58・流れが変わったって話
俺の問い掛けにセルバは答えない。
重苦しい空気の中、耐え切れず更に言葉を重ねようか悩んでいると、デイジー叔父さんが助け船を出してくれた。
「セルバちゃん、緋色ちゃんはアナタの決定に異を唱えたも同然だわぁん。それはきっとこの国では許される事ではないのよねぇん。でも、緋色ちゃんはユリウスちゃんを助けたかった、ユリウスちゃんは死の気配から人々を救いたかった。誰かが誰かを助けようとする気持ちはとても尊い物よぉん、やり方はちょっと強引だったけれど、お互いにもう少しお話出来ないかしら? 歩み寄りは大事な事だとあたくしは思うわぁん」
デイジー叔父さんの言葉にセルバは口角を吊り上げて、凶悪な笑みを浮かべる。
『歩み寄り? 異な事を言うなデイジー。人におもねる神が居ようはずもなし。人はただ神にすがるモノだ、こちらが譲歩する事などあり得ぬ。決定は覆らぬ、だが神の意を曲げようと言うのならば相応の供物を捧げよ。それが神をなだめすかす人の知恵であろう?』
「それでセルバちゃんが納得してくれるなら喜んで、と言いたい所だけどぉん、セルバちゃんが喜びそうな物をあたくしは持っていないわよぉん?」
セルバの言葉にデイジー叔父さんは困ったように掌を頬に当てて困った顔をした。
『先だっての飲み比べはワタシの勝ちであったな、デイジー。しかし、譲られた勝利を喜ぶワタシではないネ……コホン。神に捧ぐは物だけにあらず、舞いを奉じ我が高ぶる御霊を鎮めてみせよ、さぁ神遊びの時間だ』
重苦しい空気が消え、辺りに強い風が吹き荒れセルバの大樹の葉がセルバの元に集まり始めた。
風に舞う木の葉が二つの大きな塊になり、セルバがパチンと指を鳴らした途端、二つの木の葉の塊が異形の存在へと変わった。
セルバが大きく両手を広げ、楽し気に笑いだす。
『キャハハハッ!! リベルターでの一件は聞き及んでいるネ!! まずはワタシの守護精霊二人を紹介するネ、蜘蛛の戦士プルケ・ポカ、豹の戦士ハグワル・テスカトル!!』
「セルバの子にして蜘蛛の戦士プルケ・ポカここに」
「同じく豹の戦士ハグワル・テスカトルここに」
頭部が蜘蛛の女性プルケ・ポカと二足歩行の豹の姿をした男性ハグワル・テスカトル、二人ともデイジー叔父さんよりも大きく、三メートルは越えているかもしれない。
プルケと名乗った女性の頭部は蜘蛛に見えるが、その体には無数のチュンチュン虫が這っており、なんかチュンチュンとうるさい。
ハグワルと名乗った男性は、なんか豹の口から顔が出てる、ふざけているのだろうか。
『二人ともワタシの子であり、異界の神の力の一端を持つ者ネ。その力はSランクの魔物を遥かに越えるほどネ。デイジーよ、この二人と戦うネ。二人に勝てたら、今回の件は特別に我が意を曲げて許すネ』
セルバ様、もしかして威厳とか取り繕うの面倒臭くなってないか?
ともかく、デイジー叔父さんがこの二人に勝てばユリウスと俺がセルバ様の意に逆らった事を許してくれるらしい。
「あらぁん、あたくしってばてっきり……セルバちゃんが直々にお相手してくれるかと期待してたのにぃん。あぁ、ごめんなさいねぇん、アナタたちを軽んじてる訳じゃあないのよぉん、そこは誤解しないでちょうだいねぇん」
デイジー叔父さんの言葉にプルケとハグワルの二人が俺でも分かるくらいに殺気を放ちだした。
煽り過ぎだよデイジー叔父さん!!
『キャハ、我が守護精霊、存分にその力を披露するネ!! マレッサ、パルカ、結界を張るのを手伝うネ、さすがにセルバトロンコに被害を出す訳にはいかないからネ』
嬉しそうに笑うセルバの要請に対し、マレッサとパルカは面倒臭いと言わんばかりに首を横に振った。
『必要ないもん』
『必要ないわね』
二人の答えにセルバは困惑し、声を上ずらせて文句を言う。
『なんでッ!? いくらワタシの本体のある地とは言え、今のこのワタシじゃこの三人の戦いの余波を完全に抑え込むのは無理ネ!! さっきのヒイロへの対応に文句があるネ!? あれはこの地を守護する神として当然の対応ネ、ワタシの地で罪を犯した人間を裁く場に乱入してきた子の言葉にそう易々と受け答えしてたら神としての威厳とか沽券に関わるネ、そこの所はちゃんと理解してほしいネ!! だから意地悪言わないで力を貸すネ!!』
早口でまくし立てるセルバ。
しかし、マレッサとパルカの返事は変わらない。
『マレッサとパルカがこんな薄情だとは思わなかったネ!! セルバトロンコに被害が出てもいいと思ってるなんて、ひどいネ!! もういいネ、ワタシ一人で結界張るネ!!』
そう言って、セルバはデイジー叔父さん、プルケ、ハグワルの三人を中心にした結界を張り、周りにいた人間をバリアで守りつつ、空中に移動させた。
『いや、別に意地悪で力を貸さない訳じゃないもんよ?』
『まぁ、やって見たら分かるわ。さすがのセルバでも私様とマレッサが使った時空封鎖結界アイオーンメガリフィラキの中までは見通せてないみたいだし』
恐らくだが、セルバはデイジー叔父さんとセヴェリーノとの闘いがどんなモノだったか知らないのではないだろうか。
あのプルケとハグワルの二人がSランクの魔物以上の存在、例えば魔王国の双璧と言われている獄炎のバルディーニくらいの強さだったとしても、デイジー叔父さんの相手にはならないだろう。
なにせ獄炎のバルディーニをデコピン一発でのしているのだから。
だからこそ、マレッサもパルカも戦いの余波で周りに被害などでないと考えて、結界を必要ないと言ったのだ。
とは言え、セルバの守護精霊であるあの二人は、デイジー叔父さんがちょっと強い力を持つ、と言っていたほどの存在だ。
もしかしたら、デイジー叔父さんでも苦戦するかもしれない。
万が一、億が一負けてしまったら、ユリウスと俺、そして恐らくデイジー叔父さんはセルバの意に反した者たちとして、なんらかの罰を受けてしまう可能性がある。
殺されるとまではいかないまでも、きっと軽い罰では済まないだろう。
俺はデイジー叔父さんの力にはなれないけれど、勝手に動いたのは俺だ。
なら、せめて精一杯応援をしなければ。
「デイジー叔父さん、負けないで!!」
俺の大声での応援にデイジー叔父さんはニッコリと笑って手を振ってくれた。
「うふん、緋色ちゃんの応援があれば百人力よぉん。ちょっと本気でいくわよぉんッ!!」
そう言って、デイジー叔父さんは次の瞬間、分身した。
何十人にも増えたデイジー叔父さん、たぶん百人力って言ってたから百人かな。
その光景にセルバやプルケ、ハグワルを初めてとしたその場に居た全員が口を大きく開けて絶句していた。
『誰がそこまでやれって言ったもんか……』
『まぁ、デイジーちゃんだしねぇ……』
そう言って、マレッサとパルカは大きなため息をついたのだった。