29・なんで俺がこんな目にって話
『うまいもん、うまいもん。さすが人間もんねぇ、こういった食への探求心には神とは言え頭が下がる思いもん』
『私様の領域の人間だから当然。何よりこのリベルタ―は暴食の双子神が一度食い散らかした場所って事くらい知ってるでしょ? 食へのこだわりは大陸随一と言っても過言ではないわ』
朝食を終え、明日に向けて荷物の整理をした俺はセヴェリーノの勧めもあってマレッサとパルカにリベルタ―のグルメの数々をごちそうしている。
とはいっても二人が直接食べている訳ではない。
マレッサたちは分神体のままでは食べる事は出来ないが、信仰と共に捧げられた供物は食べた気分になるので、今朝の件の謝罪も兼ねて食べ歩きをしているのだ。
マレッサは初めこそ俺を警戒していたが食べ歩きをするうちにすっかりいつもの調子に戻っていた。
機嫌が直ったようで本当に良かった……。
ちなみに捧げた供物は若干味が抜けたような感じになるが、不味くなるわけではないので俺がもったいない精神を発揮して全て平らげているが、そろそろお腹いっぱいになりそうだ。
デイジー叔父さんは甘い物は別腹といって俺の何倍も食べているのだが、見ているだけでちょっと胸焼けが……。
リベルタ―の料理を美味い美味いと食べている俺たちを見て、セヴェリーノはなんだかご機嫌な笑顔を浮かべている。
「材料はよく分からないけど、スイーツ系の食べ物まであるのは驚いたな。結構種類もあるし」
「あっはっはっはっ、暴食の女神に二度も街を食われたらたまらないからな。リベルタ―の料理人は多種多様な料理を研究、開発したのさ。ちなみにリベルタ―の名物料理にドクアリドクナシドクスライムの踊り食いがあるが、毒耐性のバフを付けてないと一日中トイレに籠る事になるから気を付けるんだぞ」
「毒あるのかないのかはっきりしてほしい、というかスライムを踊り食いって……衛生的にどうなの?」
「リベルタ―には古から度胸試しの一環として小型のスライムの踊り食いをする風習があってだな。当時はそこらへんで捕まえた野生の生きのいいスライムを使っていたせいで、十人中五人が腹の中から体内を溶かされて絶命するスライム死を迎えていたんだ」
「スライム死」
パワーワードが過ぎる、十人中五人って半分死んでるじゃないか、度胸試しとか言うレベルじゃないぞリベルタ―の民。
「先人は考えた、どうすれば度胸試しをしつつ安全にスライムを踊り食えるかを」
「もっとマシな事に労力さこうよリベルタ―!!」
「ある時リベルタ―の民は気づいた、毒を持つドクスライムの酸は通常のスライムよりも酸が弱い事に」
「いや、その時点で毒スライム食べてるのおかしくない??」
「ヒイロの言う通りだ、体内を溶かす酸はなくとも人を数分で絶命させる毒を有しているドクスライムは踊り食いには適さないとリベルタ―の民は百人の犠牲の上に気づいたんだ」
「もっと早く気付こうよ!! っていうかスライムから離れなよ!!」
「百の犠牲を無駄にしない為に、リベルタ―の民はドクスライムと酷似しておりながら毒を持たないスライム、ドクナシドクスライムを苦労の末に発見したんだ」
「犠牲を無駄にしたくない気持ちは分かるけど、ハッキリ言って無駄な労力だよ!!」
「そう、無駄だったんだ。ドクナシドクスライムは毒こそ無い物の、その酸は通常のスライムよりも強力で踊り食いをした途端口の中を強力な酸でただれさせたんだ」
「何がリベルタ―の民をそこまでスライムの踊り食いに走らせるんだ……」
「確かに、スライムの踊り食いの何がそこまでリベルタ―の民を引き付けたのか、それは分からない。だが、おいらは思うんだ、それはきっと先人たちの誇りを守りたかったんじゃないかって」
「えぇ……」
「そして今から百年前、リベルタ―で伝説と謳われる料理人コシーナ・コシローネが弱酸性でかつ人を死に至らしめない程度の弱毒しか持たないスライム、ドクアリドクナシドクスライムをついに発見したんだ。その発見以来、ドクアリドクナシドクスライムの踊り食いはリベルタ―の民の間で親しまれている。それは数百年にもおよぶスライムの踊り食いの歴史の集大成であり、リベルタ―の誇りなんだとおいらは思うんだ」
ものすごく真面目な顔をしているセヴェリーノに俺は何も言えなかった。
思えば、日本にもなんかそういうなんでそこまでの労力使ってそれ食べるの? って食べ物は割とあるし、きっと凄い事なんだろうと謎の感動を覚えた。
少し欠けている白い歯をきらりと輝かせ、セヴェリーノがウニョウニョと蠢く透明な物体、ドクアリドクナシドクスライムの入ったコップを俺に差し出す。
セヴェリーノの話に謎の感動を覚えていた俺は若干の苦笑いを浮かべ、それを受け取った。
改めて、手に取ったコップの中身を見る。
ウニョウニョと蠢く透明なドクアリドクナシドクスライム、若干クラゲに似ている気がする。
つい受け取ってしまったが、ホントに行くのか俺?
一気にゴックンといけるのか?
なんかコアっぽいのが見えるし、なんか視線すら感じる気がする。
『うわぁ、そんなゲテモノ食べるもん? わっちは絶対勘弁もん。ていうか魔物を食うとか人間は頭がイカれてるもん。わっち? 無理』
『私様の領域で生まれた料理、というかなんて言えばいいのそれ? ま、まぁ、食べてみてもいいんじゃない? 食べるわよね? 食べないなんて選択肢、無いわよね? え、私様? 今ちょっと食べ過ぎておなかいっぱいなのよ。リベルタ―の誇りを、その歴史を感じながら味わいなさい。――だから供物にされても食べないって』
どうやらマレッサもパルカも道連れにはなってくれないようだ。
俺は意を決して、ドクアリドクナシドクスライム入りのコップをグイっとあおった。
ヌルりとした物がズルズルと喉の奥へ流れ込んでいく、食道を通るニュルニュルと蠢く感覚、かなり斬新なのど越しで美味いとか不味いとかいうレベルではない。
その時、セヴェリーノが不意に声をあげた。
「あ、おいら毒耐性の強化魔法使えないんだった。でも大丈夫だぞ、ヒイロ。ちょっとポンポンペインっていう状態異常になる程度で命に別状はない。一日トイレと友達になる程度で済むぞ」
そういう事はもっと早く言ってほしかった。
突如としてギュルルルルッとけたたましい轟音を奏でる俺の腹。
余りの痛みに気が遠のくのを感じるが、痛み以上の脅威が俺を襲う。
命の危機とはまた違う別種の危機、これは危ない、このままでは俺の世間体が死ぬ。
俺は叫んだ。
「デイジー叔父さん!! お願い!! 出来るだけ衝撃を与えず、かつ素早くトイレに!!」
俺がトイレから出る頃、すでに太陽は沈み、空に星が瞬いていた。