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52・話してみると意外とって話

チュンチュンという鳴き声で目を覚ます。

あぁ、もう朝か。

テントの中で軽く伸びをする。

昨日はなかなか大変だった、エルフとドワーフの言い合いを数時間聞き続けた後、あのユリウスとかいう星神教の人にいきなり死の宣告を受けたり、そのせいで肉が焦げ、作り直すはめになったりと妙に疲れた一日だった。

テントから出て太陽の光を全身に浴びる。

朝焼けがとても奇麗でつい見入ってしまう。

足元からチュンチュンという鳴き声が聞こえてくる。


「あぁ、チュンチュン虫か。最初見た時はびっくりしたが、もう驚いたりはしないぞ」


足元に目をやると、黒目の部分をせわしなく動かし、チュンチュンと鳴らしている数匹のチュンチュン虫がいた。

驚いたりはしないが、やはり目が生々しいなこの虫。

このチュンチュン虫たちの向かう先は泉のようだ、泉の水を飲みに来ているのだろう。

色んな虫や動物が泉の水を飲んでいるのが見えた。

ついでに、という訳でもないが俺も泉で顔を洗う事にした。


「おう、坊主、早起きだな。他の連中もぼちぼち起きて来てる。朝飯食ったら出発するからな。準備だけはしておけよ」


「あ、おはようございます。えっと、アウストゥリさん」


泉で顔を洗っていたら、ドワーフの長であるアウストゥリさんに声をかけられた。

カネーガが気位が高く人と話しはしたくないって聞いてたんだが、意外と気さくな人じゃないか。


「なぁ、坊主、その腰に下げてるナイフ、どこで買ったもんだ?」


「これですか? これはリベルタ―でボタクリさんって方の所で買い物してて、おまけで貰ったものですけど」


「そうか……。すまねぇが、ちょっと見せてもらっていいか?」


「構いませんよ、どうぞ」


鞘に収まったままのナイフを手渡すと、アウストゥリさんは鞘からナイフを抜き、角度を変えながら刀身をジッと見つめている。


「レギンスールのやろう、腕はなまっちゃあいないようだな。だが、惜しいこった、あのまま腕を磨いてりゃあ今頃は……」


「アウストゥリさん?」


何かをぼそぼそと呟いていたアウストゥリさんは鞘にナイフを収め、ありがとよと言って俺にナイフを返してくれた。


「ちょっとした知り合いの作品だったんでな、つい気になっちまった。こいつは礼だ、美味いぞ」


ポンと何かの果物を俺に投げてよこし、アウストゥリさんはそのまま手を振って自分のテントに戻っていった。

果物はリンゴに似ていて、少し酸っぱかったが美味しかった。

ふと泉の中心に人影があるのに気付く。

誰だろうと思ったらデイジー叔父さんが水面の上に立っていた。


「なんだ、デイジー叔父さんが泉の上に立ってるだけか」


そう言って俺は朝食を作る為にテントへと戻る事にした。


『いや、そこはツッコめもん!! あの場面を見てツッコミを放棄するなもん!! ツッコミはヒイロの役目もんよ!!』


「無茶を言うなよマレッサ。デイジー叔父さんだぞ? そりゃあ水面に立つくらい朝飯前さ」


『デイジーの日頃の行動のせいで、まったく違和感を持ってないもんねぇ。これは重症もん……』


マレッサがよく分からない事を言っている。

デイジー叔父さんだから、あのくらい何て事ないなんて分かってるだろうに。


「な、なんという肉体美、大樹を思わせる不動の肉の芸術、まさかこれほどの域に達している人間が存在しようとは……」


マレッサ以上によく分からない事を言っている人物がいた。

誰だろうと思ったら、エルフの長であるレフレクシーボさんだった。

水の上に立つデイジー叔父さんを見てワナワナと震えている。

大丈夫かこの人。


「あ、あのおはようございます、レフレクシーボさん。デイジー叔父さんがどうかしましたか? あ、泉の上に立っちゃダメだったとか? それならすぐにデイジー叔父さんに地面に戻るように声をかけますけど」


『泉の上に立っちゃダメって、自分で言ってて変だとは思わないもん?』


はて、俺は何かおかしな事を言っただろうか?


「デイジー、叔父さん? 彼は君の叔父上なのか?」


「はい、そうですけど……」


「デイジー、なんと可憐な名だ。泉の上に浮く一枚の葉に身を置いてなお、水面にわずかの波紋すら広がっていない……。究極まで研ぎ澄まされた肉体が己の重さすら消し去っている……。今まで生きてきた中で、これ程まで美しい姿は見た事がない」


大丈夫かこの人。

なんか変な事を口走っているが、これがエルフの感性なのだろうか。

水面で微動だにしていなかったデイジー叔父さんが、羽毛が風に飛ばされるかのようにふわりと浮いて、俺の前にゆっくりと降り立った。


「あらぁん、緋色ちゃん起きたのねぇん。グッモーニン、ご機嫌いかがかしらぁん」


「あぁ、デイジー叔父さん、おはよう。体調は悪くないよ」


『いや、今の動きおかしすぎだろもん!! 物理法則無視し過ぎもんよ!!』


デイジー叔父さんの姿を間近で見たレフレクシーボさんが急に膝を折り、涙を流しながらデイジー叔父さんを見ている。

大丈夫かこの人。


「一切の無駄を完全に排除し、己の内の筋肉の重心移動だけであれ程の跳躍、空中を歩くが如く軽やかさ、まさしく神技!! 筋肉の極みの権化たる者デイジー、どうか我にその極みへと至った理由をお教え願いたい!!」


「愛」


デイジー叔父さんはレフレクシーボさんの問いにたった一言で返した。

いや、それ訳分からなくない?

レフレクシーボさん困っちゃわない?


「おおおおお、愛!! それこそが究極へと至る為に必要な物だと仰られるのですね!! 我は今理解した頭ではなく魂で!! 愛こそがそこに至る唯一にして無二の物だと!!」


なんか喜んでる。

レフレクシーボさんはしばらく感動の言葉を口走った後、急にスンっと冷静な顔に戻った。

びっくりする、その落差に。


「失礼した人間。いや、デイジーとその甥であるヒイロ。森の母セルバがその名を出した時から只者ではないと思っていた。特にデイジー、貴殿のその極められた筋肉は既に神の領域に達していると言っても過言ではない。その美しさは種の壁すら越えるのだと、確信できるほどの物だった。そして金言を得た、愛という言葉、我は生涯忘れまい。感謝する」


そう言ってレフレクシーボさんは自分のテントに戻っていった。

真面目な人なんだろうけれど、なんか変な人だったな。


『ヒイロも大概もんけどね』

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