落として言う。

「なあ、俊哉。お前って、俺の兄貴みたいに人を慰めるの、案外得意だったよな」

「藤のお兄ちゃんより得意か知らないけど、藤がそう思ってるなら、そうかもね」

車を挟んで二人の視線がちゃんと交わる。

「俊哉の、大切な嫁さんと弟、泣かせたら悪い」

大きく息を吐いて巽は、その自信に満ちた顔に見せる眉を少し下げた。

「葛藤してるんだ。今だってそうだぜ。でも、どうしてかなァ、俺さあ、カイトに愛してるんだってどうしても伝えてェ。その気持ちだけは捨てられねぇんだよ」

「そう」

静かに打たれる相槌。

「捨てたく、ねぇよォ」

泣きそうな巽の声に誘われるように、俊哉が車を回って巽の隣に立ちその頭に手が伸びる。

ゆったりと自分よりも高い場所にある金色の頭を撫でても、巽は嫌がらない。


捨てたくない。

愛を伝えたいと願う思いを捨てたくなんて、ない。


巽の葛藤が、言いながらも苦しそうに息をするそれに見れた気がする俊哉は、頭を最後にもう一度だけ撫でて、ポンと叩く。

「藤お墨付きの慰めるのが得意な俺が、リトさんが泣いたらリトさんを、カイトくんが泣いたらリトさんと一緒にカイトくんを慰めるよ。それに、藤が玉砕して泣いたら、お祝いしてあげるよ。初恋惨敗おめでとうって」

「最後はいらねぇだろ」

「だから、捨てたくないなら足掻いてみたら?もう一度カイトくんをその腕に仕舞いたい、と決意したらやったらいい」

「……おう」

さて、送ってね。と助手席のドアを開けた俊哉は、同じく乗り込もうとした巽に珍しくニヤリと笑った。


「あ、そうそう。でも、俺はカイトくんにした事をまだ怒ってるから。まだ、お兄様なんて言わせないよ?」

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