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91・セルバの奇跡って話

穏やかな時間が過ぎていく。

他愛のない会話、マレッサが変な寝言を言ったとか、パルカが最近砂浴びにハマっているとか、俺が度胸試しでスライムを飲んだ話とか、デイジー叔父さんは紅茶はストレートだけど珈琲にはたっぷりミルクを入れる派だとか、そんな毒にも薬にもならないような取り留めのない話。

原初の呪いの元になった女性は喋ったりはしなかったが、時々頷いたり、笑っている様な素振りをしてみたりと、お茶会を楽しんでくれていたようだ。

ナルカはあまり会話には参加しなかったが、女性が楽しそうなのを見てどこかホッとしたような嬉しいような、そんな感じに見える。

うん、若干無理やりではあったがナルカをお茶会に参加させて良かった。


『そしたら、パルカがいつもと砂が違うって怒りだしたもん。細かい事を気にする奴もんまったく』


『何言ってるのかしらねマレッサは。私様が使う砂浴び用の砂はさらさらで上等な物じゃないとダメなのよ。当然でしょ』


「カラスって砂浴びするんだな、たまにパルカが砂っぽいのはそれが理由か」


『覗くんじゃないわよ、人間!!』


「そんな特殊性癖はないよ!!」


俺たちの会話を見ながら楽し気な女性はだんだんと姿が薄くなっていた。

光の粒が風に溶けて消えていく、もう輪郭はぼやけていつ見えなくなってもおかしくない状態だ。


「どうかしらぁん? 少しでも貴方の心に何か残る物があったのなら、あたくしたちとしてはとても嬉しいのだけれどぉん?」


女性はデイジー叔父さんの言葉に少しだけ考え込み、コクリと頷いた。

それを見て、デイジー叔父さんはとても嬉しそうに微笑んだ。


「よかったわぁん。名残惜しいけれど、そろそろお別れねぇん。じゃあ、さようなら、そして希望をもってこう付け加えるわぁん、また会いしましょうねぇん」


「―――」


女性は一言、消え入るような小さな声で何かを言って、完全に消えてしまった。

誰も居なくなった椅子とテーブルに残るティーカップがどこか物寂し気に見える。


「ありがとうって言ったのかな」


「うふ、そうね。そうだと良いわねぇん」


デイジー叔父さんは椅子とテーブル、ティーセットをマジックバッグに片付けて、グッと伸びをした。


「あぁああん、とってもいい運動になったわぁん。その後のお茶会も悪くなかったし、今日はいい夢が見れそうだわぁん」


『いや、あの黒い巨人を何体も相手にしていい運動程度もんか……。やっぱ、とんでもないもんねデイジーは……』


『底知れないわね、ホント。あぁ、マレッサ、サーチはしてあるわ。もう原初の呪いの影響はセルバブラッソには残ってない。箱自体もナルカに統合されてる。問題ないわよ』


『じゃあ、セルバに話をしておくもんかね。ヒイロ、デイジー、これから起こる事はセルバの起こす奇跡もん、邪魔はしないであげてほしいもん』


マレッサの言葉に俺は首を傾げる。

セルバの起こす奇跡が何かは分からないが、邪魔はしないでって言うのはどういう事だ?


『セルバ、こっちは片付いたもん。あとはお前の好きにするといいもん』


『あぁ、助かったネ。これで憂いなく、後の事はワタシの子たちに任せられるネ』


マレッサが遠くにいるセルバと魔法か何かで会話をしているが、何か嫌な感じがする。


「セルバ? 何をするつもりなんだ?」


つい、マレッサとセルバの会話に横入りしてしまった。

でも今止めないと、とても嫌な事が起きる気がして仕方がない。


『心配してくれるのは嬉しいネ、ヒイロ。でも、これは必要な事ネ。そうそう、デイジーも色々ありがとうネ、お礼が出来ないのが心苦しいけれど、旅の無事を祈ってるネ』


「……そう、貴女はそういう神なのねぇん。ありがとうセルバちゃん。色々お世話になったわねぇん」


デイジー叔父さんはそう言って、俺の肩に手を置いた。

邪魔はするな、という事だろうか。


「デイジー叔父さん……」


「緋色ちゃん、見届けてあげなさぁい。セルバちゃんがしようとしている事をねぇん」


俺は何も言えなかった。

ただ見届けるだけしか出来ないのだと、悔しい思いが募る。


『私様が言えた事じゃないけれど、セルバブラッソがこのままだとセルバブラッソ自体が困る事になるのよ人間。前にも言ったでしょ? 魔王国がセルバブラッソに攻め込まない理由』


「たしか、受肉したセルバがいるからだって」


『そう、受肉したセルバがいるからこそ魔王国はセルバブラッソへの侵攻を行わなかったわ。でも原初の呪いによって、セルバブラッソは甚大な被害を受けている、魔王国はそこを見逃す程甘くはないわ。今はマレッサピエーを攻めてはいるけれど、落ち着けばこっちにも軍を派遣するでしょうね』


「そんな、パルカは魔王国の守護神だろ!? なんとか出来ないのか!!」


『それはセルバに断られたわ。それに原則として私様たち神域の神は地上種の争いに干渉しない事になってるのよ。セルバは地上に降りた神だから問題ないけれど、私様が干渉し過ぎると世界のバランスが崩れるわ。人間、ごめんなさい、国と国の争いに関して、私様たちに出来る事はあまりないのよ』


うつむくパルカを見て、俺はごめんと謝った。

たぶんこれはパルカに言ってもどうにもならない事なのだろう。


『セルバは残る神核を全て使って、セルバブラッソの国土の再生とセルバの子の強化を行うつもりもん。その強化もいずれは効果が薄れるもんけど、魔王国に侵攻を思いとどまらせる程度の効果はあるはずもん。時間さえ稼げれば、新たな守護神を招く事でセルバブラッソに引けを取らない国が出来るはずもん』


「新しい守護神を招いたら、セルバブラッソって国はどうなるんだ?」


『国名は新たな神の名から付けられるもん。まぁ魔王国みたいな例外もあるもんけど。セルバの加護を受けていた国民は新たな神の加護の元で生きる事になるもん。神核を失った神はもう二度と神としては生まれないもん。残念もんけど、それが子を思うセルバの決めた事もん』


セルバは自分の全てを使ってセルバブラッソを、自分の子を守ろうとしている。

あぁ、それを邪魔するのは野暮なのだろう。

デイジー叔父さんがずっとここに居れば魔王国は攻めてはこないかもしれないが、セルバが完全回復するまでに一体どれだけの時間がかかるだろうか。

神核が一日二日で元に戻る様な物とは到底思えない。

もし、そうだったならセルバからデイジー叔父さんにそう言うお願いがあったはずだ。

それがなかったって事はそういう事なのだろう。

遠くに見えるセルバの大樹から緑色の大きな光の柱が空に向かって伸びるのが見えた。

光の柱から波紋の様に光の輪が広がっていき、空から緑の光の粒が舞い降りてくる。

緑の光の粒が地面に触れると、そこから草が生えてきた。

そこかしこで草や花が咲き始め、荒れ地となっていた大地を緑で覆い尽くしていく。

その光景はとても神秘的で美しくて、そして、どこか悲しかった。

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