67・あともう少しって話
『まぁ、既に死んでる人間を呪いが取り込んだ所で何かが変わるとは思えないもん。見失う前に原初の呪いを封じ込めるもん』
マレッサは人間の死体に向かっている原初の呪いに蔦の魔法を放ち、地面ごと拘束しようとしたが、原初の呪いが移動した際に黒く染まった地面が人の形をとって起き上がり、蔦を防いでしまった。
蔦にぶつかった黒い土人形はすぐさまバラバラになったが、すぐさま新たな黒い土人形がわらわらと黒い地面から起き上がりだした。
一体一体大きさは違うが、だいたい普通の大人サイズばかりだ。
「な、なんだあの黒い土人形!?」
『そんな事も出来たもんか!? 小器用な呪いもんね!! 死の呪いに飲まれた者の姿を再現してるみたいもんね。憐れもんけど、今は気にしてられないもん!!』
マレッサは更に数十本の蔦を魔法で呼び寄せ、黒い土人形を粉砕して地中を進む原初の呪いに迫る。
『デイジー、地中の原初の呪いを地表に出すもん!! 周囲の地面ごとまた超圧縮するもん!!』
マレッサの声にデイジー叔父さんは困った様な声をあげた。
「マレッサちゃん、ごめんなさぁい。今はラブリーギュッギュッは無理なのよぉん、だってお肌が荒れてるんですもの!!」
『おバカ!! 肌荒れとか気にしてる場合じゃないもんよ!!』
「んもぉう、マレッサちゃんったらオカマ遣いが荒いわねぇん。いつでもいいわよぉん」
『いくもんよ!! 草魔法バンブーショット!!』
数十本もの蔦の先端が原初の呪いの進行を阻むように地面に突き刺さり壁を作る。
マレッサが地面に魔法陣を描くと、そこから突如としてタケノコが生えだした。
タケノコは白い煙を噴き出しながらロケットの如く飛んでいき、蔦の壁に阻まれて動きが止まった原初の呪いがいるであろう場所に突き刺さり爆発、蔦の壁もろとも地面を吹き飛ばした。
いや、草魔法で竹って……竹って草だっけ……? ま、まぁ今はどうでもいいか。
タケノコに爆撃され、地中からあぶり出された原初の呪い、黒い粘液が宙を舞う。
デイジー叔父さんは原初の呪いを確認した瞬間、その場へ一気に移動し、爆発で原初の呪いと共に飛び散っている地面や蔦ごと周囲の空間をラブリーギュッギュッによって超圧縮した。
「やだぁん、ちょっと取りこぼしたわぁん!! お肌が荒れてたせいでラブリーギュッギュッの圧にムラが出来ちゃってたみたぁい!!」
『なんで、お肌の荒れでそのいかれた技の精度が左右されるもんか!?』
ラブリーギュッギュッの超圧縮が肌荒れのせいで完璧ではなかったようで、ほんの少し超圧縮しそこなった箇所から黒い粘液の一部がにゅるりと外へと飛び出て、地面に落ちる。
浸食された地面からまた黒い土人形を大量に生み出していくが、瞬く間にデイジー叔父さんとマレッサの魔法によって、ことごとく粉砕されていく。
『しゃらくさいもん!! 呪いで浸食したばかりの土人形なんて物の数じゃあないもんよ!! なんで人間の死体に向かってたのかは分からないもんけど、もう終わりもん!!』
地表を這う原初の呪いに向かってマレッサが蔦を伸ばす。
その時、原初の呪いが複数に分裂した。
一つ一つはテニスボール程の大きさ、それが十以上。
半分近くを蔦で絡めとり、球状に封じ込めた後にデイジー叔父さんがギュッと超圧縮する。
『今更、分裂した程度じゃあ時間稼ぎにしかならないもん!!』
原初の呪いの行動に、この場から逃げようとする意志を感じる。
マレッサは自我に近いモノがあってもおかしくはないと言っていた。
原初の呪い箱本体はいまだにデイジー叔父さんがオリハルコン並みに固めた大玉の中、原初の呪いの一部が地面に逃げ出した後、蔦の空洞を利用されないよう再度硬めた上で今はパルカが大玉を魔法で空中に浮かせている状態だ。
人間の死体、俺には離れていてハッキリとは見えないが、まぁ見えなくて良かったと思うべきか、死体はかなり損傷しているようだった。
マレッサが言うように魔獣ハグワルに襲われたのだろう。
森に入ると命の保証はない、とエルフのレフレクシーボさんやアウストゥリさんが言っていたが、魔獣ハグワルがその理由の一つで間違いはない。
だが、なぜあの人はそんな危険な森の中に入ったのだろうか。
「あの人、何か森に入る理由があったって事なのかな」
『自分の命を危険にさらしてまで森に入る理由ねぇ、よほどの馬鹿か無知、もしくは森の植物を狙ったのかしらね、希少な植物が生えてる所もあるからねセルバブラッソは』
俺とパルカが話をしている間にも、デイジー叔父さんとマレッサは分裂した原初の呪いを一つ、また一つと封じ込めていく。
あの死体について考える必要なんてないのだが、やはり疑問が残る。
「命を危険にさらす程の価値があるのか、その希少な植物には?」
『さぁね? 私様はそこまで詳しくはないわ。人間って金の為に命を賭ける事もあるんでしょ ? 私様には理解できないけれど。どんな理由にせよ、あの死体は森に入った、その結果ハグワルに襲われて死んだ。それだけよ、過程を気にしてもしょうがないわ』
パルカの言う通りではある。
監視カメラとかがある訳じゃあないんだ、あの死体がどう動いてあそこで死んだのかなんて分かるはずがない。
とは言え、気になってしまうのは俺の癖なのか人間のさがってやつなのか、つい死体の方に目が向いてしまう。
「ん? なぁ、パルカ、あの死体のそばに何か袋が落ちてないか?」
俺は死体の近くの草むらに妙に膨らんだ布袋が落ちているのに気付いた。
角度的に空中でないと見えない位置だから、デイジー叔父さんやマレッサは恐らくあの布袋に気付いてはいないだろう。
希少な植物を採ってあの袋にでも詰めていたのだろうか。
『確かに袋が落ちてるみたいだけど、どうでもいい事を気にするのね人間。遠見で見てみたら?』
パルカが俺に遠見の魔法を使ってくれた。
布袋は一部破けており、中身が見えている状態だったのだが、俺はその中身に見覚えがあった。
「あれは、確かプナナって子が売ってたアクセサリーか? なんであんなところ?」
ああ、そう言えばプナナは何日か前にいちゃもんを付けられて安くしたアクセサリーを大量に買われたって言ってたっけ。
あの死体がその客だったのだろうか。
『はぁ!? あの袋の中にあの獣人の作ったアクセサリーが入ってるですって!?』
何故かパルカが酷く驚いた様子で遠見の魔法で死体の近くに落ちている布袋を確認しだした。
確かあのアクセサリーには木の精霊から貰った欠けた精霊石がはめ込まれているんだったか。
『ヤバい、ヤバい過ぎでしょ!! マレッサ、その死体の近くにあの獣人の子のアクセサリーが大量に入った袋が落ちてるわ!! 絶対に原初の呪いに触れさせないで!! 神核なんて取り込んだらどうなるか分からないわよ!!』
パルカが叫んだ時には小さな原初の呪いは、布袋まで一、ニメートルの所まで近づいていた。