9・力が無くても出来ることはあるって話
その声は何事もないかのように、いつもと変わらぬ声色で俺の名前を呼んでいた。
「緋色ちゃん、見つけたわよぉん」
俺は目を開き、目の前に立つ人物を見て涙を流した。
「デイジー叔父さん、オークカイザーさんを助けて」
俺の言葉にデイジー叔父さんはニコリと笑ってウィンクした。
次の瞬間、炎が俺の視界全てを埋め尽くし、激しい爆音が鳴り響く。
激しい炎が地面を抉り飛ばし、ミサイルでも直撃したかのようなクレーターを作っていた。
抉れた地面のあちらこちらではまだ炎がくすぶっているが、デイジー叔父さんの周囲は何の影響も受けていない。
パタパタと手を振り、その勢いでくすぶる炎を消し飛ばした後、デイジー叔父さんは体についた煤を軽く払った。
「あらやだぁ!! 毛先がちょっと縮れちゃったじゃないのよぉん!! セットにどれくらい時間かけてると思ってるのよ、もぉう最悪ぅ!!」
あの巨大な火球の直撃を受けて、デイジー叔父さんはほぼ無傷で毛先が少し焦げた程度だった。
デイジー叔父さんが盾となってくれたおかげで俺とマレッサは無傷で済んだのだ。
守られてばかりで情けないし、悔しくもあるけれど、今ほどデイジー叔父さんがいてくれてよかったと思った事はない。
『あ、あー、わっち頑張ってお前の甥とかお前のせいで飛んでった人間たちを全員助けたもん!! ホントもん!! さっきの獄炎はちょっと無理だったと思うもんけど女神的努力は認めるもんッ!!』
「分かってるわよぉん、マレッサちゃあん。無理いってごめんなさいねぇん。あたくしったら、ちょっとプンプンってしちゃって、その勢いで少し壊しちゃったマレッサピエーのお城を修復してたのよぉん。そのせいで迎えに来るのが遅れたわぁん。緋色ちゃんには怖い思いさせちゃって、ごめんなさい」
デイジー叔父さんは少し縮れた髪の毛を胸ポケットから取り出した櫛で軽くすいた後、くるりと振り返ってオークカイザーさんたちの方を向いた。
「デイジー叔父さん、前ッ!!」
デイジー叔父さんに向かっていくつもの影が襲いかかって来ていた。
それはバルディーニの後ろに控えていた兵士たちだった。
それぞれが剣や槍を構え、更に彼らの周りにはいくつもの魔法陣が浮かんでいる。
あのバルディーニが連れて来ていたのだから恐らく強力な兵士だったのだと思う。
俺が声をかけた次の瞬間にはデイジー叔父さんは迫って来ていた二十人近い人数の兵士全てを地面にめり込ませた後だった。
二十もの兵士が地面から足を生やして、まるで兵士畑のようだ。
いや、なんだよ兵士畑って、軽く自分に突っ込みを入れる。
「んふ、元気ねぇん。絶世の美貌を持つあたくしを見て興奮しちゃったのかしらぁん? 美しいって罪よねぇん」
くねくねと身をよじりながらデイジー叔父さんはバルディーニへと歩を進める。
「吾輩の獄炎を防いだ……? ありえん、断章の魔法には届かずとも絶位に相当する炎なのだぞ!? 大した魔法具もなしに完全に防ぐなど……」
バルディーニの焦る声が遠耳の魔法で聞こえてきた。
かなり焦っているようだ。
断章、たしかオラシオの爺さんがデイジー叔父さんを束縛したあの光る鎖の魔法を使う時に光の断章とか言ってた気がする。
あれ以下ならデイジー叔父さんには恐らく効かないだろう。
バルディーニはデイジー叔父さんに任せて問題ない、なら俺が出来る事は。
「マレッサ、オークカイザーさんの傷を治す事って出来るか?」
『そりゃあ、出来るもん。ただ、オークカイザーは魔王国の住人もん。守護神であるパルカの影響でわっちの魔法の効果は低下するもん』
他の神様の守護する地域だから他所の神様の力は弱くなるって事か。
でも何もしないよりはマシなはずだ。
「それでも十分だ。せめて血さえ止まれば、出血死は免れる事が出来る」
『いや、待つもんヒイロ。お前、まさかわっちが他国の者にわざわざ回復魔法をかけてやると思ってるもん? そんな義理わっちにはないもん、お断りもん。だいたい、さっきからお前はわっちをどうにも便利に使いすぎもん、そんなにホイホイ力を貸していたら神の沽券に関わるもん』
マレッサの言う事も最もだ、最もだが今は一秒が惜しい。
「断るなら俺はこの場で死ぬッ!! そうなったら、デイジー叔父さんが何をするか分からないんだろッ!? お願いだ、マレッサにしか頼めないんだ!!」
『なんでそうなるもん!? 神を脅しながらお願いするとかこいつ最悪もんッ!!』
「天罰でも神罰でもあとでいくらでも当ててもらっていい!! だから頼む、俺を友達って言ってくれた人を死なせないでくれッ!!」
毛玉姿のマレッサに土下座しながら懇願する。
何度も何度も地面にぶつけながらお願いする。
かっこ悪くても情けなくても構わない。
オークカイザーさんが死なずに済む可能性が上がるなら。
『あーーーーもーーーーッ!! あの筋肉お化けも大概もんけど、お前も相当もんッ!! 飛び切りを後で食らわすから覚悟しとくもん!!』
やけっぱち、という風にマレッサが怒鳴ると風が巻き起こり、俺の身体がふわりと宙に浮いた。
『今のわっちはお前の近くからそんなに離れられないもん、だからお前も一緒に来るもん!!』
「分かった!! ありがとうマレッサ、やっぱりあんたは最高の女神だッ!!」
『あったり前だもーーーんッ!!』
突風が吹き荒れ、風が俺をオークカイザーさんの元へと運ぶ。
デイジー叔父さんへ次々と放たれている火球の火の粉をかわしながら、オークカイザーさんにどんどん近づいていく。
「うふん、緋色ちゃんったら。かっこよくなったわねぇん。さっすが男の子。ほんの少し目を離しただけで見間違えちゃうわぁん」
飛んでくる巨大な火球を掴み、お手玉しながらデイジー叔父さんはバルディーニの元へズンズンと歩き続けている。
「な、なんなんだお前は!? 吾輩は魔王国元帥だぞッ!! 魔王国の双璧、獄炎のアンフェール・フランメ・バルディーニなんだぞッ!! なぜ、吾輩の獄炎が効かぬのだッ!!」
バルディーニがそう叫びながら、両手の先に巨大な炎の塊を生み出していく。
「吾輩の炎に焼けぬものなど、ありはしない!! 何かしらの防御魔法の重ね掛けであろう!! その防御魔法の頑強さは認めよう!! だが、これはどうしようもないぞ、絶位すら越え、神の魔法の一編、断章の魔法にすら匹敵する冥獄炎、死者すら焼き殺す冥域の炎で影すら残さず消え去るがいいッ!!」
バルディーニの生み出す炎が闇色に染まっていく、その闇の炎は熱さよりも邪悪さの方が際立っていて、とても気持ちの悪いものだった。
それを見てすらデイジー叔父さんは揺るがない。
お手玉にしていた巨大な火球を全て高く投げ、フッと一息で全て消し飛ばしてしまった。
「あらあらぁん、火遊びにしては派手ねぇん」
「黙れ、人間如きが!! 死ねぇええええええッ!!」
全てを飲み込む闇の炎が凄まじい勢いと邪悪さを伴ってデイジー叔父さんに襲いかかる。
デイジー叔父さんは迫る闇の炎を前にただ不敵に微笑んでいた。