40・理由があることは理解するよって話
何なんだこの光景は。
周りも真っ暗でよく分からないし、なぜかマレッサとパルカは小さい子供をイジメてるし、訳がわからない。
ただ、気になる事も言っていた。
呪いをひっこめろだの、オリジナルカースだの、コピーだのどういう事だ?
「やめてよー、あちしだって呪いたくて呪ってるんじゃないんだよー!! もうあの子を見るのはやめるからさー!! ぎゃんッ!! 痛いー!!」
『まだ呪いがはみ出てんのよ、ちゃんとしまいなさいよ!! あの人間はひ弱なんだから、もっと抑え込みなさいよ!!』
『そうだもん、ヒイロはよわよわなんだもん!! もっともっと呪いを弱めるもん!! 早くしないと、わっちのチョップを食らわすもんよ!! オラァ、マレッサチョップ!!』
「いたーーーーい!! 尻が二つに割れたーーー!!」
いや、尻は元々二つに割れてるだろ。
冗談はさておき、そろそろ止めた方がいいかもしれない。
マレッサとパルカにぺちぺちツンツンされてるあの子、見ててちょっと可哀想になってきた。
「マレッサ、パルカ。そろそろやめてあげたらどうだ? 理由はよくわからないけど、いじめはよくないぞ」
俺がマレッサとパルカに声をかけると、その場に居た三人はびっくりした様子で俺の方を見た。
『なんでここにヒイロがいるもん!? ここはあっちとこっちの境目、位相のズレた異空間もんよ!?』
『あ――』
『……パルカ、また何かやらかしたかもん?』
『な、なにもしてないわよ!! ……まったくの無関係って訳でもないけど』
『……あ、死の呪いとお前の死の加護が共鳴したせいで、寝てるヒイロの精神がこっちに引っ張られたもんね。やっぱりお前のせいじゃないかもん!!』
『うっさいわね!! まさか、死の呪いとかちあうだなんて思わなかったのよ!! こんな所にいる死の呪いが悪いのよ!!』
言い合いをしているマレッサとパルカから逃げ出し、髪の長い子供が俺の背中に隠れる。
「助けて人間さん、この神の分神体どもさっきから酷いんです!! あちしが人間さんが気になって死の呪いをちょっと飛ばした程度でお尻叩いたり、くちばしで頭のつむじの所をツンツンするんです!!」
「……何と言っていいのか」
死の呪いを飛ばした、つまりこの小さな子供が俺を見ていた物の正体って事なのか?
写真に撮られてたあの黒い箱の擬人化、みたいな物か?
うーむ、よく分からん。
『あ、お前ヒイロから離れるもん!! ヒイロ、そいつはオリジナルカースっていうこの世に最初に生まれ落ちた人間の呪いそのものもん!! 早く離れないと死ぬもんよ!!』
『そうよそうよ!! 早く離れなさいよ!! 人間にくっついてんじゃないわよアンタ!!』
ギャーギャーと騒ぐ二人におびえ、オリジナルカースと呼ばれた子供は俺の服をぎゅっと掴んでいる。
「んー、とりあえず話し合おう。ここは夢の中みたいなもんなんだろ? 時間は多少あるだろうし、ちょっと俺に説明を頼むよ、双方のね」
俺はそう言ってオリジナルカースの頭を軽く撫でた。
撫でられた事に驚いたのか、オリジナルカースはくりくりとした黒い眼で俺の顔をジッと見ていた。
「人間さん……ロリコンなの?」
「なんでそうなる!?」
「だって、いきなりあちしの頭撫でるし、そんな事するのロリコンくらいでしょ?」
「偏見にまみれ過ぎだ!! 断じて俺はそういうんじゃあない!!」
何だこの子、いきなり俺をロリコン扱いとは。
誰だ、こんな小さい子にそんな言葉を教えたのは。
『馬鹿な事言うんじゃあないもんよ!! ヒイロが幼女趣味な訳ないもん!! ヒイロはわっちの体に夢中なんだもん!! 前に寝てるわっちのこの魅惑のフワフワボディを鷲掴みにしてきたもんよ!!』
「事態をややこしくするなマレッサ!! あれは事故だって謝っただろ!!」
マレッサまで変な事を言い出した。
あれは事故だと言う事で決着したじゃないか、蒸し返さないでほしい。
「あの毛玉に欲情するとか、人間さんちょっとヤバくない? せめて人型にした方がいいよ?」
「だからぁ、違うんだって、事故なんだって!! 信じてくれ!!」
『私様はそんな人間でも見守ってあげるわよ、安心なさい』
「パルカ、そんな優しい眼で俺を見るな!! なんか傷つく!!」
ちくしょう、誰も俺を信じてくれない。
ちょっと泣くぞこのやろう。
その時、グニャリと目の前がゆがんだ。
「ん、なん……だ?」
「きひ、こんな簡単に心を揺らしちゃあダメですよ、人間さん? ほら、精神がたわんで隙間だらけになってる」
ぞぶり、とオリジナルカースの手が俺の背中に入り込んできた。
オリジナルカースは張り付けた様な笑顔を浮かべて、ケラケラと笑う。
『ヒイロ!! お前、何してるもん!!』
『オリジナルカースの模造品風情がッ!! この場で死――」
「きひひ、いいの? 今あちしを殺したら、あちしと繋がってる人間さんもただじゃあ済まないですよ? まぁ、しょせんあちしはコピーでしかないですし、たまさか自我を得ただけの呪いのカスですし、いつ消えさってもおかしくはないですよ? さっきまではねぇ、きひひひひ」
オリジナルカースの手がどんどん俺の中に入り込んでくるのが分かった。
暗く冷たい感覚、精神が底なし沼に沈んでいくような漠然とした不安に襲われる。
「な、なんで、こんな――」
「何で? 決まってるでしょ、死にたくないんですよ、消えたくないんですよあちしは。一番精神が柔くゆるい人間さんなら、こんなあちしにでも心を傾けてくれると思ったんですよ。商品として荷馬車に積み込まれる時に人間さんを一目見てそう感じました。なんたって、ほっといたら自然に還るはずの神の分神体を自分に紐付けて生かしてるようなお人好し、しかも一柱は死の神パルカの分神体、あちしと親和性があると思って、ずっとアプローチをしてた甲斐がありましたよ。いやぁ、人間さんがここに来てくれてよかった、下手したらそこの神様たちに消される所でしたからねぇ」
死にたくない、消えたくないと俺に死の呪いを、視線を送っていたと、そういう事か。
死にたくないって気持ちはよく分かる。
俺だって死にたくない、生きて元の世界に帰りたい。
だから、当然のように抵抗をする。
「おっと、無駄な抵抗はやめてくださいよ人間さん。今の状態ならいつでも人間さんの精神を壊せるんですから。ちょっとあちしを人間さんの魂に住まわせてほしいだけなんです。まぁ、その結果人間さんの精神がちょっと壊れちゃうかもしれませんけど」
俺の思考を読んだのか、オリジナルカースが無駄な抵抗はやめろと脅してきた。
だが、それでも。
「精神が壊れるのは困るなぁ。健全に生きていたいんだよ俺は。だから、助けを呼ぶよ」
「助け? そこの神様たちは人間さんを人質に取られてる以上、手出しは出来ませんよ? 思ってた以上に人間さんを気に入ってるみたいですからね、きひひ」
「知らないのかオリジナルカース? あー、なんとも名前が言いづらいな、オリジナルカースだから、真ん中をとってナルカって呼ばせてもらうぞ。ナルカ、愛のパゥワーは凄いんだぜ?」
俺はそう言って、あらんかぎりの声を張り上げて、助けを呼んだ。
「デイジー叔父さん、助けてくれーーー!!」
「無駄なあがきをしないでください人間さん、もっと深くまであちしを受け入れてもらいますよ!!」
更にナルカが俺の中に入ってこようとした刹那。
「あらぁん、そんなおいたはしちゃだめよぉん」
デイジー叔父さんが俺の中から顔を出してナルカを嗜めた。
『『「「なんでそんなところから!?」」』』
俺とナルカ、マレッサとパルカの叫びが一致した瞬間だった。




