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8・良い人もいれば嫌な人もいるのが世界って話

「やぁやぁ出迎えご苦労、豚の皇帝。相も変わらずなようで何より」


マレッサの遠見と遠耳の魔法によって、オークカイザーさんの前に黒の軍服に燃えるような赤い髪と口ひげの男が立っているがはっきりと見える。

その男の言葉を聞き、なんか失礼な感じのおっさんだな、というのが第一印象だった。

更に、その男の背後には三十人ほどの同じような軍服を着た者たちが並んでいる。


「何用ですかな、緊急査察とは穏やかではない。しかも魔王国軍元帥自らが一個小隊を率いておいでとは」


「なぁに、元帥と言ってもお飾りに過ぎんよ。部下が優秀なものでね。遠征軍の指揮など、吾輩がいちいち口を挟まずとも問題なくこなしてくれている。おかげで吾輩は手持ち無沙汰という訳だ。それで、少しばかり興味深い情報が耳に入ったので吾輩が自ら査察に来た、という事だ」


元帥ってかなり高い階級の事だろ?

いくら手持ち無沙汰だからっていちいち現場に出てくるものなのか?


『アンフェール・フランメ・バルディーニ。魔王国軍の元帥の一人もんけど実質的な軍部のトップもん。魔王国において双璧と言われる程度には実力者もん。現在、マレッサピエーに侵攻してる魔王国遠征軍を指揮してたはずもん』


「なんでそんな奴がここにいるんだ? 軍の指揮するお偉いさんなら後方でふんぞり返ってたりするものなんじゃないのか?」


『まぁ、理由はだいたい察しがつくもん。さっきも言ったもんけど、ここはオークカイザーの統治が許されてる自治領もん。普通なら元帥と言えど手は出せないもん、自治を認めたのは魔王だからもん。ただ、その事を気に食わない奴は少なからず魔王国内に存在してるもん。今回はある理由を付けて自治権の剥奪を狙ってるんだろうもん』


「ある理由ってなんなんだ?」


『分からないもん?』


マレッサの言葉に俺は少し考えて、その理由に思い至る。


「……俺か」


マレッサピエーから飛んできた存在、怪しくない訳がない。

だとすると、オークカイザーさんと俺が話しをしていたのを何らかの方法で見ていた能性もある。

言い逃れが出来ない状況を確認してから、バルディーニって奴はやってきたのだろう。

自治領が大変な事になる、それを分かっていながらオークカイザーさんは俺を逃がした。

申し訳なさでいっぱいになる。

気づくと血が出るくらい唇を噛んでいた。


「それで豚の皇帝、貴様がマレッサピエーからのスパイを匿っている可能性があるのだが、申し開きはあるかね? ないのなら、魔王様に代わり吾輩が自治権の剥奪を宣言するが、よろしいかね? 罪状は魔王国への外患誘致だ」


「あまりに一方的だな。わたくしがスパイを匿っている証拠でもあるのか? 外患誘致など、大恩ある魔王様への裏切りをわたくしがするとでも? 魔王様の裁可を仰がぬままの独断専行、あまりに専横が過ぎるぞ、バルディーニ公」


「ふん、証拠などどうとでもなる。しかし、どうしてもというなら、件の人間を今この場に連れてきてもよいのだがね? 気づいていないとでも思ったか? たかが人間一匹、見逃してやってもよいと言っているのだが、豚風情にはこの温情が解せぬかな?」


「……卑劣な」


「豚に選択肢を与えている時点で吾輩は実に寛大であると理解したまえ。しかし、吾輩にも貴様の今までの魔王国への献身は理解している。このまま極刑に処すにはあまりに忍びない。故に寛大なる沙汰を下す。自治領の没収および、その腕一本で貴様の罪を帳消しにすると約束しよう」


バルディーニが腰からサーベルの様な形の剣を引き抜き、オークカイザーさんにその切っ先を向ける。


「しかし、真に自身が無罪だというのなら、この地に降り立った人間を始末し、その骸を吾輩の前に差し出せ。それが出来たのならば吾輩は間違いを認め、謝罪した上ですぐさまこの地を去る事を約束しようではないか。豚であろうと曲りなりにも皇帝の名を冠しているのだろう? 数少ない民と己の領地を守る為に賢い選択をするのもよかろう。さて、どうするね?」


オークカイザーさんが目を閉じて、フゥと息を吐いた。

そしてオークカイザーさんは左腕をバルディーニへと突き出した。


「友は売らぬ。オークの誇りを侮辱するなよ魔族風情が」


「ふん、国と友を天秤かけ、国を捨てるか。所詮は豚だな、愚かしい」


バルディーニの持つサーベルの切っ先が一瞬揺らぐ。

次の瞬間、オークカイザーさんの左腕の肩から先が消し飛んだ。

血の噴き出る傷口を気にする事なく、オークカイザーさんはギロリとバルディーニを睨みつけている。


「これで、満足か。バルディーニ公」


「概ねは。さて、外患誘致の件は自治権の剥奪、領地の没収、片腕一本で帳消しとする。で、あるならばこの地を魔王様へお引渡しするまでの間、暫定的に吾輩がこの地を代行管理する事になる」


サーベルを鞘に納め、そう言いながらバルディーニが口ひげをいじる。

嫌な予感がする。


『ヒイロ、これ以上はここに居ても良い事ないもん。オークカイザーに恩を感じてるなら、今すぐに移動――』


俺はマレッサの言葉を全て聞く前に走り出していた。

ダメだ。

オークカイザーさんの厚意を無駄にする事になると分かっていても、それだけはダメだ。

何かが出来る訳じゃない、無駄だし徒労に終わる、下手すれば死ぬ。

それでも、友と言ってくれた人を見捨てるなんて事は俺には出来ない。


『ヒイロ、やめるもん!! 死ぬだけもんよ!! あーもー、お前が死んだらあの筋肉お化けがなにするかわからないもん!! 待つもーーーん!!』


全力でオークカイザーさんの元へ走る。

マレッサの遠見と遠耳の魔法の効果はまだ続いているようだが、その様子を見ている暇はない。

オークカイザーさんとバルディーニの会話だけが耳に入ってくる。


「吾輩の領地にこのような豚の森など不要。焼き払え」


「貴様ッ!! この森は古来よりオーク族が守り育んできたもの、魔王国にも少なからぬ恩恵を与えてきたッ!! その森を燃やすなど愚かにもほどがあるぞバルディーニッ!!」


「豚の育てた森も豚の育てた作物もおぞましい。何より、豚風情が吾輩の名をその口から吐くな、虫唾が走るわ」


「おのれぇッ!!」


まだ遠くに小さく見えるオークカイザーさんが地面に刺していた巨剣を掴み、バルディーニに向かって走りだした。

一気に距離を詰め、巨剣をバルディーニ目がけて振り降ろす。


「冒険者ギルド換算でSランク、魔王軍ですら戦闘を避けるだと? たかだか魔物一匹、魔王様の恩情で生かされていただけのこと」


バルディーニの酷く冷たい声と共に膨大な熱量を伴った炎の壁が巨剣を防ぎ、あっと言う間に巨剣の剣先を溶かしてしまった。


「ぬぅッ!?」


「獄炎、吾輩の二つ名を忘れたか豚の皇帝よ。魔力の通わぬ鉄くずなど、水飴も同じ。魔王国元帥に剣を振るったのだ。覚悟はできているのだろうな」


炎の壁がバルディーニの指先に集束していく。

激しく燃え滾る炎が膨れ上がり、巨大な火球を作り出す。

ちらりとバルディーニが走っている俺の方を見たのがわかった。


「豚も豚ならその友とやらも愚かとは、類は友を呼ぶとはまさにこの事。よろしい、これは吾輩のせめてもの慈悲である、吾輩の獄炎で死ぬことを誉とせよ」


「ッ!? やめろ、やめてくれバルディーニ!! ヒイロは関係ないッ!! 見逃すと言っていたではないかッ!!」


「豚との約束など覚えてはおらん。しかし、その声、その顔、実に気分がいい。更にその顔を歪ませて吾輩を喜ばせるがいい」


そう言って、バルディーニは指先を俺に向けて「バーン」と銃を撃つような真似をした。

まだ数百メートルは離れているはずだが、熱が圧となって俺に襲いかかる。

まるで、すぐそこに太陽があるかのような熱量、皮膚や髪が焼けていくのが分かった。

とんでもないスピードの火球、今から避けるなんて不可能だ。


『この熱、今のわっちじゃあ防ぎきれないもん!』


「……マレッサ、ごめんな。お前だけでも逃げてくれ。自己満足の為に馬鹿やって、無意味に死ぬなんてな、でも後悔だけはしたくなかったんだ、本当にごめん」


ごめんマレッサ、ごめんデイジー叔父さん。


『――ッ!!』


マレッサが何か叫んでいるようだったけど、迫りくる火球の熱と圧の衝撃でなんと言っているかはわからなかった。

もう駄目だと目を閉じて死を待つ。


「緋色ちゃん、見つけたわよぉん」


耳に入ってきたのはよく知った声だった。

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