30・そろそろ出発って話
コンコンとドアをノックする音で目が覚めた。
窓の外はまだ日は昇りきっておらず、薄暗い。
「デイジー、ヒイロ起きてるか? おいらだ、そろそろ護衛任務の集合時間が近いぞ。軽くでいいから朝飯を食っていくといい」
軽く伸びをしてから、セヴェリーノに返事をする。
「ありがとうセヴェリーノ。デイジー叔父さんはもう起きてお化粧してるみたいだから、声をかけておくよ」
「あぁ、わかった」
セヴェリーノの足音が遠ざかっていく。
俺はフワフワと浮いているマレッサとクッションの上で寝ているパルカに声をかけた後、化粧をしているデイジー叔父さんにも声をかけ、食堂へと移動した。
まだ朝が早い事もあり食堂にはセヴェリーノしかいなかった。
「おはよう、デイジー、ヒイロ。昨日はホントに悪かった、リベルタ―の名物を覚えておいてほしかったんだが、いや、言い訳だな。本当に済まなかった」
「いや、ちゃんと毒耐性魔法の事を確認しなかった俺も悪いんだ。そこまで気にしなくていいよ」
「そう言ってくれると助かる。さ、食ってくれ」
セヴェリーノはカウンターに置いてある料理を適当に盛り付けて、俺たちの前に皿を並べていく。
皿の料理をパンに挟み、サンドイッチ風にして食べた後、昼食用にいくつか余分に作って布にくるみマジックバッグに入れる。
朝食後、受付の店員に部屋の鍵を渡し、お礼を言って酔いどれドラゴン亭の外に出た。
「ここまで関わったのも何かの縁だ、リベルタ―を出発するまでは付き合わせてくれ」
断る理由もないので、セヴェリーノと共に商隊のキャンプへと向かう。
商隊のキャンプ地ではすでにテントの解体と片付け、馬車への荷物搬入をしていた。
手伝おうかと思ったが、素人に触らせる事は出来ないと断られてしまった。
「ま、あっちにしてみれば盗まれる可能性も考えたんだろう。盗賊ギルドからの紹介とは言え、ここはリベルタ―だからな。完全には信用してないって事だな」
「うーむ、さすが商人と言うべきなのだろうか」
商人の部下やリベルタ―で雇ったらしいお手伝いの人たちが荷物の搬入をしているのを眺めている間に護衛任務に参加する人たちも集まり、少し明るくなり、そこかしこで鳥や魔物の鳴き声が聞こえるようになった頃、商隊の準備が完了し、他の護衛チームの人たちと最後の打ち合わせをする事になったが、その前にハーゲンがセヴェリーノを見て大声を上げた。
「あーーーーー!! お、お前は!!」
「ん? あんた誰だ? おいらと戦った奴だったりするか? 悪い、弱い奴はあまり覚えていられないんだ」
セヴェリーノを指差しワナワナと震えるハーゲンだが、当のセヴェリーノは思い当たる節がない、というか有り過ぎて誰だか分からないようだった。
「あ、あいつは!! リベルタ―に到着した直後に調子にのって『魔王を討伐し世界を救うB級冒険者チームのリーダー、ハーゲン・ギェルマン様がリベルタ―にやって来たぜー!!』と喚いていたハーゲンを通りすがりに軽くボコって来た長身かつ鍛え抜かれた筋肉を持つ爽やかイケメンじゃないか!!」
「ぬわー、いまだにハーゲンが夢にうなされる程度にはトラウマになってる程の圧倒的な力の差を見せつけた偉丈夫、なぜここに!!」
「いやーん、ボコられて自信をなくしたせいで、常に防御魔法をかけるようになったハーゲンさんに『弱いのに魔王の討伐とか言ってると殺されるよ? 最初に会ったのがおいらでよかったね』って笑顔で言い放ったナイスガイがなんでこんな所に!?」
ハーゲンはまた仲間にいろいろと暴露されてるなぁ。
改めて思うが本当に仲間なのだろうか?
ハーゲンの仲間たちの言葉を聞いてもセヴェリーノは首を傾げていたので、ピンと来ていないようだ。
「セヴェリーノにはちょっとお世話になって、俺たちの見送りに来てくれたんだ」
「うん、そういう事だぞ。邪魔はしないし、ちゃんと馬車にも近づかないから安心するといい」
ハーゲンは心底嫌そうな顔をしていたが、出発の時刻が迫っている事もあり、大きなため息をはいて、馬車へと歩きだした。
「デイジーちゃん、ヒイロ君、こっちへ。改めて最後の打ち合わせだ。あと、あいつは君たちの知り合いらしいので今回は大目に見るが、こういう護衛任務の場に任務に関係のない人間は連れてこない方がいい。何より今回はかなり後ろ暗い任務だ。不安要素を近づけたくないのは何もおれ様だけじゃあない。当然、依頼主だって警戒する事になる。依頼主の心象を悪くしても得になる事はないからな、気を付けた方がいい」
「確かにそうねぇん、あたくしったらちょっと浅慮だったわぁん。ごめんなさいねぇん」
「いえ!! デイジーちゃんのお知り合いならば何の問題もございませんでした!! デイジーちゃんのお知り合いなら十人でも百人でも構いません!!」
謝るデイジー叔父さんに対してハーゲンは更に深い角度のお辞儀を披露し謝罪した。
いや、今回はハーゲンの言葉の方が正しいと思う、俺たちはセヴェリーノの人となりを多少なりとも分かっているが、他の人たちがそれを知っているとは限らないのだから。
まぁ、それは今回に限っては恐らく杞憂だったように思う。
こちらに気づいた商隊の責任者であるカネーガ・メッサ・スッキャデー自身がセヴェリーノに笑顔で挨拶をしていたのだから。
知り合いなのだろうか?
「これはこれは。このような所においでになるとは用心棒ごっこはもうおやめになったのですかな? 雷神の男神子様」
「カネーガ、その呼び方はよせ。おいらは酔いどれドラゴン亭の用心棒セヴェリーノだ。ここではそれで通してる。そう言う事で頼む」
「はい、貴方様がそうおっしゃられるのならば、その通りに。それはそれとして、封神の眼帯をしておられない所を見るに、ついに雷神様を支配下に置いたという事でございましょうか」
「いや、昨日解放して派手に暴れたんだ、別の神の力でこの街に被害は出てないが。まぁ、その喧嘩の影響で今は寝てるよ。楽しませた礼に雷の神眼を授かったのは幸運だった。おかげでおいらは馬鹿兄姉たちより上に立てる」
「おお、それは実に喜ばしい限り。このカネーガはかねがね貴方様こそが家督を継ぐにふさわしいと思っておりました。兄君様たちや姉君様におかれましてはどうにも神の力をないがしろにし過ぎておられる。神の愛を受けたアモーレ家を継ぎ、四大異神を御身に宿す偉業を成すのは貴方様を置いて他にはありませんとも」
「まだ、表だって動く気はないけどな。ともかくデイジーはおいらの恩人だが、雷神を解放したおいらを叩きのめす程の実力者でもある、何があろうと絶対に敵対するな。あと、おいらの正体を知らせる必要はない、後でばらして驚かしてやりたいからな。あぁ、そうだ、デイジーの甥であるヒイロにも目をかけてやってくれ、リベルタ―の度胸試しを断らずにやってのけた男だ、度胸はあるぞ」
「多少安全になったとはいえ、あのリベルタ―の度胸試しを!? ほっほっほっ、それはそれは。承りました」
「それと、昨夜急に追加になった密輸品、あれには注意しておけ。とんでもなく嫌な予感がする、なんというか、邪悪とかじゃなくて厄介っていう方が合ってるかもしれないが。魔王国は最近どうにも動きがおかしい、人類との小競り合いは大昔からだが、最近は特にそれが顕著だ。お前も気を付けろ」
「私は商人でございます。引き際、損切り、逃げ時の見極めは多少の心得がございますとも、ご安心を」
何か小声で話し込んでいるが、セヴェリーノがカネーガと知り合いっぽいのは驚いた。
どういう接点があるんだろうか。
気にはなったが、護衛チームのみんながすでに馬車の前に集まっている。
俺たちも早くいかなくては。