42・愛に不可能はないって話
「う……人間さんの背中からなんかめっちゃ濃い顔のおねぇが出てきた気がする」
「あらぁん、お目覚めかしらぁん? 目覚めのアッサムティーはいかがぁん?」
「ぎゃああああああああ!! でたぁああああああ!!」
目覚めたナルカはデイジー叔父さんのどアップの顔を見て、再度気絶した。
「あらやだ、アッサムよりダージリンの方が良かったのかしらぁん?」
「デイジー叔父さん、たぶん違う」
次また同じ事が起きないようにデイジー叔父さんには少し離れてもらう事にした。
数分後、ナルカが再び目を覚ました。
「うう……なんかすごく怖い思いをしたような、頭が痛くて思い出せない……」
うーむ、デイジー叔父さんがトラウマになったのか、記憶が飛んでしまっているようだ。
「おはよう、ナルカ。大丈夫か?」
「あ、おはようございます、人間さん。ちょっと変な夢を……って!?」
俺に気付いたナルカは起き上がろうとして、自分の身体に光の鎖が巻き付いているのに気付き、フワフワと浮いているマレッサと俺の肩に留まっているパルカを見て、自嘲気味に笑った。
「きひ、あちし程度にこんなご大層な神位の束縛魔法とは、恐れ入りますねぇ。そんなにその人間さんが大事ですか? どう見てもただの人間でしかないその人が」
『煽ってるつもりもん? お前、状況わかってるもん?』
『変な動きをしたら、その瞬間に死なすわ』
ナルカに巻き付いている光の鎖がミシミシと音をたて、締め付けを強めたのが分かった。
ナルカは一瞬顔をしかめ、すぐさま平静さを装う。
「マレッサ、パルカ、そんなに脅さなくてもいいだろ。ナルカも変に二人を挑発しないでくれ。本当はその光の鎖もいらないって言ったんだが、二人がどうしても納得してくれなくてな、悪いちょっと我慢してくれ」
「なんであちしを生かしてるんですか人間さん、あちしは下手したら貴方の精神や魂を壊す所だったんですよ? ただそこに居るだけで死をまき散らす呪いですよ、あちしは」
「そうかもしれないが、そうなってないんだからいいよ、別に」
「は? 人間さん貴方バカですか? 今、貴方が生きてるのは結果論でしかないんですよ、分かってます?」
心底呆れたという顔を浮かべるナルカ。
その顔には諦めの感情が滲んでいる。
「それとなんなんです、そのナルカって? もしかしてあちしの事だったりします?」
「あぁ、オリジナルカースじゃちょっと長ったらしいからな、そう呼ぶ事にした」
「きひひひ、呪いの複製に名前を付けるだなんて、人間さんはほんとぉにバカだなぁ。なんでそんな無駄な事をするの? あちしは生まれたばかりの呪いそのもので、生き物ですらないんだよ人間さん?」
「それでも、ナルカはそこに居るんだろ?」
「は?」
「こうやって会話が出来てるんだし、ナルカが呪いとかその複製だとか、そんな細かい事は横に置いてお互い仲良くしよう。その方が有意義だろう?」
何を言っているのか分からない、という風にナルカは首を横に振り、マレッサとパルカに目を移す。
「この人間さんなんなんですか? 貴女方の信徒なんでしょこの人、どういう教育してるんです? あちしなんてさっさと殺した方がいいって言わなかったんですか?」
『教育も何もヒイロは異世界の人間もん、こちらの世界とは考え方に齟齬があるもん。あと、お前を殺せって意見は言ったし、今もそう思ってるもん』
『でもね、この人間が、ただそこに居るだけで死ななきゃいけないなんて悲しい、何て言うものだから、手を貸す事にしたのよ。感謝なさいナルカ』
パキンッと音がしてナルカに巻き付いていた光の鎖が壊れて消えていった。
そして、戸惑うナルカに俺は手を伸ばす。
「ナルカ、死にたくない、消えたくないって言ったよな。だから俺の中に住ませてほしいって言ったよな。それでナルカが死ななくて済むなら、消えなくて済むなら俺は喜んでお前を受け入れる。もう神様が二人も側にいるんだ、呪いの一つや二つ、へっちゃらだ」
「きひひ、くっさいセリフですね。そんなんであちしの心が動くとでも思ってんですか人間さん?」
ケラケラと笑いながら、ナルカが痛い所を突いて来る。
やめろ、結構恥ずかしいんだぞ、指摘をしないでくれ。
赤面する俺を見て、ナルカは更に涙が出るほどに大笑いした。
「きひひひひひ、あーお腹痛い。そこの二柱の神が人間さんに惹かれてるのもなんとなく分かりました。こんな人間いるんだなぁ。まぁ、いいですよ、あちしの為にこっぱずかしいセリフを堂々と言ってのけた人間さんの度胸に免じてに折れてあげます」
ナルカは涙を軽くぬぐいながら、俺の手をとった。
その顔はどこか晴れやかだった。
「言っときますけど、あちしを受け入れたらホントに精神崩壊するどころか死ぬ可能性もありますからね? 原初の呪い、生を完全否定する死の具現たる呪いは伊達じゃあないんですよ?」
「おう、俺はただの無力な人間だが、マレッサがいるパルカもいる、デイジー叔父さんだっている。みんなの力を借りれば、何だってできるさ。なんたって愛のパゥワーに不可能はないんだからな」
そう言った俺にマレッサとパルカは噴き出して笑った。
おうおう、笑え笑え、笑い終わったら力を貸してくれよ。
「うんうん、これも一つの愛の形ってやつねぇん。素敵だわぁん。じゃあ、この陰気臭い場所の模様替えからしましょ」
デイジー叔父さんがパシンと軽く手を叩くと、真っ暗でスポットライトくらいしかなかった光の無かった世界にヒビが入る。
「さて、いつまでナルカちゃんにしがみついてるのかしらぁん? ナルカちゃんはもう一人で歩ける立派な子よぉん。何千年、何万年、もっと長い時間すがって奪って澱んでいった死の底なし沼、もう人格なんて当に摩耗しきって、虚無になってる最初の貴方に言うのも酷なのだけれど、それでもあえて言うわぁん」
デイジー叔父さんがナルカの後方に向かって、話しかける。
その方向に目を向けても何も見えなかったが、デイジー叔父さんには何かが見えているようだ。
そして、デイジー叔父さんはグググッと大きく拳を振りかぶりヌンっと力を籠め始める。
ミシミシと骨と肉がきしむ音と共に拳の周りの空間がグニャリと歪む。
「自分の足で立って歩きなさいな。そうやって成長していくのよぉん、人も神様も世界もねぇん」
そう言って、デイジー叔父さんは何も見えない空間目がけて拳を放つ。
音すら置き去りにしたその拳が真っ暗な空間を突き破り、粉々に粉砕する。
粉砕された空間の欠片が塵と消え、空間全てが真っ白な光で満たされていく。
あまりの眩さに俺は目をしかめ、離れないようにとナルカの手を強く握った。
「きひひ、凄い人だね、人間さんの叔父さんって。あちしと原初の呪いの繋がりを壊しちゃったよ。それじゃ、これからあちしを、ナルカをよろしくね」
「おう、任せとけ」