72・まだピンチではあるけれどって話
『まぁ、こんな所もんね。分割した神核との接続はやっぱり切れないみたいもんね』
『そうネ、接続経路をあっちに抑えられてるネ。ただ、今はこっちに呪いの力を割く余裕はあちらさんにはないみたいネ』
『デイジー相手に出し惜しみ出来る相手なんていないもんからねぇ』
そんな会話をしながら、黒い部分がほぼなくなったセルバからマレッサがゆっくりと手を引き抜く。
ただ、セルバの代わりにマレッサの腕は真っ黒に染まっており、マレッサの額には玉の汗が浮かんでいる。
少し苦しそうな表情に見えて、ひどく心配になる。
「マレッサ、本当に大丈夫なのか!? 無理してないか!?」
『大丈夫もんよ。それに順番がちょっと変わったもんけど、次はヒイロの力の出番もん。正しく言えば、ヒイロが大事にしまってるナルカの出番もん』
「ナルカの? でもナルカはまだ卵の状態だぞ?」
マレッサに言われ、布袋に入れていた卵状態のナルカを懐から取り出す。
布袋から取り出したナルカは気のせいか少し大きく、そして熱くなっている気がした。
そう言えば、パルカの睡眠魔法の余波を食らった時にナルカの声を聞いた気がする。
もしかしたら、元は同じである原初の呪いが近くにあった事で活性化でもしていたんだろうか。
「ナルカ、なんかちょっと大きくなってる気がするし、なんか熱い気もする」
『まぁ、原初の呪いなんていうとびきりの死が近くにあったもんからね。元は同一で、今は死の精霊である以上、影響を受けない訳がないもん。ヒイロ、ナルカをわっちの方に』
俺は掌にナルカを乗せて、マレッサに差し出した。
マレッサが黒く染まった腕をナルカに近づけて、指先でナルカに触れると、卵状態のナルカから二本の小さな黒い手が出てきて、マレッサの指先を握りしめた。
途端に黒いオーラの様な物がマレッサの腕からナルカへと吸い込まれ始め、マレッサの黒く染まった腕がだんだん元に戻っていく。
『本当はまずヒイロを介してナルカとセルバを接触させて、原初の呪いのもたらす死をナルカに吸収してもらって原初の呪いが薄まった所でヒイロの信仰バフでわっちの神力を底上げしてからセルバの弱った部分を補填するつもりだったもん。この方法はそれなりに時間がかかったはずもんから結果オーライってやつもんね。まさかわっちまでパルカ同様に神体顕現できるとは思わなかったもんから』
「俺を介してって、俺の中を通してナルカに原初の呪いを吸収してもらうつもりだったのか? それ、俺大丈夫な方法か?」
『自我の芽生えた原初の呪い、ナルカの一部をヒイロはその内に留めてるもん。パルカの加護もあるし、たぶん、恐らく死ぬって事はなかったはずもん、きっと』
マレッサのこの言葉、実は俺めちゃくちゃ危なかったんじゃあ……。
「ところで、今のナルカはその、原初の呪いを吸収しても大丈夫なのか? 俺を介していないみたいだけど」
『そこは問題無いもん、神体顕現したわっちの体を通す事でヒイロ程ではないにしても原初の呪いを弱める事が出来てるもん。死の精霊の卵であるナルカは弱めた原初の呪いを糧として吸収してもんから、もっと吸収すれば早く孵化するかもしれないもんね。ただ、そのままの原初の呪いはさすがに濃すぎて吸収しても、悪影響しかでないと思うもん』
しばらくすると、マレッサの腕はすっかり元通りになっていた。
そして、卵状態だったナルカなのだが、なんか小さいが黒い手が生えたままになっている。
卵から直接生えているので、微妙にちょっと前のマレッサの姿を思い出す。
孵化と言っていたから、パカっと割れて中から出てくると思っていたのだが……。
小さな黒い手の生えたナルカと指先でたわむれながら、その事をマレッサに尋ねてみると。
『まぁ、精霊もんから、動物の卵とはちょっと違うもん。パルカが言ってた孵化っていうのも、まぁ見た目が卵だからそう言ったんだと思うもんよ。本来の精霊は自然の気が高まった際に色んな条件が揃った時に生まれる場合と、大精霊が自らの分身を生み出す場合なんかがあるもん、こっちの方は神の分神体に近い生まれ方もんね。ナルカの場合はちょっと色々複雑もんけど』
との事だった。
まぁ精霊だし、卵が割れて生まれるって言うのは言われてみれば確かになんか違うな、と一人納得した。
ふと、セルバが口をあんぐりと開けて、驚いている様な表情をしているのに気付く。
「セルバ様、どうかしました?」
『いや、死の精霊の卵なんて、よほどの大災害とか世界規模の戦争でもないと見れるものじゃあないからネ。しかも孵化寸前とまで来てる、ちょっとビックリしたネ』
『元は原初の呪いから生まれた明確な自我を持った存在だったもん、だから出自は普通の精霊とはだいぶ異なるもん。デイジーとパルカとヒイロが色々と頑張って属性が近い死の精霊になかば無理矢理転生させたもん。ナルカって名前もんよ。パルカが自分の妹で娘とか言うくらいもん、将来は大精霊も夢じゃないもんね』
『はぁ、だいぶん無茶してるネ。自我を持った呪いというのは存在しない訳じゃあないけれど、それを精霊に昇華するとか、どれだけ神力を使ったのやらネ』
そう言ってセルバは立ち上がり、床の木の枝を動かして穴を作り出した。
『今はワタシ自身から原初の呪いの影響がほとんどなくなったとは言え、ワタシに残された神核は元の二割程度、残りの八割は浸食されたままで依然として原初の呪いが主導権を握ってるネ。更に、ワタシ自身と原初の呪いはプナナのアクセサリーを通してまだ繋がったままネ。でもデイジーの奮闘で原初の呪いはこっちを気にしてられない。その内にワタシはプナナを助けてくるネ。もちろん手伝ってくれるネ?』
俺たちの返事を待たず、セルバは床の穴へ入っていった。
この穴の先にプナナがいるのだろう、俺に出来る事があるのなら、答えは一つだ。
穴に飛び込む俺を見て、マレッサは困った様な笑顔を浮かべていた。
『まったく、お人好しもんねぇ』