294・神の怒りと兄弟の情って話
フランコの欠けた指が魔王躯体を包み、掌の雫を口にするかの様な動作で口に運ぶ、少しの間の後にゴクンと喉を鳴らして、フランコは魔王躯体を体内へと飲み込んだ。
その一連の動きはとても穏やかで、酷く緩慢で、それでいて流麗で、美しさすら感じるような、そんなおおよそ人とは思えない動きだった。
時間にすれば一瞬の出来事、まばたき一つ程度の時間だったろう。
圧縮された時間の中で、俺は、いや俺たちはそれを見守るかのように動く事すら出来ず、見入っていたのだ。
『悪くはない。古き神の肉、なるほど、良く馴染む』
人とは思えない声が頭の中に直接響いてくる、この声の圧には覚えがある、こんなにひどい物ではないが、この聞こえ方はマレッサやパルカの声と同じ、つまり神の声だ。
フランコの身体は半欠けのまま、身体の大部分があちこち崩れているというのに、先程までとは圧が桁違いだ、うっすらと死の視線すら感じるほどに。
『貴様ッッ!! 己の血族の身体を使うならば、まだ見逃せたものを、子らの為の我が身体を奪うなどッ!! 断じて許せぬッ!!』
魔王躯体を奪われたからか、地上のいざこざには干渉しないと言っていたはずのパルカが激しく怒りを露わにする。
パルカが黒い羽根を大きく広げると、空中に幾十もの闇色の小さな球体が現れた。
野球ボール程度の大きさのそれらが俺に向けられた物ではないのは重々承知しているが、ただ見ているだけですさまじい死の視線を感じた。
あれは、絶対に触れてはならない死そのものであると考えるまでもなく理解できてしまった。
『異界の神性だと、もはや憐れまぬ!! ただ、ここで、死に至れッッ!! タナトフォビアテロスッッ!!』
パルカの声に呼応するかの様にそれらの闇色の球体が恐るべき速度でフランコ目がけて一斉に襲いかかる。
フランコはゆっくりと欠けたままの腕を伸ばし、防ぐような動作をみせた、だがそれは全くの無意味だった、闇色の球体の一つがフランコの伸ばされた腕に触れた瞬間、パチンとシャボン玉が弾けたような、酷く小さな破裂音がしてフランコの腕先が塵すら残さず完全に消滅した。
一瞬の出来事にフランコは何が起きたのか理解出来ていないのか、欠けたままのその顔には痛みや焦りなどの色は微塵も見えない。
そんな事はお構いなしに闇色の球体は次々とフランコの身体に触れて、パチンと弾けてその触れた部位を消滅させていく。
数秒の間を置いて、我に返ったマレッサがパルカの身体を羽交い絞めにして動きを止めた。
『バカパルカッ!! 地上種のいる場所でなんて神位魔法つかってるもんかッ!! しかも、その分神体の身体どころか、本体にまで影響でてるもんよ!? 無茶してんじゃあねぇもん!!』
『離しなさいマレッサ!! あの魔王躯体は我が子らの為の物、あの中には今までの魔王たちの魔力や魂の一部が溶け込んでるのよ!! 地上種と規格の違う神性が魔王躯体で受肉したら、それらはもう燃料として消費されるだけ、そんなの許せる訳がないでしょッ!!』
『だからってお前まで消えてなくなる気かもん!? それこそお前の子らは望む事じゃあないもんよッ!! なにより、お前の死の権能であっても神性を完全に死なせる事はできないもん、それはお前も分かってるはずもん!!』
『――ッ、離しなさいマレッサ。もう、遅いわ』
パルカは苦々しげな声でそう吐き捨てた、マレッサもパルカの言葉で察したのかパルカから離れて、フランコに視線を向けた。
視線の先のフランコは普通ならとうに死んでいなくはならない程に損傷しており、顔の一部と幾つかの肉片だけが宙に浮いている状態となっていた。
だが、まだうっすらと死の視線を感じる以上、あんな状態でも守護のお守りやマレッサの防御魔法を越えて、俺を殺しうる力がまだ残ってるって事だ、油断はできない。
そんな肉片と化しているフランコを見て、セヴェリーノがゆっくりと拳を空へと突き上げるのが見えた。
「その状態で、まだ生きてるのか兄貴……? ソロモンの野郎か、中の異神の影響か? それとも魔王躯体ってやつの影響か? さっきのはパルカ様の魔法だろ、死の神の魔法で死にぞこなうなんて、とんだ笑い話だぜ兄貴。だが、まだ生きてるってんなら、おいらがケリを――」
刹那、激しい稲光と雷鳴が鳴り響き、幾筋もの雷がセヴェリーノ目がけて降り注ぎ、それらがセヴェリーノの拳へと収束していく。
幾十、幾百の雷の凄まじい轟音と閃光で俺だけでなく、パルカやマレッサも目がくらんでしまっていた。
セヴェリーノが全身からバチバチと激しく放電しながら、万雷の力が凝縮された拳をフランコに向けて放つ。
『ッ!? やめなさい、今のそいつに異神の力は――』
セヴェリーノの行動に気付いたパルカが何かを叫んだが、その声は間に合わなかった。
「これがアンタへの手向けだクソ兄貴!! 極大雷霆砲ッッ!!」
セヴェリーノの拳から一つの巨大な雷が意思を持つかの如く真っすぐにフランコ目がけて解き放たれる。
凄まじい閃光と爆裂音が轟き、その圧で空気が震え衝撃が突き抜けていく。
時間にすればまばたき一つにも満たない僅かな時間、俺に見えたのはその光の残像でしかない。
何秒かして目に焼き付いていた雷の残光が消えた頃、俺の眼に映ったのは空中に佇む一つの人影だった。




