74・自業自得、もしくは因果応報って話
セルバの開けた穴に勢いよく飛び込んだ俺だが、若干後悔している。
いや、神様が開けた穴だから、飛び込んだらすぐにその場に着くものと思っていたのだが、普通に落下してるんですけど、垂直に。
怖い怖い怖い、二、三秒ぐらい落下してるけど、恐怖で既に思考回路がスパーク寸前だよ。
「マレッサ!! マレッサ!! ちょ、ごめん助けて!! このままだとたぶん穴から出た途端、足とかいろんな所がグキィってなっちゃうグキィって!!」
『はぁ、さっきまではちょっとカッコよかったもんのに。まぁ、勢い先行のヒイロらしいと言えばらしいもんね』
マレッサはため息交じりに俺の手を掴んで、落下のスピードをやわらげてくれた。
あぁ、助かった、マレッサには感謝しかない。
「いつも助けてもらってばかりだな、本当にありがとうマレッサ」
『うひょひょ、迂闊に褒めるなもんヒイロ、すぐに神力上がるもん。それと、気にする事じゃあないもんよ。わっちも色々助けられてるもんから』
はて、俺がマレッサを助けた事なんてあっただろうか?
まぁマレッサが言うのだから、何か助けになる事をしたのだろう。
そんな事を思っていたら、足元が明るくなってきたのに気付いた。
そろそろ、目的地のようだ。
暗い穴から出たあと、眩しさに思わず目をしかめてしまう。
『ようやくきたネ。直通にしてたのに迷子にでもなったのかと思ったネ』
『無茶言うなもん。数十メートル以上の垂直落下とか人間のヒイロには命に関わるもんよ』
『マレッサが一緒だったから問題なかったはずネ。いちゃいちゃでもしてたネ?』
『お前と一緒にするなもん。で、プナナの容態はどんな感じもん?』
『御覧の通りネ』
マレッサとセルバが会話をしている内にだんだんと明るさに目が慣れてきた。
目を開くと、ベッドに横になり、荒い息をしているプナナの姿が目に入った。
神官、巫女が手当てを行い、セルバは魔法をつかっているようだが、プナナの体はあちこちが黒く変色しており、一部肉が腐り骨まで見えている。
原初の呪いはデイジー叔父さんですら肌荒れにする強力な呪いで神すら殺す呪いだ、普通の人間なら触れただけで死んでしまう。
プナナが原初の呪いに触れて死んでいないのは喜ばしい事だが、なぜプナナは死なずにすんだのだろうか。
『なるなどもん、プナナの呪いはセルバが肩代わりしたもんね。だから、あそこまで浸食が酷かったもんか。地上種一人に随分肩入れしたものもんね』
「どういう事だマレッサ? セルバがプナナの呪いを肩代わりしたって、プナナはまだ体のあちこちが黒いから原初の呪いがまだ残ってるんじゃないのか?」
マレッサはプナナの体に手を当て、何か魔法を使った。
緑の淡い光りがプナナの体を包んでいく。
『プナナの体の中にはもう原初の呪い自体はないもん。プナナが原初の呪いで完全に死ぬ前に全部セルバが自分の身体に移してるもん。まぁ、そのせいで神核を八割も持っていかれたんだろうもんけど。無茶をしたものもん。今のプナナは原初の呪いに触れて浸食された部分から死が広がってるもんけど、セルバの再生の加護と死が綱引きしてる状態もん』
プナナが原初の呪いに触れて完全に死ぬ前にセルバが呪いを全部引き受けたけど、原初の呪いの影響がまだ残ってる感じか。
『まぁ、セルバの再生の加護に加えてわっちの回復魔法を上乗せすれば、原初の呪いが残した死の残滓はほぼ抑え込めるもん。そして、その死の残滓を抑え込んでいる内に、ヒイロこっちに来るもん』
「お、おう。なんだ? あぁ、そうかナルカの出番だな」
さっきのセルバ同様にナルカに原初の呪いがもたらす死を吸収してもらおうって事だろう。
俺の言葉にマレッサが頷いたのを確認してから、プナナの元に移動してナルカをプナナの側にそっとおろす。
卵から手の生えた状態のナルカが小さな黒い手でプナナの体に触れると、プナナの体から黒いモヤが出てきた。
『ヒイロ、それ吸うなもん。薄くても死の残滓、ヒイロなら死ぬ事はないもんけど、身体にいい物じゃないもん』
「わ、わかった」
片手で口を押えつつ、プナナとナルカの様子を見る。
黒いモヤはゆっくりとナルカに吸い込まれていき、数秒と経たずに全て吸い込まれてしまった。
ナルカはおなかをさするような動作をした後、俺の元に戻ってきた。
「これでプナナは助かるのか?」
『死の残滓がなくなったもんから、回復魔法の効きが段違いに上がるもん。まして、神体顕現してるわっちの回復魔法もんよ』
マレッサそう言うと、プナナを包んでいる光が一層激しくなり、その光りが収まるとプナナの体は怪我一つない状態になっていた。
『ざっとこんなものもんよ』
ふふんとドヤ顔をするマレッサ。
回復したプナナは目をぱちくりさせて、体を起こして自分の身体を眺めていた。
「プナナ、どうなってたでしゅか? すごく怖かったのは覚えてるでしゅけど――わっぷ!?」
『いやぁ、プナナが助かって良かったネ。マレッサ、感謝するネ』
セルバがその豊満な体をプナナを押し付け、思い切り抱きしめる。
窒息しかねないから、ほどほどにしてあげてほしい。
「ぷはッ!? この声、木の精霊さんでしゅか!? なんでここに、ってここどこでしゅ!? プナナのおうちじゃないでしゅ!?」
プナナは必至に豊満な胸から顔を出して、混乱しながらもセルバを木の精霊と言った。
これだけ元気なら、たぶんもう大丈夫だろう。
ようやく俺は心からホッとする事が出来た。
『あぁ、ワタシが木の精霊だよプナナ。ちょっと原初の呪いが逆流してきて大変な事になっていただけネ。もう大丈夫だから安心して今は寝てるといいネ』
「どういう……事で……」
セルバが指先をプナナの鼻辺りに近づけたと思ったら、プナナが急に眠ってしまった。
何か魔法でも使ったのだろうか。
『ワタシがあげた神核が原因の大元とは言え、自分の作ったアクセサリーから原初の呪いが逆流してきたと知ったら、ショックを受けるだろうからネ。悪いけどこの事実は内に秘めていてほしいネ』
確かに自分が作ったアクセサリーにはめ込んでいたセルバの神核から原初の呪いは逆流してきてセルバを蝕んだのだから、それを知ればプナナは心を痛めるはずだ。
まだ小さいプナナにそれは酷な事だ。
それに、原初の呪いに蝕まれたセルバ本人がこう言っているのだから、俺たちがどうのこうのと言う必要はないだろう。
「わかった、プナナには何も言わないよ」
『そう言ってくれると助かるね。ワタシの子たち、プナナをくれぐれも頼んだね。ワタシはワタシの尻ぬぐいをしないとネ』
セルバは眠ったプナナを神官や巫女に任せ、部屋の扉に向かった。
外に行くつもりなのだろう、となるとまだセルバの大樹で暴れている原初の呪いが生み出した黒い木の人形を一層するつもりかもしれない。
「尻ぬぐいって、セルバが悪い訳じゃないだろう? 確かにあの写真を破壊して原初の呪いを解き放ったのはセルバだけれど、あれは結果としてそうなっただけで――」
『あーヒイロ、そこは関係ないネ。ワタシが尻ぬぐいするのは別の理由ネ』
「別の?」
どういう事だ?
原初の呪いを写真から解き放った事以外にセルバが尻ぬぐいとまで言う理由、俺には分からなかったが、マレッサは何か心辺りがあるようだった。
『あ、セルバお前、あの人間の死体まさか』
『ハグワルもまたワタシの子ネ。ワタシの神和を騙してその手作りの飾りを奪ったも同然のやから、許せる訳がなかろう……。まぁその結果がコレなんだけどネ』
セルバはテヘっと舌を出して笑っていた。
いや、笑いごとじゃないだろうに。
つくづく神様ってやつは人とかけ離れた存在なのだなと思い知らされた。