69・緋色の信仰の力って話
デイジー叔父さんと黒い土の巨人との殴り合い、結果は圧倒的だった。
黒い土の巨人の振り下ろした拳は、デイジー叔父さんの一撃によって拳から肩にかけて消し飛ばされ、そのあまりの威力に遥か上空の雲に大きな拳型の穴を開けてしまった。
ビル一棟にも等しい質量をただの一撃で消失させ、上空の雲にすらその拳を刻んだその威力は人の領域を軽々と超えていた。
セヴェリーノと戦っていた時よりも更に一段階以上、強くなっている気がする。
いや、むしろこれがデイジー叔父さんの本気なのかもしれない。
『その調子でドンドンやっちまえーもん!! もうこの程度で驚いてられないもん!! そいつに取り込まれたセルバの神核を全て破壊すれば、たぶんその巨体を保てずに自壊するはずもん!! バフも
盛り盛り増し増しでかけとくもん!!』
なかば自棄になっているマレッサはデイジー叔父さんに何らかのバフ魔法をいくつかかけて、俺とパルカの元にやってきた。
『わっち達はセルバの大樹に移動するもん!! セルバがプナナに渡していた神核の欠片を通して、セルバ本体に原初の呪いが逆流したもん!! このままだと完全にセルバが原初の呪いに浸食されてセルバ自身が死を振りまく呪いに成り果ててしまうもん!!』
言うが早いか、マレッサとパルカと俺はセルバの大樹へと移動を始めた。
どんどん近くなっていくセルバの大樹からはあちこちから黒い煙が上がっている、あれは火事の煙じゃあない。
デイジー叔父さんの腕をそうしたように、原初の呪いがセルバの大樹自体を死なせようとしているのだ。
一刻も早くなんとかしなくては。
『原初の呪いが振りまく死は私様嫌いなのよね。品がないって言うか、野蛮っていうか。正直、他国がどうなろうが知った事ではないのだけれど、ここまでこれ見よがしに品性の無い死をばらまかれると、腹が立ってしょうがないわ』
かなりご立腹な様子でパルカはもくもくとあがる黒い煙を睨みつけていた。
あの場に居た中で、あの黒い土の巨人の相手はデイジー叔父さん以外には出来ない。
ただ、任せきりになってしまった罪悪感から、俺は振り返ってデイジー叔父さんと黒い土の巨人の様子を見た。
デイジー叔父さんによって吹き飛ばされていた黒い土の巨人の腕は既に再生され、四本に増えていた。
爆発にも似た爆音を轟かせながら繰り返される凄まじい攻防の中で破壊と再生を繰り返しながら、黒い土の巨人はその形を歪に変化させてデイジー叔父さんの力に対抗していく。
あのままではいずれ、デイジー叔父さんを越える姿に変貌を遂げる可能性もある。
セルバを助けなければ、セルバブラッソ全てが原初の呪いに飲まれてしまう、そうなったらもはやデイジー叔父さんでも対処は無理なのではないだろうか。
だとしたら、それは世界の終わりにも等しいのではないだろうか。
俺は背筋がぞくりとしたのを感じ、改めて前を向いてギュッと拳を握りしめた。
セルバの大樹に存在する都市の様子が見えるくらいまで近寄った所で、黒い人影の大群と戦っているセルバの神官たちとカマッセパピー、チューニーの姿が見えた。
その後ろには多くの住民の姿が見える。
「あの黒い人影、さっき見た黒い土の人形に似てる。原初の呪いに浸食されて黒くなった木の一部が人の形になってるのか?」
『神官が戦ってるって事は、本殿もヤバそうもんね。セルバ本人は神核の大半を切り離した影響で、まともに動けないはずもんからね』
マレッサは本殿に向かって移動を始めた。
「マレッサ、助けないのか!?」
『セルバが先もん、わっちの本体とセルバの間にパスを繋いで神力を分けないと、セルバが原初の呪いに取り込まれて何もかもが終わるもん!! わっちだって――』
マレッサも見捨てたくて見捨てる訳じゃあないのだ。
今の差し迫った状況で、俺たちに出来る事はそう多くない。
歯噛みする俺を見て、パルカがため息をついた。
『人間、私様を褒め称えなさい、本気でね。なんとかしてあげるから、早くなさいな』
突然何を言い出すのかと思わなくもないが、パルカにはきっと何か考えがあるのだろう。
迷う時間が惜しい、俺は頷いて口を開いた。
「パルカはいつもツンツンしてるけど本当は俺の心配とかしてくれる優しく素晴らしい女神だ!! そんなところは本当に尊敬するし可愛らしいぞ!! 着ている服もセンス抜群で似合ってる、女神の中でその服をそこまで着こなせるオシャレさんはパルカしかいない!! 抱き心地もフワフワのモフモフで最高級の羽毛以上だ!! パルカに包まれて眠る事が出来たなら快眠必須、寝起きもきっとバッチリだ!! 吸い込まれる様な漆黒のつぶらな瞳は黒真珠よりも美しい、しかも三つもあってお得感満載だ!! ただ、額の第三の眼は微妙に目の色が違ってて、見る角度によって色が変化するが、その蠱惑的な瞳には誰しもが魅了されしまう事間違いなし!! あと、その、あ、分神体だから体とか洗う必要ないのに水浴びとか好きで香水も隠れて使っててふわりと香る匂いは素敵だぞ、なんか変態みたいな事言ってるな俺、ともかくパルカはチョーカワイイしとっても凄い、あと、そうだな、うん、何かと俺を助けてくれてありがとう、心から感謝してる。今も守護する国でもないのになんとかしてくれようとしてくれてありがとう。俺はそんなパルカが大好きだぞ!!」
一気にまくし立てて、変な事も言った気がするがまぁいいか。
思いつく限り全力で褒めちぎってみたが、どうだろうか。
この褒め言葉が少しでもパルカの信仰になって、力になってくれればいいのだが。
『んほぉおおおおおおおおおッッ!! あびゃああああああああッッ!?』
『やべぇもん、信仰がオーバーフローしてパルカの分神体がめっちゃヤベェ事になってるもん!! 本体とのパスが繋がってないのにヒイロの信仰だけで神体顕現する神力が賄えるとかありえないもんよ!?』
とんでもない叫び声をあげたパルカが突如として光り出して、眩い閃光を放つ。
余りの眩しさから目を閉じた俺の耳に落ち着いたパルカの声が聞こえた。
『人間、アンタの信仰が私様を満たしたわ。これはアンタが起こした奇跡よ、これから私様が成す事は全てアンタのその心からの信仰の賜物としりなさい』
ゆっくりと目を開くと、そこにはあの時見た、デイジー叔父さんとセヴェリーノが戦った時にマレッサと協力して二人を封じ込めた際の、人の姿をしたパルカがいた。
ただ、あの時と違うのは背中からとても美しい闇色の羽が三対生えている事。
『マレッサ、人間、セルバの大樹に居る地上種は任せなさい。もちろん神としての領分は越え過ぎないようにするから安心なさい。早くセルバを助けてきなさい』
『パルカ、頼んだもん!! ヒイロ行くもん、たぶんヒイロのそのよくわかんない信仰の力が必要になるもん!!』
「あぁ、マレッサ頼む!! パルカ、無理はしないでくれよ!! 死んだりしたら嫌だぞ俺は!!」
俺の言葉にパルカはクスクスと妖艶な笑みを浮かべて笑う。
その美しさに思わずドキリとしてしまう。
『面白い冗談ね人間。死の神がその神体を地上に顕現させたのよ? 心配しなくていいわ、またね人間』
「あぁ!! また会おうパルカ!!」
ひらひらと手を振るパルカを置いて、俺とマレッサはセルバの大樹の幹に埋め込まれるように建っている木造の神殿に急いだ。