4・謝意はきちんと示すべきって話
俺は今、空を飛んでいる。
飛んでいるというか落ちている。
何故こうなっているのか、いまいち覚えていない。
かなりピンチだ、うん、やばい。
どんどん地面が近づいてくる。
何故こうなったかは今は脇に置いて、なんとかしないとあと数秒後に地面に激突してしまう。
何かないか、この状況をどうにかできる方法――
「うん、ないわーーー!! どうしろって言うんだちくしょーッ!!」
無理だろ、もう地面が目の前、死ぬ――ッ
こういう時は走馬灯が定番だろうに、そんなものを見る暇もないまま死ぬのか、俺は――
『み、見つけたもーーーんッ!!』
地面にぶつかる刹那、頭の中に女性の声が響き、ブワァッと突風が巻き起こった。
その突風は俺の身体を一気に地面から引き離し、ぴたりと止んだ。
「た、助かった……のか――ぶぎゃッ!?」
空中で静止しているかのような浮遊感を感じた後、そのまま俺は重力に引っ張られ草むらに突っ込んだ。
顔面からの落下ではあったが下が草で助かった、硬い地面だったら鼻の骨くらい折れていたかもしれない。
「いてぇ……、でも死んでない、なんでだ? 女の人の声が聞こえたと思ったら、急に風が吹いて、そのおかげで――」
そこまで言ってから、俺は目の前にプカプカと浮かぶ小さな光の球に気づく。
心なしかその光の球がゼーハーと荒い息を吐いている。
『あー良かったもん、間に合って……。間に合わなかったらあの筋肉お化けに何されるか分かったもんじゃないもん』
「光る毛玉が喋ってる」
『誰が光る毛玉じゃボケぇッ!! こちとら膨大な神力のほとんど使い果たしてこんな姿になってまで全員、助けてやったんぞ!? ちったぁ感謝しろもんッ!!』
「うわ、柄が悪い。――ん? えっと、あんた……あなたが俺を助けてくれたのか? 誰かは分からないけど、ありがとう助かったよ。命の恩人だ、本当に感謝してる」
よくわからないが、この光る毛玉が俺を助けてくれたらしい。
とりあえず感謝の意を述べて頭を下げた。
『今、柄悪いって言った?? ま、まぁ、いいもん、人間。その感謝の態度で多少留飲は下がったもん。神族であるわっちに対しての不敬は本来許される事ではないもんけど、今回は特別に許すもん』
「俺は皆野 緋色。けだ――あなたの名前を聞いてもいいか? 命の恩人をあんただのあなただの呼ぶのもなんだから」
『今、毛玉って言おうとしたもん? いまいち信心が足りてないもんねぇ……。まぁ、いいもん。わっちこそ風の神プラテリアに連なる草の女神マレッサだもん、よーく覚えておくといいもん』
マレッサ? どこかで聞いたような……。
「草ってしょぼいな。ていうかマレッサってオラシオって爺さんがいた国の名前にも入ってたな」
『お前、命の恩人だなんだ言いながら、なんでそう自然に煽りやがるもん? ぶちのめすもんよ? ゲフン、マレッサピエーはわっちを守護神として祀ってきた国だもん。わっちの名前が国名に入っているのは当然なんだもん。……まぁ、ここまで遠くに離れるとさすがに分神体を維持するのもやっともんけど』
「そうか、マレッサってそんな毛玉みたいな姿なのにすごい女神様なんだな。で、なんでそのマレッサピエーの守護神のマレッサが俺を助けてくれたんだ? 全員助けた、とか筋肉お化け――あぁデイジー叔父さんか、がどうとか言ってたけど」
『おらッ女神チョップくらえッおらッ!! 馬鹿にしてんだろもん!! 毛玉言うなもん!! 本体は絶世の美女なんだもん!! むっちむちでバインバインなんだもん!!』
何故かはわからないが唐突にマレッサが怒りだした。
神様ってのは分からないものだ。
このままでは会話もままならない、仕方ないのでご機嫌取りをする事にした。
「いやぁ、ごめんごめん。今のマレッサの見た目が可愛らしかったから、そんなに偉大で凄い女神様だって実感が湧かなかったんだ。つい親しみを込めて軽口を言ってしまったと思うんだたぶん恐らくきっと。それに一国の守護神であるマレッサがそこら辺にいる人間でしかない俺の失言をそこまで気にする必要はないんじゃあないかなー。えっと、それとあれだ、あーきっとマレッサの本体はすごく美人でナイスバディの神々しい姿なんだろーなー」
『――人間、お前』
空気が少しピリッとしたのを感じた。
やっぱりダメか、こんな分かりやすいヨイショではさすがに神様のご機嫌なんて――
『よく分かってるもん!! 矮小な人間の分際でわっちの事をよくぞそこまで理解したもん!! 褒めて遣わすもん!! いやーやっぱ溢れ出る女神力ってのはこんなちゃっちい分神体からでもわかっちゃうもんよねー!!」
「うわ、何この女神、超チョロいんですけど、チョロ女神じゃねぇか」
『ん? 今なにか言ったもん?』
「マレッサ ハ スゴク イダイナ メガミサマ。マレッサ イズ ナンバーワン」
『うっひょー、そんなに褒めてもなんにもでないもんよ!!』
なんだこの女神様、今までよく国の守護神とか出来てたな、いっそ心配になる。
とりあえず、マレッサの機嫌は上々になったようだ。
今なら質問にちゃんと答えてくれるだろう。
「それでマレッサ。さっき聞いた事なんだけど」
『うひょひょひょ――ん? さっき聞いた事? あー、あぁそうもんね。説明しないと訳分からないもんね。まずヒイロ、お前なんでここまで飛んできたか覚えてるもん?』
マレッサの言葉に俺は少し考えこむ。
そうだ、さっきは死の危機に直面していたから後回しにしたが、何で俺は空を飛んでいたんだろう。
記憶を辿る、確かデイジー叔父さんが光ってる鎖を一気に引きちぎって、それから――。
ダメだ、そこからちょっと記憶にノイズが走る。
デイジー叔父さんが鎖を引きちぎった後に何かが起こったのだろうが、いったい何が起きたのかが分からない。
「デイジー叔父さんが自分に巻き付いていた光る鎖を引きちぎった所までは覚えてる、そこから先はさっぱり」
『あー、そこからもんか。まぁあれは仕方ないもん。あんなとんでもない魔力の奔流に巻き込まれたら、普通は体が粉々なってもおかしくないもん。魔力を暴走させた次の瞬間には冷静になって、あの場に居た全員にバリアを貼って魔力の奔流から守るとかマジで人間技じゃないもん、あの筋肉お化け……』
マレッサがガクガクと震えているのがなんとなくわかった。
よくは分からないが、その魔力の奔流とやらのせいで俺はここまで吹き飛んできたのだろう。
「そうか、魔力の奔流。一体何でそんなものに巻き込まれるハメになったのか分かるか?」
『お前の叔父のせいだもん』
「――なんて?」
『お前の叔父のせいだもん』
マレッサは一字一句同じ言葉を俺の耳に届けてくれた。
そして俺は天を仰いだ。
なんでだよ、デイジー叔父さん。
あの場はなんかオラシオ爺さんも魔法を解いて、話を聞いてくれる流れだったのに、なんで……。
『あー、それはアレもん。オラシオの坊主がバケモノって言ったせいもん。その言葉にあの筋肉お化けがブチ切れたもん。次元を揺るがす程の膨大な魔力を一気に放出したせいで神々の領域たる神域まで影響がでたもん。その時、あの筋肉お化けと目が合ったのが運の尽きだったもん、今までイタズラとかしてたバチが当たったとガチめに思ったもん……』
マレッサの表情はその毛玉状態では分かる訳もないのだが、ものすごく自嘲気味に笑ってるように感じた。
マレッサは更に言葉を続けた。
バケモノと呼ばれた事にブチ切れたデイジー叔父さんはとんでもない量の魔力を放出し、俺やゴッデス大蝦蟇斎さんたちが召喚されたあの部屋どころか、あの部屋があるお城を半分ほど吹き飛ばしてしまったそうだ。
魔力を放出したその次の瞬間には冷静になり、自分の魔力の奔流の衝撃波に周りの人たちが巻き込まれる前にバリアを張って守り、お城の中や外の街に大きな被害が出ないように衝撃波を相殺。
魔力の奔流の影響で空間が裂け、その裂けた空間の先がたまたまマレッサなどの神々がいる神域に繋がっていたそうで、その裂け目からデイジー叔父さんはマレッサと目が合い、満面の笑みで魔力に思考を乗せた高速思念波をその視線から流し込まれ、現状の理解と協力を強制されたそうだ。
さすがに神だけあって、時間遅滞の神魔法を行使し張られたバリアごと吹き飛んだ人間を助けて回り、俺が最後の一人だったとの事。
「なんというか、叔父さんがごめんなさい」
俺はそれはそれは奇麗な土下座をマレッサに披露するのだった。