68・まだ終わっていないって話
パルカの叫び声はマレッサの耳に届いていたようで、ひどく慌てた様子でデイジー叔父さんに向かって叫んでいた。
『デイジー!! あの死体の周囲を吹っ飛ばすもん!! 原初の呪いの狙いはセルバの神核もん!!』
セルバの神核、初耳の単語ではあるがセルバにとって大事な何かだと言う事はマレッサの焦り具合から伝わってきた。
そのマレッサの焦りがデイジー叔父さんにも伝わったようで、マレッサに返事すらせずデイジー叔父さんは十数メートル先の死体に向かって、咄嗟に魔力を込めた拳を振るった。
届くはずのない距離、だが、拳に込められていた魔力が大砲の如き轟音と共に放たれ、原初の呪いがアクセサリーの入った袋に届く数瞬先に、死体と袋ごと地面を爆発にも似た爆音を響かせて吹き飛ばし、数メートルもの大きさのクレーターを作り出す。
そのあまりの威力に死体の周辺にあった岩や大木すらも粉砕され宙を舞っている。
『原初の呪いも吹っ飛んだもんけど、セルバの神核を取り込まれるよりはマシ――』
そこまで言ったマレッサがビクリと体を震わせた。
マレッサの視線の先に空中から落下してくるへし折れた大木の影にしがみ付いている死体の上半身があった。
死体が木にしがみつくなどあり得ない。
つまり、あの死体は原初の呪いに取り込まれ、操られていると見るべき存在だ。
『不意を突いたつもりもんか!? 舐めるなもん!!』
死体の上半身を封じ込める為にマレッサは素早く蔦を数本伸ばす。
瞬く間に大木ごと死体の上半身を縛り上げ拘束する。
『デイジー、一気に超圧縮するもん!! これで終わりもん!!』
「わかったわぁん、肌荒れも治ってきたし、完璧に決めるわよぉん!!」
デイジー叔父さんのラブリーギュッギュッによって、周囲の空間が宙に舞う土や岩ごと一点に集中して超圧縮されていく、原初の呪いが取り込んだ死体を中心に。
そんな中、俺は見つけてしまった。
超圧縮されていく空間の中にあの布袋があるのを。
「ダメだデイジー叔父さん!! 圧縮される空間の中に布袋がある!!」
「ッ!?」
だが、一瞬遅かった。
俺が叫んだ次の瞬間には土や木、蔦はビー玉程度のサイズに超圧縮され、その玉の中にはあの布袋が含まれていた。
『セルバッ!! しくじったもん!! お前があの獣人に渡した神核との接続を今すぐ切るもん!! 分割した神核同士の繋がりを原初の呪いに逆流されるもん!!』
その時、パキンッと先程デイジー叔父さんが超圧縮したビー玉から何かが割れる音がして、それとほぼ同時にセルバの大樹がある方角から、大地を揺るがす程の凄まじい轟音が響いてきた。
衝撃波を伴う轟音がセルバブラッソの大地と木々を揺らす。
『あの馬鹿!! なんで分割した物と本体の神格の接続すら切ってなかったもんか!! 分割した方だけじゃなくて、本体の神核にも原初の呪いが逆流してるじゃないもんかッ!! ――ッ、いやわっちのミスもん、どうにか、どうにかしないと……』
「マレッサ、ど、どうなったんだ!? セルバは!? 原初の呪いは!?」
俺の問いにマレッサは握りしめた手を震わせるばかりで答えてはくれなかった。
俺の声が届いていないようだった。
その時、デイジー叔父さんがマレッサの前まで行き、バチンと平手打ちをした。
『ぶべぇらああッ!!』
「あ、ごめんなさぁい、マレッサちゃん。ちょっと強すぎたわぁん」
デイジー叔父さんの平手打ちの威力が若干強すぎたせいか、平手を受けたマレッサはきりもみ回転しながら地面に突き刺さる。
地面から出てきたマレッサはすぐさまデイジー叔父さんの元に向かって文句を言った。
『な、なにするもんいきなり!!』
「マレッサちゃん、落ち着きなさい。さっきのはマレッサちゃんだけのミスじゃあないわぁん、布袋がある事に気付いていなかったあたくしのミスでもあるのよぉん。一人で背負っちゃあ駄目。まだ、取り返しがつかない段階じゃあないはずよ。セルバちゃんが危険な状態なのは今の悲鳴で理解したわ、今あたくしは何をすればいい? セルバちゃんを救うためにセルバの大樹に向かう? それとも、今まさにラブリーギュッギュッしたあの玉から出て来ようとしている原初の呪いの相手をした方がいい? どうなのマレッサちゃん」
デイジー叔父さんの冷静な言葉にマレッサは頭をぶるぶると振って、自分の身体を自分の両手でパチンと叩いた。
『ごめんもん、取り乱したもん。デイジーはここであの小さい玉から出てくる原初の呪いの対処を頼むもん、恐らくデイジーを一番の障害と見て向かってくるはずもん。原初の呪い箱本体を封じ込めてるあの大玉を奪われたら、今度こそおしまいもん。セルバの神格を取り込んだ事で核を得た原初の呪いはセルバと同じく、この大地を我が物として扱ってくるはずもん。セルバブラッソそのものが襲ってくると思っていいもん、デイジーにしか対処できないもん』
「ええ、了解よぉん、本気で対処させてもらうわぁん。緋色ちゃんは任せたわよぉん」
『命に代えても守ると誓うもん』
黒い液体が溢れている超圧縮された玉を前にデイジー叔父さんは両手を大きく広げて、全身の筋肉を膨張させ、一回り体を肥大化させた。
魔力が迸り、ただそこにいるだけで空間が歪んで見える。
デイジー叔父さんの本気を前に俺は圧倒されてしまった。
何も出来ない俺はせめて、デイジー叔父さんに声援を送ろうと、グッと全身に力を入れて大声で叫んだ。
「デ、デイジー叔父さんッ!! 頑張ってッ、そんな奴に負けちゃあだめだよッ!!」
「んふ、応援ありがとう緋色ちゃん!! 安心なさぁい、貴方の叔父さんのすっごい所、見せてあげちゃうわぁん!!」
溢れ出た黒い液体は周囲の地面を浸食し、見える範囲全てが黒く染め上げられていく。
黒に染められた大地が突如として動き出し、一か所に集まって巨大な人型を形作る。
あっと言う間に数十メートルは有ろうかという黒い土の巨人が姿を現し、ビル程もあろうかという腕をゆっくりと振り上げていく。
「あらあらぁん、ずいぶんと大きくなったわねぇん。セルバちゃんから奪った力であたくしと戦うっていうのねぇん。あは、借り物の力で強くなった気になってる原初の呪いちゃん、いいわよぉん、撫でてあげるわぁん」
「ヴォォオオオオオオオオオッッ!!」
雄叫びを上げて、黒い土の巨人がデイジー叔父さん目がけて、その巨大な腕を振り下ろす。
デイジー叔父さんは不敵な笑みを浮かべて力強く大地を蹴って飛び上がり、迫りくるビルの如き大きさの巨拳に向けて、渾身の力を込めた拳で真っ向から勝負を挑んだ。