27・デイジー叔父さんだもんなって話
『もしかして、見えてるもん? 』
「黙秘します」
『それは見えてるって事もんね。ねぇねぇ、どうもん、どうもん? わっちの神ボディすっごいもん? 分神体の姿じゃあわっち本来の魅力を万分の一も再現できないもんからねー、毛玉毛玉と見くびっていたわっちの本来の姿に見惚れるといいもん!!』
そう言いながらマレッサはくるりと回って、うっふんと言わんばかりにポーズをとった。
ふわりと舞う長い髪から光の粒子が舞い散り、空に溶けて消える。
夜空に広がる魔法陣と相まって、その光景は幻想的にすら見えた。
言動はともかく、その姿は確かに神秘的であり、とても魅力的に映ったのは事実だ。
マレッサが言う通り見惚れてしまうのが仕方ないくらいに奇麗だった。
しかし、それを口に出すのはなんとも業腹ではある。
「いやー、その姿も神々しくて凄いのは凄いんだが、なんというか毛玉姿のマレッサも味わい深い趣があったよなぁ。あっちの姿の方が親しみやすさはあったなー」
半分は本心だが、残りの半分は今のマレッサを褒めるのがなんだか気恥ずかしかったので適当な事を口走ってしまった。
『毛玉の方がわっち本来の姿よりよかったとか、ヒイロは変態さんもんね。まぁ、わっちは神もんから、そういう癖があるのも理解するもん』
『うわ……異世界人こわ』
マレッサが腕を組んでうんうんと頷き、その横でパルカが何か見た事もない生き物を見るかのような複雑な目で俺を見ていた。
「違うんだ、そうじゃない。やめて、あぁ、そう言うのが好きな特殊な層の人間もいるよねっていう生やさしい目とおぞましいけど一生懸命生きてる命なのよねっていう複雑な目で見ないで。女神にそんな目で見られたらガチ目に泣くぞ」
優しさと嫌悪の入り混じった様な得も言われぬ視線にさらされ俺は頭を抱えて身もだえするしかなかった。
いかん、話題を変えなければ。
「と、とりあえず、マレッサとパルカのその姿が本来の女神としての姿なんだとして、何で俺にその姿が見えてるんだ? その神位魔法とかの中のデイジー叔父さんたちが見えてるのと関係あったりするのか?」
『そうもんねぇ、ヒイロはわっちたちの神位魔法発動の間近にいたせいで、わずかばかりわっちたちの神力が滞留してるみたいもん。その影響で分神体を通して本体の姿を認識出来てるんだと思うもん。デイジーたちの姿が見えるのも同じ理由だと思うもん。まぁ、安心するもん、ヒイロ。じきにヒイロの中の神力も霧散して元に戻るはずもん。そうなればお前のお気に入りの分神体としてのわっちの姿が見えるようになるもんよ』
「おい、待て、待ってください、誤解だ、今の姿は見てて落ち着かないというか、毛玉がいきなり美人になったから驚いたというか、そんな感じだ!! 決して毛玉の方がいいとか、人の姿はちょっと……、とかそう言う訳じゃない!!」
『分かってるもん、分かってるもん、そこまで強情にならなくてもいいもん。わっちはそんなヒイロでも一信徒として守ってやるもんから、安心するもん』
くそう、マレッサめ、完全に俺が言い訳してると思い込んでやがる。
恐らく、これ以上何を言っても無駄だろうし、きっとそれはパルカも同様だろう。
俺が何を言ったところで女神である二人には届かない、人間の無力さをひしひしと感じながら、俺は諦めの境地に達し、改めてデイジー叔父さんたちの様子を見た。
「セヴェリーノが神様の末裔で先祖返りならぬ神返りってのは分かったけど、すごいな……」
『あの子の中にいる神は神格でいったら主神クラスよ。一つの神話の頂点ともいえる力の顕現、器があの子じゃなかったら即蒸発して死んでるわね。ていうか、それと互角以上にわたり合ってるアレはなんなのよ、人間じゃないでしょ? 自力でこっちに来たってだけでも異常事態なのに、主神クラスと何の装備もなく殴り合うとか世界のバグってレベルじゃないわよ? 鑑定も普通に弾かれるし、ホントになんなのよアイツ』
「デイジー叔父さんがなんかごめんなさい」
デイジー叔父さんが規格外過ぎてごめんなさい、デイジー叔父さん曰く愛のパゥワーらしいけど、それを言ってもたぶん分かってもらえないだろう。
だって俺も分かってないんだもん。
デイジー叔父さんとセヴェリーノの戦いは更に激しさを増していき、アイオーンメガリフィラキの範囲内は雷で埋め尽くされ、地面の方が少ない状態だ。
デイジー叔父さんは四方八方から襲い来る何十、何百の雷を片手でまとめて粉砕し、掴み、圧縮して消滅させ、雷のお返しとばかりに胸の前に指でハートマークを作り、何か変なビームを放った。
セヴェリーノは雷を網目上に交差させて雷の盾を生み出し、ハートマークのビームを防ぐ。
ハートマークのビームは雷の盾に防がれ、大爆発を起こしもろともに消え去る。
雷鳴と共にセヴェリーノがデイジー叔父さんに迫り、目にも止まらぬ連打を見舞うが、デイジー叔父さんは同じように拳の連打を放ち全てを迎撃、両者の拳から多少の血が飛び散った。
二人の拳と拳がぶつかり合う衝撃で地震にも似た振動が空中に居るにもかかわらず襲い来る。
もし、マレッサとパルカがアイオーンメガリフィラキとやらで二人を別空間に移動させていなかったらどうなっていたかを考え、軽く身震いする。
「しかし、マレッサとパルカのおかげで被害がリベルタ―とかに出なくて良かった。デイジー叔父さんとセヴェリーノの戦いがここまでとは思わなかったから、もしそのまま戦ってたらどうなっていたやらだ」
『まぁ地図は軽く書き換わってたろうもんね。しかもあいつら途中で手加減やめてるもん。アイオーンメガリフィラキで通常空間に影響が出ないと分かって、本気でやりあってるもん。神同士の喧嘩でももう少し世界への影響考えるもん。まったく、これだから人間は困ったものもん』
やれやれと言った具合にマレッサが肩をすくめて呆れたように言った。
「ごめんなさいねぇん、あたくしったらちょっと欲求不満だったものだから、張り切っちゃってるのよぉん」
マレッサの背後から聞きなれた声がして、俺はびっくりして声のした方に顔を向ける。
そこには今現在セヴェリーノと戦っているはずのデイジー叔父さんが何食わぬ顔で立っていた。
ここ空中なんだけど、というのは取るに足らない些細な事だろう。
デイジー叔父さんの姿を見て、マレッサとパルカは目を見開いて驚愕の表情を浮かべていた。
「残像よぉん。緋色ちゃんが誰かとお話してるのが見えたから、ちょっと気になってきちゃったわぁん」
「いや、来ちゃったってデイジー叔父さん。セヴェリーノと戦ってるんじゃ?」
「えぇそうよぉん。超高速次元移動しながらこっちに残像を飛ばしてるのよぉん、だから時々体ぶれちゃうのはご愛敬ってやつで許してねぇん」
いやいや、戦いながら次元を越えて残像を飛ばすとか、もう何というかとんでもないとしか言いようがない。
ちらりとリベルタ―の方に視線を向けてみる、ちゃんとデイジー叔父さんとセヴェリーノが戦ってる。
ちょっとデイジー叔父さんが押されてるっぽいけど、それでも戦ってる。
改めて視線を元に戻す、デイジー叔父さんは普通にそこに笑顔で立っている。
訳わかんないなこれ。
「そっちの二人はマレッサちゃんとそのお友達かしらぁん? 似たような気配だから貴女もきっと神様ねぇん、あたくしはプリティ―小悪魔なデイジーちゃんよぉん!! よろしくねぇん、可愛らしいお嬢さん、あたくしの事は気軽にデイジーちゃんって呼んでいいわよぉん!!」
『あ、はい、初めましてデイジーちゃん。私様はパルカ、魔王国の守護神です、はい』
「貴女たちが張ってくれたあの結界みたいな物のおかげで割と本気で戦えて、あたくしとっても助かってるわぁん。セヴェリーノちゃんも楽しそうだし、もうちょっとだけお願いねぇん」
『はい、頑張ります』
「んふ、ありがとう、感謝するわぁん」
あまりの状況に心がまだ追いついていないのだろう、驚愕した表情のまま、パルカはデイジー叔父さんに返事をした。
パルカの返事を聞いたデイジー叔父さんはニッコリと笑った後、俺に向き直る。
「子供は早く寝ないとダメよぉん。それじゃ、緋色ちゃんぐっなぁ~い!!」
「うん、おやすみ、デイジー叔父さん」
むちゅーっと投げキッスを飛ばしてデイジー叔父さんの残像は消え去った。
マレッサとパルカはまだ驚愕の表情を浮かべたまま固まっていた。
俺が話しかけても反応はない。
さて、困った。
「これ、どうやって宿に戻ろう」
俺の問いに誰も答えてはくれなかった。