70・神としての威厳って話
セルバの大樹の都市区画より更に上に位置する場所、幹に埋め込まれる様な形で存在する木造の神殿の入り口に辿りつく。
そこには慌ただしく動き回る木人とでもいうべき存在たちがいた。
彼らはセルバの一部を取り込み、適応した事で体が木になったというセルバの神官たちだろう。
『セルバを助けに来たもん!! セルバの所まで案内するもん!!』
マレッサの声に気付いたセルバの神官はうやうやしく膝をついて、マレッサに頭を下げた。
「草の神、マレッサ。感謝、すぐに、案内する。こちらに」
「人の子は、ここで、待つ。セルバ様、寝所、死、溢れてる」
『問題ないもん、ヒイロにはパルカの加護がついてるもん』
「死の神の加護、人の子、失礼した。共にこちらに」
俺とマレッサをセルバの元に案内するというセルバの神官の後を追って、神殿の奥へと向かう。
奥に行くにつれて、むわっと湿度が高くなっていくのが分かる。
途中、虫が大量に死んでいたり、通路の壁から生えている葉っぱが枯れていたりと、原初の呪いの影響と思われる光景が目に入る。
思わず俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
今の所俺には何の影響もないし、視線も感じない。
パルカの加護がなかったら、どうなっていたのかと思うとゾッとする。
そして、細い木の枝が折り重なり、中に入れないようにしている扉の前に到着した。
此処こそがセルバブラッソの守護神にしてセルバブラッソそのものと言ってもいい神、セルバ本体が鎮座する本殿なのだという。
「この先、セルバ様、いる。私たち、これ以上、近づけない、草の神、マレッサ、セルバ様を、お願いする」
『任せておくもん、あとプナナって獣人の子供はどうしてるもん? 多分セルバの指示が出てるはずもんけど』
「プナナ、当代の神和。でも、本人、知らない。プナナ、黒い泥、最初、触れた。セルバ様、肩代わり、なんとか、生きてる。今、治療、継続」
『セルバを何とかしたら、そっちもどうにかするもん。あとは任せておくもん』
セルバの神官はマレッサの言葉に深く頭を下げて、来た道を帰っていった。
マレッサは扉を塞いでいる枝に触れて、緑色の光を放ちだした。
すると、扉を塞いでいた枝が動き出して、ガチャリと鍵の開く音が響く。
扉を開けると、その先には更に奥へと続く通路が続いていた。
扉をくぐり、俺は先を行くマレッサの後ろについて歩く。
「なぁ、マレッサ。プナナってセルバにとってどういう存在なんだ? あの人は当代のかむなぎって言ってたけど」
『さっきの神官の言葉通りもん。なんとなく、そうかもとは思ってたもんけどね。プナナはセルバの神和、セルバの心を和ませる存在もん。いずれはセルバのつがいとして、次代の巫女の親になる存在でもあるもんね』
「つまりなんだ? セルバのお気に入りって事でいいのか?」
『情緒というか風情がない言い方もんねぇ。まぁ、そう言う認識でいいもん。それと、ちゃんとした役目もあるもん。セルバは実体をもって地上に存在してる神の中でも例外中の例外な存在もん。だからこそ、神域に本体がいるわっちやパルカなんかの他の神と違って、消耗や穢れも桁違いもん、それを慰撫し浄化するのが神和の役目もん。もし、セルバが助かってもプナナが死ねば、セルバの心がヤバくなるもん。数十年か数百年はセルバブラッソの国全体が暗鬱とした感じになるかもしれないもんね』
「プナナって重要な存在なんだな。でも、プナナ自身はその事を知らないんだろ、何でだ?」
マレッサは腕を組んでうーむと唸る。
体全体を斜めにして、考え込んでいるようだ。
何か、言いにくい質問をしてしまったのだろうか。
『正直、わからないもん。本来なら神和は神にとっても大切な存在もん。保護もせず放置してるなんてありえないもんけど』
『放置してた訳じゃあないんだけどネ』
不意にセルバの声が聞こえた。
周りが明るくなり、今いる場所が少し開けたドーム状の部屋だと気づく。
その奥の祭壇の様な場所に半分黒く染まった人影が座っている。
よく見るとそれはセルバの神官と同じく、体が木で出来ている女性だった。
切羽詰まった状況なのは理解しているが、つい豊満なある部分に目が行ってしまう。
なんというか、もの凄くスタイルがいい。
そんな所に目が行ってしまった自分が情けなくなってしまう。
『はぁい、マレッサ、そして初めましてヒイロ。ワタシが本物のセルバ、ネ。さっきは巫女の件で迷惑かけたネ』
「いえ、迷惑だなんてそんな」
『お詫びと言ってはなんだけど、おっぱいでも揉む? 体は木でも柔らかいネ』
「この状況で何言ってんだアンタッ!? なんでいきなりそんな話になるんだ!?」
『いや、だってジーっと見てたからネ、そんなに気になるなら一揉み、二揉み減るもんでもないし、いいかなーってネ』
「いやいやいやいや、そういう問題じゃないでしょ!? 原初の呪いでアンタもみんなもヤバイのに何考えてんだよ!!」
『キャハハ、軽いゴッデスジョークってやつネ。緊張はほぐれた?』
「なんだよゴッデスジョークって!? まぁ、実体を持った神様に会うって事で緊張はしてたけども!!」
ケラケラと笑うセルバ、なんだ意外と大丈夫そうじゃないか。
俺はほんの少し安堵した。
マレッサはそんな俺とセルバの様子を見て大きなため息をついていた。
『はぁ、セルバ。ヒイロの前だからって無理しなくていいもんよ』
『キャハ、人間の前だからネ、神様としての威厳ってヤツは多少守らないと』
『ウブなヒイロをいじるのが神様の威厳もんか? まぁいいもん。手短に状況を教えてほしいもん。パルカもいつまで持つかはわからないもんからね』
『分かってるネ。原初の呪いに大半の神核を浸食されて、権能の八割が奪われたネ。まさか、プナナにあげた神核の一部からここまで逆流されるとはネ。大失態もいい所ネ』
セルバは軽く肩をすくめて、自嘲気味に笑った。
そこでマレッサはあぁと何か合点がいったような声を出した。
『なるほどもん、切り離してプナナにあげた神核と本体との繋がりをなんで残してたかと思ったら、そうする事でプナナの様子を見てたもんね? 守る為に』
『その通りネ。あの子はワタシの神和、とーっても大切で大好きなワタシの子ネ。その一挙手一投足全てが愛おしい。出来るならすぐにでも神殿仕えにしたい所だったネ。でも、ワタシは頑張って生きているあの子の姿こそに癒されるし、浄化されるネ。手元に置いてワタシの神和としての役目で一生縛るというのはなんとも気が咎めるネ』
『だから、木の精霊なんて名乗って接触してたもんね。自分の神核を精霊石だなんて偽って渡すとか、とんだ神様もん』
『いやぁ、喜んでるあの子の顔が溜まらな――ゲフン、可愛らしかったからネ。それに、あの子は細工師としての才能が凄いかったから、ワタシの神核をどういった物にするのかって興味もあったネ。それに、いつかワタシのつがいになった時にはその可愛らしい顔を快楽と悦楽で歪ませるのが今から楽しみで――ゲフン、今の無しネ』
「おい、この神様、プナナに良からぬ感情持ち過ぎじゃあないか!?」
セルバのプナナを思う気持ちはよく分かるのだが、なんかちょっと歪んでないか?
俺はプナナの将来が心配になってしまった。