6・人も魔物も見た目で判断すると痛い目見るって話
オークカイザーがゆっくりとただの分厚い金属板にしか見えない巨剣を振り上げていく。
ただ剣を上段に構えているだけで、その巨体も相まって圧というのだろうか、身動き一つ出来ない。
恐怖で足がすくんでしまう。
心臓がドクンドクンとやかましい。
これは今度こそヤバい。
あんな巨剣で攻撃されたら、ただの人間でしかない俺なんか一たまりもない。
一撃で両断されるか肉片をぶちまけておしまいだ。
マレッサは毛玉だし、期待は出来ない。
そもそも、マレッサはデイジー叔父さんになかば脅されただけ、そこまで必死になって俺を守る理由もない。
オークカイザーに話し合おうとは言ったが、これほど暴力に対して無意味な言葉はないだろう。
「あー今度こそダメだ。マレッサせっかく助けてくれたのにごめん」
オークカイザーが巨剣を勢いよく振り下ろした。
空気を切り裂く音と共に巨剣が地面を抉り飛ばし、爆発音にも似た轟音を響かせて土煙が巻き起こる。
そして、オークカイザーの一撃で縦に両断された大木がバキバキと音をたてて倒れていく。
ごめん、デイジー叔父さん、せっかく助けに来てくれたのに死んじゃったよ、俺。
しかし、痛みもなにも感じない。
それほどまでに一瞬で死んでしまったのだろうか?
よくよく見るとオークカイザーの巨剣は俺に向かって振り下ろされた訳ではなかった。
振り下ろされた巨剣はオークカイザーの近くの大木を両断して、そのまま地面にめり込んでいた。
俺は自分の身体をさわり、どこもケガをしていない事を確認する。
「ん、あれ、俺死んでない?」
更にオークカイザーは地面にめり込んでいた巨剣を素早く引き抜き、巨剣を腰くらいの位置で地面に対して水平に構え、一歩足を前に踏み出して倒れていく大木に更なる連撃を見舞った。
ただの分厚い金属板であるはずの巨剣がまるで鋭利な刃物で豆腐を切り分けるかのように大木を何度も切断し、空中で大木をいくつもの板材へとカットしていく。
大小いくつかの板材へとカットされた大木だった物が次々と地面に落下する。
土煙が晴れ、地面に落下した板材が俺の見知った形をしているのに気付く。
これはテーブルとイスか?
どうやら両断した木を器用にカットしてテーブルとイスを作り出していたようだ。
いや、何がどうなってんだこれ?
一枚板の分厚く大きな天板がテーブルになってるのはまだ分かるが、椅子はなぜか四脚で背もたれもあり、木目を生かしたいい感じの出来に仕上がっている。
匠の技じゃねぇか、あの一瞬で木材の加工と組み立てまでやったのか!?
それとも、削り出しか?
いや、ホント訳わからん。
自らが作りあげたテーブルとイスを確認したオークカイザーはクルリと巨剣を回してから剣先を地面にズンッと突き刺した。
そして、テーブルを挟んで俺の真正面にドスンと座り込んだ。
「ようこそ、お客人。わたくしはボリバルブディ・ンドゥ・ヌボルヂ、オークカイザーなどとも呼ばれている者だ。呼びやすい方で呼ぶといい。あぁ、即興のテーブルとイスで申し訳ないが、どうぞかけられよ。あぁ、酒は嗜まれる方かな? しかしながら見た目はまだ子供。ブドの果実水でよろしいか?」
「え、あぁ、俺は皆野 緋色……です。あの、おかまいなく……」
「そうかね? 遠慮せずともよろしい。なぁに、毒など入ってはいない。ブドは我が森の特産の一つでね。客人にはごちそうする事にしているのだよ」
意外に紳士的な対応をしてくれるイケボのボリバ……オークカイザーに驚きつつ、俺は勧められるまま椅子に座った。
オークカイザーさんはテーブルの上に懐から取り出したハンカチを敷いた後、腰にぶら下げている布袋から紫色の液体が入っているガラス瓶と金属製のコップを出してテーブルの上に並べ始めた。
その様子を混乱した頭で眺めつつ、俺は小声で頭の上のマレッサに話しかけた。
「おい、マレッサ。どういう事? オークカイザーさんめっちゃ友好的でお気遣いのできる紳士なんですけど!?」
『わっち、オークカイザーは魔王軍すら戦闘を避けるSランクの魔物とはいったもんけど、人を取って食う魔物とは言ってないもんよ?』
「確かに言ってなかったけど、ここが別名オークの胃袋とかなんとか物騒な事言ってただろ?」
『オークの胃袋を満たす重要な農作物の生産拠点って事で付いた別名だもん』
ちくしょう、この地域がすでにオークの腹の中って感じの悪い意味にとっちまったじゃあないか。
勘違いして、一人焦ってた俺が馬鹿みたいだ。
「ここは我が領土オークランド。魔王殿より自治権を与えられている場所。ゆえに魔王軍もここには簡単には攻めてこない。人間の国であるマレッサピエーの方角から飛んできたとは配下の者から聞いているが、ここには何用で来られたのかな? あぁ、あとマレッサピエーの城が突然大爆発を起こしたという話も魔王国駐在員から伺っているがそれと何か関係が?」
ガラス瓶のコルクの様な栓を開け、コップに紫色の液体を注ぎながらオークカイザーさんはそう聞いてきた。
何と答えたものか……。
俺の叔父がやりましたー、と正直に言うのはやはりヤバいのでは?
しかし、嘘をつくのもなんだか後ろめたい気持ちになる。
「えぇーと、そのですねぇ、何と説明したものか……」
俺が答えに窮して唸っているとオークカイザーさんは鋭い牙を見せてニコリと笑った。
いや、ちょっと笑顔なのになんかすごい怖い。
「慌てなくてもいいですよヒイロ。これでも飲んで落ち着くといい、これが我が森の特産ブドの実をふんだんに使った果実水だ」
オークカイザーさんがスッとコップを差し出してくれた。
コップには甘い香りの紫色の液体と氷、そしてそのコップの淵にはブドウによく似た果実が半分にカットされた状態で添えられている。
「最近の自信作でね。赤と青の二種のブドの実の果汁を合わせ、より風味が出るようにしているのだ。ぜひ、感想をお聞きしたい」
「い、いただきます」
せっかく出して貰った物を断るのはなんというか、悪い気がしてしまう。
俺はマレッサピエーの件で少し警戒心があったが、それを抑えグイっと一気にブドの果実水とやらを飲み干した。
「プハーッ! なんだこれ、すっごい美味しい! こんなに美味しいジュースは初めて飲んだよ」
「お褒めに預かり光栄だ。人間の舌にも合うように甘めの味付けにしてあったのだが、どうやら口に合ったようで何よりだ」
嬉しそうにニコニコと笑うオークカイザーさんを見て、警戒心が和らいでいくのを感じる。
なんだ、いい人……いい魔物じゃあないか。
見た目はまだちょっと怖いが、ちゃんと会話の成立する魔物もいるのだなと、俺はなんだか嬉しくなった。
「少しは落ち着けたかな? 急ぎでないなら、もう少し休んでからでもよいのだが」
「いや、美味しい果実水のおかげでちょっと落ち着いた。ありがとう。説明させてもらうよ」
俺はオークカイザーさんにマレッサピエーで起きた事を全て包み隠さずに説明する事にした。