36・意思を持つ災害って怖いよねって話
受肉したセルバがいる。
マレッサとパルカはそう言った。
セルバとはセルバブラッソの守護神であり、当たり前だがマレッサやパルカと同じように神様のはずだ。
その神様が受肉、つまり実体化して存在している、という事なのだが果たしてそれは何を意味するのだろう。
マレッサやパルカの今の状態は分神体、本体の分身であり、自分から波長を合わせてくれているおかげで俺にはその姿が見えるし会話も出来ているが、基本的に神様は人間には見えないし、その声が聞こえる事もない。
デイジー叔父さんは普通に見えてるし会話しているが、そこはそれ、デイジー叔父さんなので気にしても無駄だろう。
「その、セルバが受肉してる事と魔王国がセルバブラッソを攻めない事はどういう風につながるんだ?」
『単純に魔王軍が勝てないからもんよ。受肉したセルバは神の力を十全に振るう歩く大災害もん。自分の領域内だけ、という縛りはあるもんけど。まぁ、個としての強さだけなら神の封印を解いた状態のセヴェリーノの方が上もん』
デイジー叔父さんと戦っていたセヴェリーノは神様よりも強かったのか。
いや、そのセヴェリーノに普通に勝ったらしいデイジー叔父さんは一体何なんだって話に……。
しかし、セヴェリーノより弱いというのなら、魔王軍が勝てないと言うのも不思議な話だ。
セヴェリーノが魔王を名乗ってない以上、魔王国で一番強いはずの現在の魔王がそのセルバに負けるとは思えない。
「それなら、魔王軍が全力でかかればなんとかなったりするんじゃないのか? さすがに魔王はセヴェリーノより強いんだろうし」
俺の言葉にパルカが首を横に振る。
『個としての強さと神としての強さはまた違うものよ。個としての強さならセヴェリーノはこの世界でも最上位に位置しているわ。魔王ともいい勝負出来るかもしれないわね。それでも魔王だろうとセヴェリーノだろうと、セルバには勝てないのよ。何ていえばいいのかしら、規模が違うのよ。マレッサが言ったでしょ歩く大災害だって。人間、アンタは台風や地震に勝てる?』
台風や地震のような自然災害に対して勝つとか負けるって考え方はどうもしっくりこない。
台風に勝つ、台風を消し飛ばすならミサイルとかぶち込んでその爆発で、と思ったが台風は小型でも半径百キロ圏内が暴風域で強風域を含めるならそれよりはるかに広い。
それらをまとめて消し飛ばす威力のミサイル、残念ながら俺には想像もできない。
地震に関しては地震を起こす岩盤を削るとか、そんな到底不可能な事しか思いつかない。
「不可能だろうな。だいたい自然災害に勝つとか負けるっていう考え方自体に意味がないじゃないか。相手は生きてる訳でもないんだし、倒して終わり、なんてものでもないんだから」
『そう言う事よ。意思ある大災害、神という存在はそういうモノなの。セヴェリーノの場合はセヴェリーノという人の枠に留まっていたからこそ、あの程度で済んだけど、まぁ、十分おかしい強さだったけど。人の形を以て戦う以上は勝ち負けの概念が存在する訳よ』
「それはつまり、セルバは人の形をしてないって事か? 受肉したと言ってたからてっきり人の形をしているもんだとばかり」
『人の形をとる事も出来るもんけど、その実体はセルバブラッソそのものもん。セルバブラッソの国土全てがセルバという神の体もん。セルバは元々、大地母神グレート・ビッグマザーの分神体だったもん。それが眷属神にまで成長したのが今のセルバもん。自らの民を守護るという意思が強すぎて、守護領域と一体化しちゃったもん。そこまでいくと神の中でも例外中の例外、ヤベー神扱いもん』
マレッサとパルカの話を聞いて、セルバブラッソが末恐ろしい場所に思えてきた。
国のすべてが神そのもの、神の体に住んでるみたいな感じか。
うーむ、悪い事できないよな、それ。
いや、悪い事とかしないけど。
「あ、エルフとドワーフが三百年も戦争っぽい事してるんだろ? それはセルバ的にはどうなんだ?」
確か、セルバブラッソは多種族国家、人間だけでなくエルフにドワーフ、他にも色んな種族が住んでいると聞いた。
セルバブラッソが神そのものなら、そんな戦争すぐに辞めさせるんじゃないだろうか。
『セルバにとってはそれすら愛する子供たちのじゃれ合い程度の認識だと思うもん。三百年なんて神にとっては大した時間じゃないもんからね。たぶんどっちも被害はほとんど出てないと思うもん、セルバが癒してるはずもんから』
うーむ、三百年にわたる戦争をじゃれ合いかぁ、改めて神様って凄い感覚してるなぁ。
『ちなみに、セルバがセルバブラッソそのものっていう話はほとんどの人間は知らないもん。セルバは影からこっそり見守るのが趣味もんからねぇ。この話をペラペラしゃべると奇人変人扱いの上にセルバから目を付けられるかもしれないから、気を付けとくもん』
「これ以上、神様に目を付けられるのもなぁ。マレッサとパルカでもう十分だから、あまり目を付けられないように気を付けるよ」
何故かマレッサとパルカが気持ち悪く笑っているが、俺、何か変な事言ったか?
そんなこんなで二日目の野営予定地に到着、さっそく周辺の索敵やテントと魔物除けの魔法具の設置を護衛チームのみんなでてきぱきと済ませていく。
昨日とやる事は同じ為、それなりに手伝えたと思う。
「緋色ちゃ~ん、お手伝いご苦労さまぁん。カネーガちゃんが護衛チーム全員に話があるそうよぉん」
「うん、わかったよデイジー叔父さん。すぐ行く」
テントの設置を終え、工具類をマジックバッグに収納してからカネーガのテントに向かう。
その途中、荷馬車の横を通った際に、誰かの視線を感じた。
その視線を感じた時、昨日の夜にも同じような感覚に襲われた事を思い出して、つい、視線の正体が気になって目を向けた。
だが、そこには何もいない。
しかし、今も視線は感じている以上、たぶん荷馬車の中なのは確かだろう。
「なぁ、マレッサとパルカ、俺が二人を信仰するにあたって、何か加護的な物ってもらえてるのかな」
『あー、今信仰してもらえたらおまけで加護あげるーみたいにお手軽に授けられるものじゃないもんよ、加護舐めすぎもん』
「そっか、神様の加護だもんなぁ。普通はそうだよな」
マレッサが何言ってんだコイツみたいなノリで俺の言葉を否定したので、まぁ、そうだよな、普通ちょっと凄い信仰されたからってほいほい加護なんて授けないよなと納得する。
だとしたら、何故俺は何かの視線や意識、なんて物をはっきりと感じ取れているのだろう。
ふと、そっぽを向いているパルカが目に入る。
「どうしたパルカ?」
『……』
俺が声をかけても、何故かパルカが黙りこくって顔を背けたままだ。
『お前、まさか……授けたもん?』
『も、黙秘するわ』
だから、それってもうやっちゃったって言ってるのと同じだぞパルカ。
マレッサが『鑑定』と呆れた様子で言いながら、俺に指の先を向けた。
俺の顔の前に魔法陣が展開され、マレッサはそれを軽く指でなぞる。
『うわ、パルカの加護がっつり授かってるもん。死の神の加護とかまた物騒な物をよくもまぁただの人間に授けたもんねぇ』
『う、うるさいわね!! そこはちゃんと考慮して弱めの加護にしてるわよ!! 死の予感を察知できる程度だから、いいでしょ!! この人間、いつ死んでもおかしくないくらい、ひ弱なんだもの!!』
『かー、すーぐ甘やかす、ちょっとがっつり信仰されたくらいで黙って加護を授けるとか、お前チョロ過ぎもんよ。神としての威厳は無いもんか?』
マレッサも人の事は言えないと思うのだが……。
ん? 死の予感を察知できる程度…‥?
あー、つまりそれって。
血の気が引く、という感覚を初めて実感し、俺はその場をダッシュで離れた。