86・ひとまずの決着って話
「きひ、まずは邪魔者から片付けようか。お話はそのあとでしようよ人間さん」
ナルカはそう言うと、軽やかに歩きだした。
突然現れたナルカに驚いているハーゲンたちの脇をすり抜けて、散歩でもしているかのような足取りで黒い軍勢に近づいていく。
侍や黒い魔物はジッと止まって、近づいて来るナルカを見ていた。
「あの中は嫌だったでしょ? せめてあちしが終わらせてあげる」
そこから先は戦闘ですらなかった。
黒い軍勢の先頭に居た侍に触れたナルカにその場に居た黒い軍勢全てが吸われてしまった。
掃除機で埃を吸い取るみたいに、あっと言う間だった。
不思議だったのが、誰もそれを拒まなかった事、誰一人逃げようとしなかった事だ。
むしろ、どこか安堵しているような、そんな感じさえした。
余りにも呆気ない幕切れに俺だけでなくカマッセ・パピー、チューニー、そしてユリウスもぽかんと口を開けていた。
『さすがに私様とマレッサの神力を吸収しただけの事はあるわね。あの規模の原初の呪いの木偶じゃあ相手にもならないわね』
『とは言え、これでこっちの問題は解決したも同じもんね。ヒイロ、セルバの所に行くもん。別の問題が発生してたりしたら、面倒もんからね』
「あ、ああ、わかった。ナルカ、行こう」
黒い軍勢を吸い込んだナルカは手を組んで、まるで祈るように目をつぶっていた。
ほんの一、二秒の黙祷を終えたナルカは笑顔で俺の元に走ってきた。
「わかったよー人間さん。疲れたからおんぶしてー」
そう言ってナルカは俺の背中によじ登ってきた。
重くはないが、妙に子供っぽさが増してやいないか?
「いやー、マレッサちゃんや姉母様がなんで人型を維持してないか、身をもって実感したよ。疲れるねこの姿、安定した供給ラインがないと常にこの姿は無理みたい」
ポフンと小さな音が背中からして、振り返ってみるとそこにはかなり大きな真っ黒なスライムの様な姿になったナルカがいた。
「あー、節約モードだとこんな感じなのね。もうちょっと抱きついていたかったけど、仕方ないや。あ、ちょうどいいの持ってるじゃん人間さん。その中でちょっと寝てるから何かあったら起こしてねー」
にゅるりとナルカは俺の背中から動きだして俺の腰につけてあるマジックバッグの中に入っていった。
「ナルカ!? その中、大丈夫なのか!?」
俺が驚いていると、ナルカがマジックバッグから体の一部を出して、ひらひらと手を振るように動かした。
「問題ないよー、じゃ、おやすみー」
「ならよかった、あぁ、お休みナルカ。全部片付いたら話でもしよう、マレッサやパルカ、デイジー叔父さんとも一緒に」
「うん」
嬉し気な声で返事をしたナルカは再びマジックバッグの中に入っていった。
『ちょっと人間!! ナルカは私様の事を姉母って呼んだわよね!! 聞いたわよね!! ね!!』
急にパルカが俺に詰め寄ってきた。
何事かと思ったが、確かにナルカはパルカの事を姉母と呼んだ。
ナルカの事を娘であり妹と言っていたのはパルカなのだから、間違ってはいないと思うのだが、なにか思う所あるのだろうか。
『つまり、そう言う事よね、分かってるわよね!! 人間!!』
「ど、どうしたんだパルカ、そんなに鼻息荒く興奮して」
『あの子は私様の娘であり妹、つまり私様はあの子の姐であり母って事よね!!』
「あ、あぁ、そうだな、その通りだ」
何故だろう、パルカが妙に興奮している。
そんなに娘であり妹が生まれた事が嬉しいのだろうか。
『あー、こいつそう言う事もんか。姉はともかく母って所に興奮してるもんね。正しくは母じゃなくて妻だろうもんけど』
マレッサが興奮しているパルカを見て何かつぶやいたが、よく聞こえなかった。
『私様が母って事は!! つまり、人間アンタが――!!』
『あーもー、面倒臭くなってるもんねぇ。いいから離れるもんパルカ、人間相手に盛るんじゃないもん。パルカは気にしなくていいもんヒイロ。さ、急ぐもん』
興奮するパルカを俺から引き剥がしたマレッサは俺に急ぐように手を引いた。
パルカもよほど嬉しかったんだろうな。
しかし、子供であり姉妹、複雑そうな関係の様に思うが神様だしそこの所は問題ないのだろう。
「みんな、ありがとう!! みんなが居なかったら大変な事になってた!! 本当にありがとう!!」
俺はまだポカンとしているカマッセ・パピーやチューニー、ユリウスにお礼を言ってからその場を去った。
セルバ達が陣取っっていたセルバの大樹の幹へと近づくにつれて被害は大きくなっており、建物や道になっている太くて大きな枝は所々が腐りおちていた。
もう少し、上手くやれなかっただろうかと、
『全てが原初の呪いに飲まれるよりは遥かにマシな結果もん。セルバが生きている限り、セルバブラッソは終わらないもん、ここの安全を確認した後はデイジーの援護にいくもんよ』
「あぁ、デイジー叔父さんと言ってもあんな大きな奴相手じゃ、さすがに危ないかもしれない!!」
『……危ないもんかなぁ、不思議と微塵も心配できないもん』
『私様がママ……そしてアンタがパパになるのよ』
マレッサとパルカがまた何かつぶやいている、何か不安な事でもあるのだろうか?
そんなこんなでセルバ達が枝や瓦礫なんかで作った簡易バリケードの前に辿り着いた。
『セルバ、やったもんよ。原初の呪いに浸食されてた部分の排除と黒い木偶たちの処分完了もん。細かい所はお前に確認してもらうもんけど、見える部分は問題ないと思うもん』
マレッサの言葉に足元の木から枝が伸びてきて人の形になっていき、セルバが姿を現した。
『わお、すごいネ!! 黒い奴らがそっちに集まり始めてたからこっちからも援軍を出そうと思ってたんだけど、問題なかったみたいネ。すぐに大樹内を調べるから待ってるネ』
そう言ってセルバは木に潜っていった。
ふぅと一息ついていると、セルバの守護精霊がやってきた。
「草の神マレッサ、死の神パルカ、そして人間ヒイロ、ご助力感謝する」
「我らが母セルバの為に尽力してくれた事決して忘れぬ」
守護精霊の二人は俺たちに深々と頭を下げた。
よく見たら二人とも体中ボロボロで、激しい戦闘を繰り広げていた事が見て取れた。
この二人が居なかったらここもどうなっていただろうか。
「いや、みんな自分にやれる事をやっただけだから、頭を下げてもらう程じゃあないですよ」
「それでもだ、人間よ。事が終わった暁には必ず礼をしよう。今はまだ周辺の警戒せねばならん、さらばだ」
豹の被り物をしている守護精霊ハグワルはそう言って姿を消した。
「それはそうと、お前の持っていた死の精霊の卵、どうやら孵化したようだな。慮外の強さを持つ新たな精霊の誕生を我らは言祝ごう。数百年、数千年の後に大精霊をも越え、精霊神に至るやもしれん。どうか心を砕いてやってほしい、あれ程の力、道を外れれば世界が揺らぐ」
蜘蛛の顔を持つ守護精霊プルケにそう言われ、俺はナルカの入ったマジックバッグを優しく撫でた。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ、ナルカは優しい子ですから」
『私様の娘で妹なのよ!! 当たり前でしょ!!』
母性本能でも目覚めたのだろうか、とにかくパルカは興奮しっぱなしだ。
プルケは苦笑いしながら、ハグワルと同様に姿を消した。




