44・夢から覚めたらって話
気付くと目の前には青空が広がっていた。
さっきまでいた空間とは明らかに空気が違う。
どこか朧げだった頭がすっきりしている感覚を覚え、寝ていた体を起こして周囲を確認する。
カマッセ・パピーやチューニーの人たちが簡素な椅子に腰かけ、木箱を机代わりにして何かカードゲームの様な事をしているのが見えた。
御者の人は馬に餌を与えたり水を与えたりとお世話をしている。
姿は見えないが、恐らくカネーガや商人の人たちは簡易テントの中で休んでいるのだろう。
そこで気付く、デイジー叔父さんやマレッサ、パルカの姿が見えない。
ナルカもだ。
一体どこに行ったのだろうか。
「まさか、さっきまでのが全部夢とか無いよな……」
「そんな事ないわよぉん。緋色ちゃんは死の加護と死の呪いが共鳴して引っ張られた事で狭間の世界に来ていたでしょ? ナルカちゃんが死の呪いから死の精霊に転生した事でそのつながりが消えて、目覚めと共に緋色ちゃんの精神が一足先に現実世界に戻ってきたって訳よぉん。よいしょっと」
そう言いながらデイジー叔父さんが閉まっている自動ドアを無理矢理開けるみたいな感じで空間を押し広げて現れた。
デイジー叔父さんが開いた空間の穴からマレッサとパルカも出てきたが、ナルカの姿はない。
「マレッサ、パルカ、ナルカはどうしたんだ? 死の精霊になったんじゃあないのか?」
『ん、その通りもん。死の呪いから死の精霊に生まれ変わったもんよ、ほら』
マレッサがそう言ってパルカを指さす。
パルカは真っ黒な玉を魔法か何かで浮かべていた。
『人間、アンタが持ってなさい。オリジナルカースとの繋がりをデイジーちゃんが壊したからすんなり死の精霊に転生させる事ができたわ。死の呪いとしての外殻を根こそぎ剥がして、アンタの信仰からくる神力で補填したから、アンタが持ってた方が孵るのが早いわ。大事にすることね』
パルカが俺の手に真っ黒な玉を優しく落とす。
それを慎重に受け取り、落とさないように掌で包み込む。
真っ黒な玉からトクントクンと小さいながらもしっかりとした鼓動を感じた。
「つまり、これがナルカって事でいいんだよな」
『ええ、そうよ。その精霊の卵には私様の妹であり娘、死の精霊のナルカが宿っているわ。アンタの中に死の呪いだったナルカの残滓がわずかに残ってるから、繋がりは十分でしょ。きっと生まれ変わってもアンタを覚えてるわ』
どこか疲れた様子のパルカは俺の肩に留まって大きなため息をついた。
『はぁ、ひどく疲れたわ。普通の分神体だったら事を成す前に神力が尽きて消滅してたでしょうね。大いにねぎらいなさいよね。まぁ、アンタの尽力もあったからこそナルカは死の精霊に転生できた、その部分は少しくらいなら誇ってもいいわよ』
パルカはそう言うが、俺は何もしてないも同然だ。
「いや、マレッサとパルカ、デイジー叔父さんのおかげだ。俺は大した事してないよ、褒めてただけだし。無理言って悪かった、本当にありがとう」
俺は改めてマレッサ、パルカ、デイジー叔父さんの三人に頭を下げた。
精霊の卵を布袋に入れ、保護魔法をマレッサにかけてもらった上で懐にしまう。
マレッサの保護魔法の効果で多少の事では傷一つつかないそうだ。
馬休憩も終わり、簡易テントや餌桶などの道具を片付け、商隊はセルバブラッソへと向かう。
なんとも長い夢を見ていた気分だ、たった一時間程度の休憩だったとは思えない。
眠気はすっかり消えていたが少し気になる事が残っていた。
「そういえば、なんだけど。結局ナルカはあの写真から漏れ出た原初の呪いの模造体、複製が自我に目覚めた存在、だったんだよな?」
『そうもんよ。その認識で問題ないもん』
『写真に写っていた原初の呪い、オリジナルカースが込められた黒い箱、封印されていたとはいえ、その影響力は計り知れないわ。ナルカはあの写真から滲み出た死の呪いが自我を持った存在。そんな事、オリジナルカースほどの強力な呪いじゃないとまず起きないわ』
「滅多に起きない事が起きた、ナルカが生まれたのはそれで納得できた。そこは別にそんなに気にしてないんだ。俺が気になるのはそのオリジナルの方だ。二個封印されてた可能性があるんだろ、その原初の呪いって。神様でも触れたらヤバイ程の物を誰が、どうやって、どこに持っていったのか。あの写真にしても何の為に撮ったのか、なんで撮った写真がここにあるのか、とか気になってしかたないんだ』
俺の問いかけにマレッサもパルカも、うーむと唸るばかりで明確な答えは聞けなかった。
神様にも分からない事はあるようだ。
勇者特権の可能性もあるが、下手をしたら神以上の存在も考えないといけないのかもしれない。
デイジー叔父さんより強い存在がいたりするんだろうか……想像するに恐ろしい。
デイジー叔父さん以上の存在が悪意をもって暴れまわったとしたら、この世界はきっとタダじゃあ済まないだろう。
そんな相手がいない事を願うばかりだ。
あぁ、そうだ、写真と言えば。
「あともう一つ、あの写真ってナルカがいなくなった事で何か変化とかあったのか?」
『あの写真自体に変化はないもん。パルカなら微妙な差異に気付いててもおかしくないもん。そこの所どうもん?』
『ナルカという核がいなくなった事で、残ってる呪いのカスを吐き出してるだけの呪物になってるわよ。デイジーちゃんが原初の呪いとの繋がりを壊した以上、あの写真には死の呪いとしての力は残ってないわ。人間も視線とか嫌な感じはもう感じないでしょ? そのうち、微かに残った呪いの残滓も霧散してただの絵に成り下がるでしょうね』
なるほど、あの絵にはもう危険はないと思っていいのか。
確かに、もう視線を感じない。
俺が死の予感を察知してない以上、俺が死に至るなにかは近くにないと思っていいようだ。
安心して俺は荷馬車の護衛を続ける。
日が傾き、辺りが暗くなり始めた頃、商隊は大きな石造りの城門をくぐり、セルバブラッソ大森林神殿に到着した。
城壁の中にはセルバブラッソ大森林神殿を中心にいくつかの建物がたっている。
セルバブラッソ大森林神殿はかなり大きく、TVで見たパルテノン神殿に似た印象を受けたが、それよりも大きいかもしれない。
ただ、大きな違いとして屋根を支える多くの柱は大木の形に掘られており、屋根の上を見ると青々と茂る木々が多く植えられていた。
大理石の様な石と植物の緑が調和していて、なんとも美しい。
そして神殿の入り口には大きな像が入り口前を見張るように立っていた。
どちらも体は人間なのだが、片方はジャガーの様な顔をしており、もう片方は蜘蛛の様な顔をしている。
マレッサが言うにはこの一対の像はセルバを守る守護精霊を象った物らしい。
近くで見るとなかなかの圧迫感があり、今にも動きだしそうなリアルさに圧倒されていると、カマッセ・パピーのリーダーであるハーゲンがやってきた。
「ヒイロ君、カネーガさんが神殿長に挨拶をしに行ってるから、その間に宿の厩舎に馬車を移動させるぞ。あぁ、あと注意事項として、この大森林神殿は森の外であり、人間の領域の施設だ、亜人種は滅多に来ないが、全く来ない訳じゃあない。もし見かけても面倒事には巻き込まれないよう近づかないほうがいい。特にドワーフとエルフには気を付けろ、あいつらは仲が悪いからな、すぐ喧嘩を始めるんだ」
「はい、わかりました。気を付けておきます」
「おう、いい返事だ。あと、そうだな、ここは大森林神殿を中心にした比較的小さな宿場町の様なものだ。ここまで来るとほぼセルバブラッソの領域と言っていい。セルバの神使であるチュンチュン虫や大型の魔獣ハグワルには手を出さないようにな。セルバの不興を買う事になる、それはつまり、セルバブラッソの連中と敵対する事を意味する。これは本当に気を付けてくれ、君だけじゃなく我々も危険にする行為だ、本当に、本当に気を付けてくれ」
「は、はい」
チュンチュン虫は分かるが大型の魔獣ハグワルってどんな奴なんだ?
たぶん、さっきの大きな像の蜘蛛の方がチュンチュン虫でジャガーの方がハグワルを現しているのだろう。
まぁ、チュンチュン虫はともかくジャガーみたいな顔のハグワルって魔獣に手を出すなんて事は万が一にもない。
そんな恐ろしい事してたまるかって話だ。
馬車を厩舎に移動させた頃にはすっかり日も落ちて、夜になっていた。




