59・まさかこんな事になるなんてって話
「困ったわねぇん、そろそろ参ったしてくれないかしらぁん?」
「だ、誰が負けを認めるものかッ!! 私はセルバの子、豹の戦士ハグワル!! セルバブラッソに名を轟かす魔獣ハグワルたちの祖にして最強の男!! 易々と屈する訳には、いたたたたたッ!!痛い、痛い痛い!!」
百人に分身したデイジー叔父さんがセルバの守護精霊であるプルケとハグワルと戦い始めて十分ほど立っただろうか。
今、デイジー叔父さん四人がかりでハグワルの右手に指固めを、左腕に腕ひしぎ十字固めを、左足に膝十字固め、右足にアキレス腱固めを極めている。
ハグワルは既に五分はこの猛攻に耐えているのだが、見てるだけですごく痛い。
この戦いが始まる前、百人に分身したデイジー叔父さんに対してプルケとハグワルは凄く何かを言いたげな顔をしていたが、セルバの手前何も言えず、果敢に百人のデイジー叔父さんに向かっていった。
プルケの方は、開幕にデイジー叔父さんがプランチャを仕掛け、それをかわしたプルケの頭部を空中で体を無理矢理ひねったデイジー叔父さんが両足で挟み上げ、そのまま一気にフランケンシュタイナーを決め、フラフラと立ち上がったプルケにウォーズマン式パロ・スペシャルを畳みかけて、プルケが溜まらず降参してフィニッシュとなった。
プルケはなんかシクシク泣いてた。
チュンチュン虫が慰めているのを見て、とりあえずデイジー叔父さんがなんかごめんって謝った。
そして、ハグワルとの一騎打ちとなったのだが、プルケとの攻防で反省したのかデイジー叔父さんはハグワルの恐るべき速さとその鋭い爪の目にも止まらぬ連撃を全て受け切った上で反撃に転じていた。
いや、プロレスじゃあないんだから、相手の攻撃をわざわざ受ける必要はないのだが……と思ったがデイジー叔父さんの事だ、セルバが楽しめるようにと考えたのかもしれない。
ただ、相手がデイジー叔父さんよりも弱かったせいで、あまりいい勝負とは言えない状況だ。
現在、ハグワルはデイジー叔父さんに両手両足に関節技を極められ、もうどうしようもない状態だ。
セルバも見ているだけで若干痛そうな顔をしている。
恐らくハグワルはセルバが声をかけるまでデイジー叔父さんの極め技に耐えるだろうが、骨や靭帯になんらかの後遺症が残る可能性がある。
いや、精霊に骨とか靭帯ってあるのか? などとも思ったがデイジー叔父さんの関節技を痛がってるからたぶんあるはずだ。
俺はデイジー叔父さんとハグワルの闘いを見ているセルバの元に向かう事にした。
空中に浮いていて身動きが取れなかったが、マレッサとパルカに手伝ってもらい、なんとかセルバの元に。
「あのぉ、セルバ様? もういいんじゃあないですか? 俺が言う事ではないんですが……」
『ぬ、ぬぅ、確かに。まさかここまでとは想定外だったネ。いかに精霊であってもあれ程痛めつけられては精霊核に影響ガ出るかもしれないネ……。さっきのマレッサとパルカはこうなると分かってたって事ネ。……はぁ、面白い技は見れたけど残念ネ』
はぁとため息をついて、セルバはパチンと指を鳴らした。
瞬間、プルケとハグワルの姿が大量の木の葉に変わり、突如吹いた強風に巻き上げられて散っていった。
デイジー叔父さんは分身を全て消した後、軽く伸びをしてセルバに向き直った。
「ん~、いい運動になったわぁん。これで満足してもらえたかは分からないけれど、神に捧ぐ舞として合格だったかしらぁん? なんならフラダンスとかリンボーダンスでも披露しちゃおうかしらぁん」
ニコリと笑うデイジー叔父さんにセルバは困ったような顔で笑った。
『キャハ、結構ネ。いやはや、ワタシともあろうものがここまで見誤るとはネ。リベルタ―では神召喚の末裔と一戦交えたと聞いていたけれど、これ程とはネ。満足ではないが十分ではあるネ、こたびの神遊びはデイジーの勝利とするネ、勝者を称え、褒美をとらす』
そう言ってセルバはカネーガに何かを投げ渡した。
それを受け取ったカネーガはそれを見て、困惑した顔になっていた。
「セ、セルバ神、これは一体?」
『星白金貨ネ。あの絵をそれでワタシが買った事するネ。その後所有権はヒイロに与える、後は先程のヒイロの行動の通りに。だから、太陽の涙石はヒイロに返すネ』
「ほ、星白金貨!? 星金貨よりも更に希少、現存する物はわずか十枚しかないと言われていたのに!! し、しかし、太陽の涙石は――」
『ヒイロと売買契約は結んでいたのか? これは神の言葉であるぞ。ただの人間との契約とワタシの契約どちらを優先する?』
セルバの凶悪な笑みにカネーガは肩を落とし、はぁあああと大きなため息をついた。
「これは貸しと考えてもよろしいのでしょうかセルバ神?」
『キャハ、神のご機嫌取りにはなるネ、それでは不満?』
「いえいえ、セルバ神がお喜びになるのであれば光栄の極みでございますよ」
カネーガは諦めたように星白金貨を布にくるんで懐にしまった後、太陽の涙石を俺に渡してくれた。
そして小声で俺に囁いた。
「太陽の涙石は確かに惜しいがね、あの絵は実は元々金貨四百枚ほどで買い取ったものなのだよ。それが星白金貨に化けたと思えば、多少の不満くらい飲み込むさ。ありがとうよヒイロ君」
カネーガは実に悪人面で嫌らしい笑みを浮かべていた。
さっきまでの太陽の涙石を渡すのを渋っていたような姿は演技だったのだろうか、実に商人してる。
ちなみに後々マレッサに聞いたのだが、星白金貨は星金貨の十倍の価値があり、その手の蒐集家にはそれ以上の値段で売れるのだという。
あの星白金貨一枚で十億以上の価値……、あの絵が金貨四百枚だから四千万円が十億以上になったって事になる。
そりゃあ多少の不満くらい飲み込むだろう。
しかも、セルバの無茶な命令に従ったていにはなるのだし、セルバの覚えもそれなりによくなるはずだ。
ある意味、カネーガは得しかしていない。
ただ、それでも太陽の涙石の価値には届かないというのだから、オークカイザーさんはとんでもない物をくれたのだと改めて思った。