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61・ほかの勇者はどうしてるのかって話5

「ここどこぉ……怖いよぉ……」


一人の少年が明かり一つない洞窟の中で泣いていた。

短い黒髪と少し細身の体、右目の下には二つ並んだ泣きボクロ、顔立ちは端正で中性的。

一見、少女の様にも見える少年の名は大祢氏羊太(おおねしようた)、まだ九歳の小学生である。

羊太は他の勇者たちと同じく、デイジーの魔力の暴走によってマレッサピエーから遠く離れた地、海に面した国クエバボーカに飛ばされていた。

クエバボーカは天然の洞窟が数多くある国であり、その洞窟には多様な魔物が住み着き人々を苦しめている。

少なくともCランク以上の冒険者チームでなければ探索する事すら困難な洞窟が多い中、羊太はその中でも際立って危険な洞窟、ドラゴンネストと恐れられる洞窟の最奥で目を覚ました。

周囲は暗く何も見えない。

恐怖と心細さから、羊太はくりくりとした大きな目から大粒の涙をこぼす。

何故か全身がずぶ濡れで、洞窟内の寒さに思わず身震いしてしまう。


「なんだかカビ臭いし、寒いし、足元がごつごつしてて痛い……」


時折、風の音が何か獣の唸り声に聞こえ、羊太はその度にビクリと体を震わせた。

その場に座り込み、泣いていると少し目が暗さに慣れてきた事に気付く。

羊太はうっすらと見える洞窟の中をキョロキョロと見回し、出口を探した。

しばらくして、風が吹き込む穴を見つけた羊太は外に出られるかも、と喜んでその穴へと向かった。


「おやおや、もう出ていくのかえ? せっかく妾が助けてやったというに、恩知らずな坊じゃのぉ」


「ひッ!?」


洞窟全体に響くような、しわがれた女の声に羊太は全身をビクリと震わせて、声のした方にゆっくりと目をやった。

視線の先で大きな影がのっそりと動くのが見えた。

それはとても巨大で、羊太が元の世界の動物園で見た象よりもはるかに大きかった。


「灯れ」


その声と共に洞窟のあちこちに設置されていた水晶が声の主の魔力を受けて、光を放ち始める。

急に明るくなった事で羊太は眩さから顔をしかめた。

明るさに慣れた頃、羊太の前には鎌首をもたげた巨大な竜がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、鎮座していた。

アニメや漫画の中でしか見た事のなかった空想上の存在、竜。

羊太は現実離れした光景に一瞬呆気にとられ、腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。


「あ、ああ……」


「クカカカカ、良いぞ良いぞ、矮小なる人間として満点の顔じゃ。頭から丸ごと飲み込んでやりとうなるわ」


牛すら一口で丸飲みにできそうな竜の大口が羊太に迫る。

蛇に睨まれたカエルのように身動き一つ取れない羊太は体を竜の舌に巻き付かれ、目の前で舌先がチロチロと動くのを見て、恐怖で心の糸がプツと切れてしまった。


「う、うわぁああああああああああん、怖いよぉおおおおおお食べないでぇええええ!!」


羊太は大泣きし盛大に小便を漏らしてしまった。

癇癪を起した赤ん坊の様に泣き叫び、小便を漏らした羊太に面喰らった竜は慌てた様子で羊太を舌から解放した。


「ぬ、ちとやり過ぎたかの!? ゆ、許せ坊、妾とした事が少々悪ふざけが過ぎた。坊を食いなどせん、安心せい」


泣き叫ぶ羊太の頭を大きな尻尾の先で器用に撫で、あやし始める竜。

それでも泣き止まない羊太に竜はどうしたものかと思案し、ポンと手を叩く。


「そ、そうじゃ、坊。子供ならこういうの好きじゃろ? ほれ、車の玩具じゃ。これにな、魔力を注ぐとそれを糧にして勝手に動くんじゃ、ほれ、凄かろう?」


車に似た四輪の玩具に竜が魔力を注ぐと、ピーっと音を出しながら玩具が動きだした。

しかし、羊太は泣き止まない。


「ぬ、ぬぅ駄目か……。こ、これならどうじゃ、魔力を注ぐと羽を動かして空を飛ぶ鳥の玩具じゃ!!」


羊太の周りをバサバサと飛び回る鳥の玩具を見向きもせず、羊太は泣き続ける。

どうしたものかとオロオロする竜は何かを思いついた顔をして、自分の背後に貯め込んでいる宝物の山の中をガサガサと漁り出した。


「たしか、ここら辺に……あった!!」


何かを手に取り、竜はそれを羊太に見せた。

それは金色に輝く缶詰だった。


「中にな、甘い焼き菓子が入っとるんじゃ。安心せい、毒など入っておらぬし、腐ってもおらぬぞ。妾の魔法で千年は腐らぬからの。昔、ここに来た人間に貰った物の一つじゃ。とても美味かったんで保存してたのじゃ。坊の舌にも合うと思うんじゃが……」


竜は爪の先で器用に缶詰の蓋を開け、羊太に差し出した。

甘く香ばしい匂いに釣られたのか羊太はようやく泣き止み、涙を手で拭きながら金色に輝く缶詰の中をちらりと見た。

缶詰の中にはクッキーのような物が入っており、鼻をくすぐる甘い匂いは一嗅ぎしただけで美味しいと分かるほどだった。

ゴクリと唾を飲み込んだ羊太だが、クッキーに手を伸ばしはしない。


「ぬぅ、イタズラが過ぎたかの、警戒されまくりじゃ……。困ったのぉ、この焼き菓子は絶品じゃと言うのに」


そう言って竜は爪の先でクッキーを一枚摘み、自分の口に放り込んだ。

その巨体に似合わぬ小さなクッキー一枚をモグモグと食べる姿を見て、羊太はほんの少し安心し、恐る恐るクッキーを手に取り、口に入れた。


「美味しい……」


「じゃろ!? 美味しいじゃろ!! いやぁ坊の口に合って良かったー。あ、そうじゃ、その焼き菓子に合う紅茶もあるんじゃ。今入れるから、しばし待つのじゃ」


そう言って、竜はいそいそと紅茶の準備をし始めた。

竜は羊太に背を向けており、今なら外へ通じているだろう穴に行く事が出来る。

穴は竜の巨体では通れないだろう大きさで、穴に入りさえすればあの竜は追っては来れないだろう。

羊太はちらりと穴を見た後に紅茶のカップを探している竜を見た。


「あーどこに置いたかのう、ちゃんと整理整頓くらいしておくべきたったのう」


何処か妙に人間臭い竜への恐怖はいつの間にか薄まっており、羊太はようやくカップを見つけ喜ぶ竜を見て、思わず吹き出してしまった。


「ぬぅ、笑う事なかろうに。ほれ、用意出来たぞ。しかし、そのままではあれじゃの、椅子とテーブルも用意せんとな」


竜の用意した椅子に腰かけ、テーブルの上に置かれたクッキーと紅茶を頂きながら羊太は、ようやく自分が異世界に召喚された事を実感した。


「落ち着いたようで何よりじゃ坊。ズボンも下着も魔法で乾かしたしの、すっきりしたじゃろ」


お漏らししたズボンとパンツを竜に魔法で乾かしてもらい、確かにすっきりはしているが、気恥ずかしさから羊太は顔を赤らめ、うつむいてしまう。


「あぁ、悪かった悪かった、もう言わんから。さて、何から説明したらいいかのう。とりあえず自己紹介からかの。妾は海竜帝レヴィアタンが一子、光の竜ルクレールじゃ。よしなに頼むぞ坊」


「えっと、そのぼくは大祢氏羊太、です。あの、そのルクレールさん、ぼくはなんでここに……?」


「詳しい事は妾も知らぬ。大きな物音がして魔法で外を覗いてみれば、川を流れる気を失った坊の姿があったゆえ、魔法でここに飛ばして助けたのじゃ、感謝するがよい。まぁ、目を覚ましてからの坊があまりに可愛らしくて、ついつい魔が差してからかってしまったがの許せ。あぁ、これも目を回して坊にくっついておったの」


そう言ってルクレールは水でぐっしょぐしょになった毛玉、マレッサを羊太の前に放り投げた。

べしゃりと水音をさせてマレッサが地面にへばりつく。


『ぶべらッ!! な、なにが起きたもん!! ここ何処もん、わっちはマレッサ、草の神の分神体!! ガキンチョは無事もん!? 万が一死んでたらデイジーが何するか分かったもんじゃないもんよ!!』


「ひッ!?」


急にやかましく動き回るマレッサを見て、羊太は驚きビクリと身を震わせた。

ルクレールはその様子を見て、クツクツと笑った。

この三人が洞窟から出て、ひと騒動を巻き起こすのだがそれはまた後の話。

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