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Tally marks  作者: あこ
本編
10/32

10

巽とカイトは二人で歩いて河原に出る。

ここの河原は綺麗に整えられており、季節を問わず散歩をする人やランニングする人が多数いるが、この季節はやや少ない。

一番多く人が集まるのは夏の夜、

(花火大会か)

あの日も巽は浮気をした日だった。


「カイト」


低い声が耳に心地が良くてカイトは眉間にしわを寄せる。

(まだ俺は怒ってるんだ、この人に)

許せない。腹が立っている。無関心になりたいのに。と呪文を繰り返す。

「なぁ」

足を止めたカイトを巽は振り返った。

カイトはやはり眉間にしわを寄せたままだ。

「許せない。怒ってるんだ。初めてだっ、こんな風にっ」

カイトはしわを寄せた顔を地面に向ける。

「父さん、姉さん、それに兄さん、この人たちとは何があっても俺、無関心になれない。家族だから。喧嘩して別れて、離れ離れになっても、悔やんでなんとか傍に戻りたいって、足掻くくらい、無関心になれない」

「ああ」

「今まで、どんな事があっても、他人は他人(・・)でよかったのに、巽さんはどうして俺に元彼氏(・・・)なんてのを残したんだよ!今まで、そりゃ、少ないかもしれないけど、大切にしてた恋人と別れた時も他人(・・)であって、何かを向ける元彼女(・・・)にはならなかったのに!感情を向けたりなんて、しなかったのに」

「ああ」

「ひどい、こんなにむかついてるのに、イライラしてたまらないのに、あんたなんて、嫌いなのにっ、あんたはいつまでも、俺の、俺の中でこんなふうに、嫌いって居座って!現実でもこうして、俺の前に現れてっ!なんで、俺の前にあんたがくると、俺はこんな風に、簡単に、こんなふうになる」

「そりゃ、よかった」

「なにが!」

怒りを露わに顔を上げたカイトの真ん前には、眉間にシワのない笑顔の巽が立っている。

180センチ近くあるカイトが見上げる長身の巽。自慢の顔はいつだって自信に満ち溢れているのに、今は笑顔にもかかわらずそれに陰りがあった。

「無関心じゃなくて嫌いなんだろ?」

「だからなんだよ」

嫌い(・・)なら、好き(・・)に出来るかもしれないからだ」


カイトは口を開けたまま言葉を失う。ゆったり考えても出てこない。

考えても言葉は出てこないが、ある日の事を思い出す。

別れた彼女に復縁を請われた時だ。「嫌いになったなら、また好きになってもらうから」と言われてカイトは首を振った。嫌いじゃなくて関心がないのだ。好きになれるはずもないのにと、カイトは首を振った。

そう、これ(・・)ではまるで、まだ可能性があると言っているようなものだった。カイトだからこそ、「嫌いだ」という言葉は大きな意味を持つのである。


「拾えなくていいぜ」

「は?」

「俺が、今度はお前を拾うんだよ。捕まえて縛り付けて、今度こそ、お前と、お前がいう、本当の付き合いをしたいから、カイトを拾うんだって言ってるんだよ」

さらさらとカイトの髪を巽が梳く。

大きな手が優しくて、カイトは優しいこの手を思い出したら鼻がツンとした。

「泣くなよ、頼む。お前への気持ちに向き合ったら、お前に惚れてるって心底自覚したらよ、カイト、お前が泣いたところを思い出すたび痛ぇんだよ」

髪を梳いた手が額にかかる前髪を避ける。

そこに、ちゅっとキスが落ちてカイトは両手で巽を押しやった。

「なに、なにして!」

「アプローチ。これに関しては前と同じやり方しかしらねぇからな」

いけしゃあしゃあと言ってのけた巽に、カイトはあの時、前のアプローチを思い出して羞恥で顔を真っ赤に染める。

所構わずキスをして、触って、耳元で好きだと言って。

(そうして染めていく(・・・・・)んだ)

最初は嫌だったのに、いつからそれもいいと思ったのか。もうそれを思い出せない。しかし心地よくなった事実は思い出せる。

巽のそれが、カイトには心地良かったことを。

「怒ってる。信じられない。無理」

「解ってる。信じさせる。無理じゃない」

まっすぐな瞳に負けたからだ、とカイトはダッフルコートを握りしめ、顔を逸らした。

仕立てのいい生地がぐしゃりと歪む。

「裏切り者だよ、巽さん。俺は初めてだったんだ。“家族”以外の人に、寄りかかれたのなんて。寄りかかっていいと、スペースを作ってもらったのなんて。それをあんたは裏切ったんだ」

息を吸う。吐き出して。

「怒ってるから、信じないから、無理だから。拾えない」

言いきって巽に背を向け歩き出す。家まで遠回りになっても気にしない。巽の横を通ったら捕まえられると彼は知っているから。


「怒ってていい。信じさせるし無理じゃねえよ。俺が拾うからな」


言葉に捕まるなんて知らなかったとカイトは思った。

足が止まって動かない。

「だから、マイナスからでいい。またアプローチするからな。今度はお前だけ、一人だけ。五回目でひろいあげるぜ?」

真後ろから聞こえた声に五回じゃ無理だと思ったカイトは『何回なら良いのだろう』と、五の倍数を頭に並べた。

しかしそれもすぐに答えがでないから、巽に背を向けたまま叱咤し漸く動きそうな足をただ、前に動かす。

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