80・なんで侍がって話
「まずは乗ってるあの騎馬を潰すんだ!! あの馬、普通じゃあない、あの巨体でバニニ並の瞬機動力だ!!」
ハーゲンがセルバの大樹を縦横無尽に駆ける巨馬の動きをそう評した。
黒い甲冑の侍が乗る馬は普通の馬を一回り大きくしたような、ばんえい馬のような巨体でありながら、その動きは到底馬とは思えない物だった。
半獣人であるバニニ、今は獣人化して四肢に獣の体毛が生えており、その体は肥大化して筋肉の塊のようになっているバニニに比肩する機動力、枝から枝を飛び跳ねる様な動きを馬が行っている。
まるで、空中を駆けるようなその動きは魔物だと言われた方がまだ納得できる程だ。
しかもただ飛び跳ねるだけではなく、その巨体ごと体当たりを仕掛けてくる始末、まともにぶつかれば俺なんてぺしゃんこになるだろう。
「パンプルムッス、マリユス、遠距離攻撃でなんとか馬の機動力を削いでくれ!! バニニ、おれ様が黒鎧の剣を何とか受け止めるから、その隙に馬上から叩き落せ!!」
「やってるがダメだハーゲン!! あの馬の付けてる鎧が頑丈で精霊石の矢尻でも貫けない!! それに、矢が目元を掠めてもほんの少しもビビらないなんて、何て馬だ!!」
「私の魔法もだ、直撃しているはずなのに大したダメージを与えられていない!!」
馬を狙うパンプルムッスの矢は馬が付けている鎧に弾かれ、マリユスの放つ魔法もまた馬に直撃した途端に霧散した。
そして、凄まじい馬の勢いに合わせて放たれる馬上からの斬撃はもはや防御出来る代物ではなかった。
大剣の腹で侍の一刀を受け止めたハーゲンは斬撃の衝撃を殺し切れずに十数メートルも吹き飛ばされた。
「ぐぁああああああッ!!」
「ハーゲンさん!!」
バニニは吹き飛ばされたハーゲンをなんとか受け止め、枝からの落下を防いだ。
「助かった、バニニ!!」
「仲間なんだから気にしないでいいわよ!!」
体勢を崩しているハーゲンとバニニに向かって巨馬が二人を轢き殺す勢いで迫っていた。
パンプルムッスとマリユスの攻撃など意に介さず、馬上の侍は上段に日本刀を構える。
「させるか、総員かかれっ!!」
侍がハーゲンとバニニを狙った隙をついて、モッブスたちが前後左右から攻撃を仕掛けた。
だが、前方からの攻撃を馬は兜で受け流し、後方の攻撃に対しては後ろ蹴りで応戦。
左右からの攻撃には馬上の侍が腰に下げる小太刀を一瞬で引き抜き、長刀で自分への攻撃を、小太刀で馬への攻撃を防ぎきってしまった。
「なッ、四方陣を防いだだと!?」
侍は剣を受け止めていた長刀をわずかに傾けて、驚くモッブスの体勢を少し崩し、長刀の切っ先でモッブスの頭部を突いた。
ガキンッと金属音を響かせて、モッブスが吹き飛ばされる。
そして、返す刀で小太刀で受けている剣の持ち主に対してもモッブスと同じく頭部への突きを見舞う。
かろうじて突きを防いだようだったが、侍はその隙を逃さず小太刀で鎧の隙間を切り裂いていた。
「ぐあああああ!!」
ゼロ・インフィニティーの叫び声と共に、その肩口から鮮血が噴き出す。
追撃が加えられようとした刹那、前方に残っていたチューニーの一人が馬上の侍に飛びかかり、頭目がけて剣を思い切り振り下ろした。
その振り下ろされた剣を侍は長刀の柄頭で受け止めて防ぎ、小太刀で胴体を横薙ぎに切りつけた。
切られた衝撃で数メートルほど吹き飛ばされたが、よほど銀の鎧が頑丈だったのだろう、多少銀の鎧に切り傷は入っているが体までは侍の刃は届いていなかったようだ。
四方からの攻撃を捌ききった侍は手綱を引いて、また原初の呪いに浸食されている場所の前に陣取った。
『アイツ、やっぱり手ごわいわね。しかも古の契約がまだ生きてるって事は完全に魂を失ってないって事でしょ? 精神力が異常ね。神すら死ぬ呪いの中でなんで勇者とは言え、人間の魂が摩耗しきってないのよ、ありえないでしょ』
『それは勇者特権とかの可能性もあるもんけど、厄介もんねぇ。神と勇者の相互不可侵契約、何千年も前に撤廃された契約がアイツに残ってるって事は、少なくともアイツは数万年前に召喚された勇者って事もんよね。原初の呪いに対抗して召喚された口もんかね?』
原初の呪いに浸食された部分の死を吸収する事が出来ていない以上、マレッサとパルカは手が空いているのだが、あの侍に対しては攻撃する事が出来ないようだった。
マレッサが言うには、あの侍はとんでもなく昔に時空を越えて召喚された勇者であり、原初の呪いを封じる為に戦った者の一人だろうとの事。
そして、あの侍にはある契約が刻まれているというのだ。
それは大昔に神と勇者の間で交わされた契約で、勇者が神を殺さない為、神が勇者を殺さない為のものだったのだが、不都合が生じて数千年前にはこの契約は無効になったらしい。
だが、原初の呪いに取り込まれた影響なのか、あの侍にはその契約がまだ生きていてマレッサやパルカは手が出せないでいる。
ハーゲンたちが相手をしている内に原初の呪いに浸食された場所を潰そうとしても、あの侍が守っており、俺たちもなかなか近づけずない。
よく見ると、ジワジワと浸食されている場所が広がっており、このまま時間を稼がれると同じ様な存在が生み出される可能性がある。
あともう少しだと言うのに、ここまで来て足止めだなんて。
歯噛みする俺の肩を誰かが軽くポンと叩いた。
「ヒイロ君、遅くなって済まない。言い訳にしかならないが、セルバの大樹で取り残されている人がいないかを見て回っていたんだ。安心してほしい、全員の救助が完了した事は確認済みだ。なにより、始まりはボクの失態なんだ。その償いをしなければボクはボクを許せないし、今後ステルラ様に顔向けが出来ない」
それは星の様な形のネックレスを付けたイケメンの青年、短い金髪と緑がかった瞳、星神教の司祭ユリウスだった。