5・事情があれば何してもいいって訳じゃないって話
『オラシオの坊主もセレスティオのちびも色々と焦ってたもん。無理な勇者召喚と洗脳染みた敵対行為防止措置は友好的な勇者すら敵対させかねない愚策だったもん。ただ、事情があるのも事実、許せとは言えないもんが、多少の理解はしてほしいもん』
マレッサがその光る毛玉の様な体をプルプルと揺らしながらそんな事を言った。
あの場に召喚された人たちはデイジー叔父さんのブチ切れのせいでこの世界の各地に飛ばされてしまったらしいが、デイジー叔父さんのバリアとマレッサの分神体? とやらのおかげで命に別状はないらしい。
マレッサに助けられたのは事実だが、いきなり召喚された身としては事情があろうがなかろうがいきなり洗脳されかけた事はなかなか許しがたい事ではある。
何より、その事情とやらを聞かされていないのだし、許すも理解も何もないのだが。
「その事情とやらを知らない事には何とも言えないな。というかセレスティオって誰?」
『まずは基本的な情報を伝えるもん。マレッサピエーは人類と魔王軍との戦争の最前線に位置する国であり、セレスティオはマレッサピエーの国王だもん。セレスティオ・セスト・デ・マレッサピエー。八歳のチビだもん』
魔王軍との戦闘の最前線、そりゃ勇者召喚して戦力を集めたいよな、っていうか八歳の王様ってマジか?
八歳というと小学校二年か三年くらいだろ?
王様としてやっていけるのか?
『セレスティオは即位してまだ二週間って所もん。セレスティオの父や兄弟はみな魔王軍との戦争で重症を負って国政どころではないもん。王が不在だと国が不安定になるもん。マレッサピエーの上層部は仕方なく八歳のセレスティオを国王として担ぎ上げたもん』
「八歳で王様とか、そんな重いもん背負わせるのは可哀想じゃないか? まだ子供なんだし」
『相手が子供だという理由で魔王軍が止まってくれる様な相手だったなら、オラシオの坊主も無理して勇者召喚してなかったもん。それに国王不在時に野心を露わにするやからはいつの時代、どこの世界にも少なからずいるものもん。勇者たちの力を利用して、魔王軍を牽制しつつ、貴族たちの裏切りを防止、無理やりにでも国をまとめ上げる為にマレッサピエーの王ここにありーって国内外に喧伝する必要があったんだもん、まぁお前の叔父のせいで全部パーになったもんけど』
「……それなら最初からちゃんと説明してくれていれば」
『国威掲揚の為に魔王軍と死ぬかもしれない戦いに身を投じてくれ、と言われて素直に分かったと言えたかもん? あの時召喚された人間たちの中で戦争経験者は二、三人くらいだったもん。見ず知らずの国、見ず知らずの人たちの為に召喚直後に魔王軍と殺し、殺されるの戦いに挑める覚悟のある人間なんて普通存在しないもん』
マレッサの言葉に俺は黙るしかなかった。
確かにそういう事情があるならと理解は出来る、出来るが納得は出来ないし許せるはずもない。
マレッサはそれでいいと静かに言った。
自分の国の為に死んでくれ、と言われて二つ返事で返せるやつはまずいないだろう。
俺だってまず断る。
勇者だなんだと持ち上げられても、実感なんてわかないし、そんな力もないのだから。
「しかし、アレだな。マレッサピエーはマレッサが守護してる国なんだろ? マレッサ自身が魔王軍と戦って国民を守るとかしないのか?」
『基本的に神は神域の存在もん。地上への干渉は滅多にしないもん。魔王軍と人類の戦争であっても、あくまで地上種同士のいざこざでしかないんだもん。自分の守護する国が滅びそうだからって何度も神権を行使してたらキリがないもん。最悪、守護してる神同士の殺し合いなりかねないもん。そっちの方が神域にも地上にも悪影響が及ぶもん』
神様も色々大変なんだなと思いながら、なぜマレッサは地上に不干渉だと言いつつ自分の本体を分割した分神体なんか作ってまで俺たちを助けたのかと考えたが、デイジー叔父さんに脅さ――協力を要請されたって言ってたな。
デイジー叔父さん、神様を脅すのはさすがにちょっと……。
もう一度マレッサに土下座でもしようかと思案したが、ふと自分が置かれている状況に気づく。
「助けてもらってアレなんだけど、ここは一体どこなんだ? 原っぱ、というより荒野って感じだが」
『魔王国サタナスコルだもん』
「……ハイ?」
『耳が遠いもんねぇ、だから魔王国サタナスコルだもん』
どうやら聞き間違いではないようだ。
今の俺の現在地は魔王国サタナスコル。
つまり、だ。
俺を召喚したマレッサピエーと戦争を行っているという魔王軍の大元の国に俺はいる事になる。
焦る俺を尻目にマレッサは更に続けた。
『ちなみに、わっちがお前を助ける為に風と草の魔法を使ったもんから、魔王軍に魔力検知されて、ここらにお前がいる事は把握されてるはずもん。今、魔王国の守護神パルカがわっちの本体にめっちゃ文句言ってきてるもん。神権を使って勇者を移動させるのはズルいって小うるさいもん、ある意味貰い事故もん、わっち悪くないもん』
すでに俺とマレッサの存在はサタナスコルの守護神にはバレているらしい、地上へは不干渉ってマレッサの言葉からそのパルカって神様が俺自身に何かをしてくる可能性は低いとは思うが。
とりあえず俺は少し離れた所に見える森っぽい場所へ向かって走りだした。
森の中ならしばらく身を隠す事が出来るはずだ、なんとか時間を稼げばいずれデイジー叔父さんが助けに来てくれる――はず。
あぁ、希望的観測だとは分かっているが、今はデイジー叔父さんに期待するしかない。
「あーマレッサ。マレッサの魔力をその、魔王軍が検知していたとして、ここまで来るのにどのくらい時間がかかるんだ? というか、そういうヤバめな事はもっと早く教えてくれ!」
『あー、魔王軍はお前の事は検知しててもここにはたぶん来ないもん。次からはまぁ考慮してやるもん』
「どういう事だ?」
マレッサの言葉に頭の中で疑問符が浮かんだ。
走る俺の頭の上をぷかぷかと浮かぶマレッサ、どうやら俺についてきてくれるようだ。
こんな状況なせいか、少しだけホッとしている自分がいるのに気付く。
『ここらへんの荒れ地はオークカイザーの縄張りもん。ぶっちゃけ魔王軍すら戦闘を避けるSランク越えの魔物もん、ちなみにー』
ランク付けでSとか言われてもよく分からないが、軍隊が戦闘を避けるってどんだけのものなんだ?
オークカイザー、名前からしてとんでもない魔物な気がする。
出会う前にデイジー叔父さんが助けに来てくれたらいいんだが。
『この荒れ地は別名オークの胃袋もん。中心の森がオークカイザーの住処もん』
「は?」
もう森が目の前だというのにマレッサはそんな事をあっけらかんと言った。
どうしよう、今からでも引き返そうかという思いが脳裏をよぎる。
しかし、もう遅かったようだ。
『今度はちゃんと先に言うもん。ほら、あいつが件のオークカイザーだもん』
「あぁ、あの五メートルくらいありそうな緑色の肌をしたでっかい鷲鼻で禿げ頭の大男だろ。がっつり見えてる」
デイジー叔父さんよりも更に巨大、木と同じくらいのでかさの少し小太り気味な大男が自分と同じくらいの大きさの剣、剣と言ってもほぼ金属の塊にしか見えないが。
そんな巨大な剣を片手に、オークカイザーは腹をボリボリとかいて俺をジッと見ていた。
牙の生えた口からは涎がダラダラと垂れている。
これは実にヤバイ。
何故かオークカイザーに恐怖を感じていない様子のマレッサは相変わらず俺の頭の上でプカプカと浮いている。
ほとんどの神力を使ったとか言っていたマレッサに頼った所でどうにか出来る相手ではないだろう。
とは言え、ほんの数メートル先にいるオークカイザーから今更逃げ切れるとも思えない訳で。
さて、どうしたものか。
「あー、話し合おう。話せばわかる」
俺はそう言うので精一杯だった。