60・めでたしめでたし?って話
手放した太陽の涙石が手元に戻ってきた。
セルバの計らいとは言え、なんとも複雑な気持ちだ。
しかしまぁ、戻ってきた事自体は嬉しいのだから、素直に受け取っておこう。
「デイジー叔父さん、おつかれさま、大丈夫?」
「えぇ、つい張り切り過ぎちゃったわねぇん。もう少しオーディエンスにフィーチャーした立ち回りをするべきだったわぁん」
デイジー叔父さんの言葉に曖昧に笑った後、俺は太陽の涙石をデイジー叔父さんに差し出した。
「デイジー叔父さん、これ、また預かってもらってていいかな」
「いいわよぉん、使い時は今回と同じように緋色ちゃんが決めるといいわぁん。あたくしは緋色ちゃんの判断を尊重するからねぇん」
「うん、ありがとうデイジー叔父さん」
デイジー叔父さんが少し荒れた地面の補修に行くのを見届けた俺はマレッサの方を向き、頭を下げた。
マレッサは俺に絶対に動くなと忠告してくれていた。
あれは俺の安全を考えての言葉だったと思う。
それを無視したのは俺だ、デイジー叔父さんのおかげで今回は丸く治まったが、それでもきちんと謝っておかないと。
「マレッサ、せっかく心配して忠告してくれていたのに、ごめん。もしかしたら何とか出来るかもって思ったら、つい……。悪かった、もうしない、約束する」
『……はぁ、もういいもんよ。一応、反省はしてるみたいもんだし。ヒイロはどうにも勇気と無謀をはき違えてるみたいもんねぇ、デイジーやわっち、パルカに助けられてるってしっかり自覚するもん。どうせ死ぬ訳ない、なんて思ってるんじゃあないかもん? そんな甘い考えじゃ、いずれ死ぬもんよ』
マレッサの言葉に俺は何も言えなかった。
確かに俺自身、どうにも危機感が足りていない気はしている。
心の何処かで、まさか死ぬような事はないだろう、とどこか思っていたのかもしれない。
『まぁデイジーちゃんが居たら、そう思うのも不思議じゃないわよね」
『余計な茶々を入れないでほしいもん』
『いいんじゃない別に? 生も死も循環する輪廻の中の正常な営みよ。死んで産まれてまた死んでいく、人間はそういう生き物よ。マレッサが言ってるのは真面目に生きろって事でしょ? どうあがこうと人はいつか死ぬわ。なら、後悔のないように生きる事こそ、人の本望ってやつじゃない?』
『わっちが言いたいのは死ぬ覚悟もない癖に死にかねない事をするなってだけもん。パルカはヒイロに死んでほしいもんか?』
『魂は私様の管理でいいわよね、過ごしやすい魂籠をあつらえるから安心なさい!!』
『死後の魂は冥域の管轄もんよ!? 冥域に落ちる前に魂回収する気満々もんこいつ、サイコ女神もん!!』
マレッサとパルカが何か楽し気に話しているが、俺の耳にはあまり入らなかった。
勇気と無謀をはき違えている、か。
もう少し、分を弁えて動いた方が迷惑をかけずに済むかもしれないな。
そんな事を考えていたら、セルバが俺の所にやってきた。
『随分とまぁ、無理な横槍を入れたネ、ヒイロ。簡易的とは言え、ワタシの裁定の場に割り込んだんだから、ワタシに殺されてても文句言えなかったネ。次からは神が何かしてる時は静観する事だネ、命が惜しいなら』
「マレッサにもちょっと怒られました。勇気と無謀をはき違えてるって。でも、あの時動いてなかったら、セルバ様はユリウスさんをどうしてましたか? 少なくとも、無事では済まなかったでしょうけど」
『それは当然ネ。あの人間は神の譲歩を蹴ったからネ、相応の報いは受けてもらう事にはなっただろうネ。まぁ、ヒイロの無茶とデイジーちゃんのアレを見て、少しは心に変化は有ったみたいだけどネ』
セルバがちらりと後ろを向く、そちらに目をやるとユリウスが申し訳なさそうにカネーガと話をしているのが見えた。
何を話しているのか分からないが、ユリウスはカネーガに何度も頭を下げていた。
カネーガとの話が終わったユリウスが俺に気付き、複雑な表情を浮かべる。
「やぁ、ヒイロ君。先ほどは、何というか……済まなかった。ボクのせいで君にとって大切な物を手放させてしまった、申し訳ない」
俺の元にやってきたユリウスはそう言って俺に頭を下げた。
俺に頭を下げられても困る、ただ誰かが傷ついたり死んだりするのを見たくなかっただけなのだから。
「いえ、何の因果か、また手元に戻ってきましたから気にしないでください」
「そう言っていただけると助かります。ですが、いずれ必ずお礼はいたします。この恩、生涯忘れないでしょう」
「本当に気にしなくていいのに。それにしても、ユリウスさんも随分無茶をしましたね」
「えぇ、今にして思えば欲に目がくらんでいたのでしょう。貴方を救えた感動をもう一度味わいたいという欲に。死の気配をばらまくこの絵を破壊する事で多くの人を救い、こんなボクでも人を救う事が出来るのだともう一度実感したかったのかもしれません。先ほどカネーガさんに謝りましたが、逆に感謝されました、徳の高いお方ですね」
いや、カネーガは違うと思うな。
俺は苦笑いしつつ、ユリウスの持つ絵が気になった。
今あの絵の所有権はユリウスにある。
売るも捨てるもユリウスの自由だ、一体どうするのだろうか。
「それで、その絵はどうするんですか?」
「はい、やはり破壊しようと思います。高価な絵だとは理解していますが、いまだに死の気配を色濃く写すこの絵はこの世にあってはならないものですから」
ん? どういう事だ、死の気配を色濃く残す?
パルカが言うにはこの絵に残っているのは死の呪いの残滓で、いずれ霧散する程度の物だったはずだ。
それとも、残滓ですら強い死の気配を漂わせているのだろうか。
その時、俺は誰かに見られているような気配を感じた。
覚えのある視線、どこかで同じように見られていた気がする。
何処だっただろうか……。
俺がモヤモヤしていると、セルバがユリウスに話しかけていた。
俺が近くにいるのも何だから、セルバとユリウスから少し離れる。
だが、まだ視線を感じる。
『星神教の人間、その絵、ワタシが破壊してやるネ。額縁の封印ごと消し去るから、額縁から取り出す必要もないネ。その絵が内包する死の気配を放つ呪いごと葬ってやるネ。描かれている物が物だけに、人間では手に負えないだろうからネ』
「いえ、森の神セルバの手を煩わせる訳にはいきません。先ほどの非礼の数々、謝っても謝りきれる物ではありません、後始末はせめてボクの手で」
『そのせいでヒイロが負い目を感じるを良しとせぬからこそ、ワタシが直接それを破壊すると言ってるネ。それはお前が思っている以上に厄介ネ、神すら殺す原初の呪いを封じた箱、既に核たる物は分離していても危険な物は危険ネ』
セルバとユリウスの会話の中で出た「核たる物」という単語、何故だか引っかかる物を覚えた。
核たる物はナルカの事だ。
原初の呪いの封じられた箱の写真、その写真に宿った原初の呪いの複製、それが自我を持った存在がナルカだ。
そうだ、ナルカは最初に俺を見ていたんだ。
その時の視線は今感じている視線と同じではなかっただろうか。
パルカが俺に与えた死の加護で俺は自分に迫る死を視線として感じる事が出来るようになっている。
つまり。
「なぁ、パルカ。この写真にはまだ人を呪い殺せるような力は残ってるのか? 俺は今、視線を感じているんだが……」
『ナルカは切り離されてるし、デイジーちゃんが原初の呪いとの繋がりは破壊したのよ、そんな事ある訳が――』
俺の言葉にパルカが少し慌てた様子でユリウスの持つ写真をジッと見つめた。
『え、なにこれ、呪いが霧散していない? むしろ濃くなってる!? 何で、私様が気づかなかったの!?』
「落ち着けパルカ、何がどうしたんだ?」
困惑しているパルカを宥めつつ、写真を確認する為にセルバとユリウスの方に目をやると、セルバが写真を宙に浮かせ、何やら魔力を高めているのが見えた。
『んあ、他の分神体から緊急伝達もん? しかも本体がブーストして稼働してる全分神体に? 何があったもん? ……はぁッ!?』
「ど、どうしたマレッサ、そんな大きな声だして!?」
急にマレッサが大声を出したのでびっくりしてしまった。
『どうしたもこうしたもないもん!! それ、ここにあるもんよ!! もっと早く伝えろもん!!』
かなり激しく動揺しているのか、マレッサに俺の声は聞こえていないみたいだった。
マレッサはキョロキョロと辺りを見回し、今まさにあの写真を破壊しようとしているセルバを見つけ、叫んだ。
『やめるもんセルバ!! それには本物が封じられてるもん、破壊すればここに原初の呪い箱が――』
マレッサが叫び終わる前に、セルバが放った木の刃が額縁ごと写真を破壊していた。