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妖怪伝説短編綴  作者: 時雨笠ミコト
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私の祖父

私のお爺さんは、随分楽しい人でした。

よく食べ、よく飲み、良く笑う人でした。

どこにいても違和感がないような、人と仲良くなるのがとても上手な人でした。

身長の低い人でした。本人は気にしているらしく、自身を目安にして背を測る私によく苦言を呈していました。

よく遊んでくれる人でした。花札がやけに強かったことを覚えています。

ただよく、お婆ちゃんに「賭け事を教えるな」と怒られていたことも覚えています。

ただ一転して、機械に極端に弱い人でもありました。

ようやく手に入れた家庭用の据え置きゲームを壊された時は、泣いて叫んで叩き続けました。

ただ使っただけなのにレンジが壊れた、と弁明をしては「だから使いたいときは人を呼べと言ったのに」とお婆ちゃんによく怒られていました。

記憶力の優れた人でした。

私の小さい頃は勿論、お婆ちゃんの若い時のことを昨日の事のように離す事が出来る人でした。

お婆ちゃんが告白したときの言葉を一言一句たがわずに言えることが自慢のようで、お酒が入るとよく披露してはお婆ちゃんに蹴り出されていました。

悪巧みがやけに上手い人でした。

誰かにいじめられて私が泣いて帰ってくると、自分流のおっかない『処世術』を教えてくれました。

遠い記憶でよく覚えていませんが、毎回どうやったらそんなこと思いつくんだと思うようなとんでもない内容だったことだけは記憶しています。

だから「代わりにどうにかしてやろうか」という提案に決して頷きませんでした。

頷いたらいじめっ子が大変なことになる未来が見えてましたから。

そうやって自力で回避するたびに、何だつまらんとカラカラ笑う人でした。

おかげでずいぶん強くなれた気がします。

人の強みを非常に正確に、そして早く理解する人でした。

何故かと聞いたら、「自分にはそれしかなかったからだ」と答えられました。

人より優れた部分がなかったからこそ、人をまとめ、長所を把握し、適材適所で活用する総括になる他道がなかったと。

「一人でできることなんてたかが知れてる。頼って、それに報いて、時に騙して、出来る奴を使うのよ。上手にな。忘れるな、頼ったら同じだけ報いなきゃならん。貰ってばかりじゃいつか痛い目を見る。誰もそばに残ってくれんくなるからな」

嗚呼本当に、対人関係の重要さを嫌というほど熟知した人でした。

大切なことをたくさん教えてくれる人でした。

そんなお爺さんの記憶は、ある日を境にパッタリと無くなっています。

その日を、私はよく覚えています。


夏の日でした。暑さのあまり、いつもなら時雨の如く鳴き声を落としてくる蝉たちが全く鳴かないような日でした。

まだ年若い私は両親に連れてこられましたが、大人の難しい話に早々に飽きてしまって、一人縁側に出て足をぶらつかせていました。

お爺さんに習った名も知らぬ曲を口ずさみ、他にすることもないのでそれを二回、三回と延々繰り返していました。

「なんだぁ、今日はお揃いだな」

「うん」

 後ろからお爺さんに声をかけられたので、私は元気に頷きました。

お爺さんはいつも真っ黒い服を着ていましたから、今日はお揃いだと私も密かにウキウキしていました。

黒いワンピースに、今は履いていませんが、靴だって真っ黒けなのです。

「つまらんか」

「うん。みんな難しい話ばっかりしてるから」

「そうか。でも今日は仕方ない」

「そっか」

 そこからは、やけにたくさん話しました。

今思えば、少し講義のようでもある会話でした。

こう生きていれば選択肢が増える、これをしてしまうと後戻りできなくなる。

人と生きていることを忘れるな。

頼れ、使え、しかして礼を忘れるな。決して忘れるな。

相手も生きていることを忘れるな。相手にも感情があることを忘れるな。

私に私の人生があるように、相手にも相手の人生がある。

今まで積み重ねてきたもの、得たもの失ったもの。周りにいてくれたもの、いなかったもの、その時考えたこと感じたこと全て違う。

自分の当たり前が相手にとっても当たり前であると思い込むな。

考え続けろ。

それを無くした時、お前はあっさりと排除されるだろう、と。

年若い私にもわかるように言葉を変え何度も何度も、それこと耳に染み込ませるように。けれどもどこまでも優しく、繰り返し言い続けていました。

当時の私も自分なりに必死に聞いていました。私に向けた大事な話だと、理解していましたから。

だからこそ、今覚えているのでしょう。

それからしばらく経った頃、両親に呼ばれて縁側から立ち上がりました。

親戚の手によって縁側に続く障子戸が全て開け放たれ、一直線に行くべき場所への道が示されます。

しかしそれは私の為ではなく、行くべき場所にいる『その人』の為でした。

お婆ちゃんは泣きながら言っていました。

「綺麗な青空ですよ、あなたの好きな夏ですよ。見えますか?」

 両親は泣いていました。

親戚は泣いていました。

みんな真っ黒な服でした。

私はひとり、畳を踏みしめてその場所に辿り着きました。

白い棺、その真ん中に、見知らぬ人が横たわっていました。

みんな泣いているなら私も泣いた方が良いのでしょうか。

しかしまるで泣ける気配がありませんでした。

私の肩を優しく包み、お婆ちゃんがこう言います。

「あなたは覚えてないでしょうね。あなたが生まれた時からずっと入院していたから。この人はね、あなたのお爺ちゃんよ」

 見知らぬお爺ちゃん。

じゃあお爺さんは?と思ってその姿を探せば、彼は縁側でいつ取り出したのか酒を呑んでいました。

「我が友よ!物好きな心優しき我が友よ!約束は果たしたぞ!」

 叫んでいました。高らかに、笑いながら叫んでいました。

顔は笑っていました。今までに見たことがないほどに笑っていました。

声は叫んでいました。今まで聞いたことがないほど大きな声でした。

なのに、頰に涙が絶えず伝っていました。

彼は、笑いながら、叫びながら、号泣していました。

座ったまま、杯を頭より上に持ち上げて、まるで誰かに捧げるように、まるで誰かと乾杯するように掲げていました。

そしてそれを飲み干して、彼は叫んだのです。

「約束は果たしたぞ!短い代役だが、礼を言おう!嗚呼本当に、いい“人生”だったとも!!」

 その叫びを聞いたその瞬間に、お爺さんはもう居なくなっていました。

それきり彼は、もう私の記憶に出てきていません。


今ならわかります。

彼はぬらりひょんだったのです。

そして何の縁か、祖父と友になった。

私が生まれた時から入院していた祖父と、おそらくずっと昔から。

そして一つ約束をしたのでしょう。

祖父の顔さえ知らぬ私のために、代役をしてくれと。

祖父の代役を。代わりに人生を送ってくれと、妖怪である彼に頼んだのでしょう。

祖父の代役。ならば刻限は、祖父が回復するか居なくなるまで。

だから可能な限り多くを残そうとしてくれたのでしょう。

彼があそこまで報いた祖父は、きっと凄い人だったのでしょう。

だから私は教えを胸に、背を伸ばし今日も歩くのです。

私には、凄い祖父が二人もいるのですから。

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