55・セルバ再びって話
プナナの教えてくれた木鼠の巣という料理屋を見つけ、さっそく店内に入る。
店内は落ち着いた雰囲気で客はそこまで多くはないが、店内には美味しそうな匂いが漂っていた。
ちらりと客の食べている物を見たが、虫ではなくステーキっぽい料理だったので、これならマレッサも文句は言わないだろう。
空いた席に座り、メニュー表を見てみるが字が読めないのでマレッサとパルカにお願いして、どんなメニューがあるのか確認する。
「いらっしゃいませー、木鼠の巣へようこそ。ご注文お決まりでしょうか?」
リスみたいな耳と尻尾を生やした女性が水を持ってきてくれたので、そのまま注文する事にした。
マレッサとパルカが教えてくれたメニューを注文し、待つ事数分。
「おまたせしましたー。セルバ様の恵み果物盛り合わせとナゾニクのステーキお二つ、シェフの気まぐれサラダとセルバスープになります。ごゆっくりどうぞー」
俺たちのテーブルに運ばれてきた料理は見た目はとてもおいしそうだ。
手を合わせて命に感謝しつつ食べ始める。
ナゾニクって何だろうとは思うがニクって言うくらいだから、たぶん肉なんだろう。
食感や味はちゃんとステーキっぽいし、マレッサも満足げに食べているのだから問題なく肉のはずだ。
マレッサもナゾニクって単語は知らないとは言っていたから賭けに近かったが俺とマレッサは賭けに勝ったようだ。
『美味いもんねぇ。良くわかんない肉もんけど、まぁ悪くないもん』
『アンタ、もう少し上品に食べなさいよ。神の品位が下がるじゃない』
『色んな果物をツンツンしてちょっとずつ食べるのが上品もん? 美味しく食べれればなんでもいいんだもん』
ガツガツと肉を食べるマレッサにパルカが苦言を言うが、マレッサは気にした様子はない。
ため息をつきつつ、パルカは果物をつっつきながら食べるのを再開した。
「あらぁん、このサラダにかかってるドレッシング爽やかな酸味とほのかな甘みを感じるわぁん。うんうん、さっぱりしてていくらでも食べれそうだわぁん。スープもコンソメスープ風味で丹念なあく取りで野菜のえぐみや渋みをしっかりとった透明さは丁寧な仕事してる証拠だわぁん。う~ん、素敵ねぇん」
デイジー叔父さんは食レポしながらニコニコとご機嫌な様子でサラダとスープを食べている。
食レポを聞いているとなんだかサラダやスープが美味しそうに見え、自分も食べたくなってくるが、今は舌が肉って感じなので今はやめておこう。
「このナゾニク、名前はともかく肉って感じで美味しいね。何の肉なんだろ。あまり知りたくないような気もするけれど」
『ナゾニクは他所で言う所の代替肉ネ。本物の肉じゃあないのよネー』
唐突に話しかけられ、びっくりしながら声のした方を振り向くと、そこには褐色の肌に短めの銀髪、露出が高めの女の子が立っていた。
あれ、こんな格好の人ちょっと前に見たような、それにこの喋り方……。
『セルバ、わざわざ会いに来たもん? 本殿で待ってるんじゃなかったもんか?』
あぁ、やっぱりセルバだったのか。
大森林神殿の宿屋でデイジー叔父さんと飲み比べ勝負をしたセルバの巫女とは違っていたので、一瞬誰だか分からなかった。
というか、ちょっと待て、代替肉ってセルバ言ったよね?
つまりこのナゾニクは肉じゃあないって事か?
「いや、せっかくセルバ様に来てもらっておいて悪いんだけど、あの、そのじゃあこれって何なんですか?」
『ナゾニクはティタノヘルムとビッグ豆を合わせた物を魔法で加工した物ネー。栄養価も高くてお肉が食べたい人の需要も満たしてくれる素敵な食材ネー』
『ティ、ティタノヘルムもん!? やっぱこの国にちゃんとした肉ないのかもん!? うげーもん!!』
ナゾニクの材料を聞き、何故かマレッサがうげーと言い出した。
ビッグ豆は豆だろうとは分かるが、ティタノヘルムってなんなんだ!?
俺も食べちゃったんだぞナゾニク!!
いや、待て、ナゾニクは謎の食材から作られた代替肉なのはわかった。
つまりティタノヘルムという存在を見なければ、知りさえしなければ、これからも肉として食べれるのでは?
「マレッサ、セルバ様、頼むからティタノヘルムの詳細を言うのはやめてくれ。そうすれば俺はまだナゾニクに絶望しなくて済む」
『ティタノヘルムは頭にでっかい角の生えた白銀に輝くでっかい虫もん。最大の物で三メートルを越える物が確認されてるもん。平均でも一メートルを越えてて、繁殖力も旺盛。餌さえあれば三十年以上生きる長命の虫もん。一部では虫界の帝王とも呼ばれる人気の虫もん』
「マレッサぁあああああああ、お前ぇええええええッ!!」
『うっひょひょひょッ!! ヒイロもわっちと同じ苦しみを味わうがいいもん!!』
おのれマレッサめ、こいつ神様のくせになんて卑劣な事を。
つい声を荒げてしまった事を店員さんや店内のお客さんに謝罪しつつ、マレッサの為に虫料理を注文して供物として捧げてやる、俺はそう誓った。
「供物として捧げても実物は残るんだからぁん、結局食べるのは緋色ちゃんもでしょ? それに嫌がらせの為に料理を注文だなんて、あまり褒められた事ではないわぁん」
「……そうだね、デイジー叔父さん。ごめん俺が間違ってたよ。マレッサには今度から供物の量減らしてやる」
デイジー叔父さんに言われ、己の愚かさに気付く。
駄目だよな、嫌がらせの為に料理を使うなんて、人としてどうかしている。
だから、ささやかにマレッサの供物の量を減らしてやるのだ。
『そんなみみっちい陰険な事やめるもんヒイロ!! わっち神様もんよ、とっても偉いもんよ!! 神様に嫌がらせとか人としてどうかしてるもん!!』
「えぇい、人に対して同じ苦しみを味わえとか言う神様なんぞ百害あって一利なしだ!! だいたい草の神様なら野菜食え野菜、栄養が偏って心配になるだろうが、もっと健康を大事にしろ!!」
『嫌な事言うのかわっちの体を気遣うのかどっちかにしてほしいもん!! なんか情緒が変になるもん!!』
ついついエキサイトして騒ぎすぎてしまい店員さんに怒られた為、食べ残した料理は箱に詰めてもらって店から出た。
『キャハハハ、ヒイロちゃんとマレッサちゃんは仲がよくていいネー。セルバトロンコに来たのにワタシに会いに来てくれないから出向いたけど、面白い物が見れたネ』
『私様なんて人間に加護あげてるのよ!! 私様の方が仲がいいに決まってるでしょ!! そうよね人間!!』
セルバの言葉にパルカが何故かムッとして俺に向かって話を振る。
その手の質問に答えると色々と面倒になるって漫画で見た事ある、どちらを選んでも悲惨な目に合う未来しか見えない。
だから俺はタマムシ色の答えを言うしか出来ないのだ。
「マレッサもパルカも俺の恩人で比べるなんて出来ないよ。ドチラ モ タイセツ ナ ソンザイ ダヨー」
『んひ、そ、そうよね!! 私様って人間にとって大切な存在なのよね、分かってるじゃない!!』
『うひょひょ、ちょっと嫌がらせしたくらいじゃヒイロのわっちへの信頼は揺るがないって事もんね!! いいもんよ、いいもんよ、信徒としての心構えってやつ分かってるもんね!!』
前から何度も思っているが、この二人チョロすぎてマジで心配になる。
嘘を言ってる訳でも騙している訳でもないが、ちょっと心がチクりと痛むぞ。