269・ソロモンの中にいざって話
『縁をよりて、運命を紡ぎ、不壊の糸と成せ。久遠の果て、星々の彼方、理すら越えて汝が光を我が元へ!! 神位魔法アリアドネーミートス!!』
マレッサから魔力を受け取ったパルカが神位魔法アリアドネーミートスを発動させると、神々しい光りがパルカから迸り、細い糸状に変化して俺の体の中に張り込んできた。
心臓の当たりに暖かい何かが巻き付く様な感覚を覚えた後、光は霧散して消えたいった。
『人間との接続を確認……。うん、問題なく魂の把握が出来てるわ、初めて人間相手に使ったけど上手くいったようで何よりだわ』
「なんかものすごく聞き捨てならない言葉を聞いた気がするけど、今はちょっとの時間も惜しいので聞き流す!!」
色々と聞きたい気持ちを押し殺し、俺は自分の頬をパシンと強く叩く。
「よしっ、成せば成るだ!! ナルカ、フィーニス無理のない程度に俺を守ってくれ!! マレッサ、防御魔法頼む!!」
覚悟は決めたつもりだったが、やはりどうしても恐怖心は簡単には消えてくれるものではない、半ばやけくその様な心持ちで気合を入れて声をあげる。
「任せてー全力で守るよー」
「ザコお兄さんがそんなにお願いするなら、まぁ特別に、ね」
ナルカとフィーニスはいつも通りと言った感じだ、なんとも心強い。
『複合防御魔法アルティメットシールド多重起動、最大出力維持。これで多少の物理攻撃、精神攻撃、魔法攻撃、呪い、誹謗中傷などなどから身も心も守る事が出来るもん』
マレッサの言葉を聞き、誹謗中傷は物理や魔法や呪いと同レベルの物なのかとツッコミたくなったが全力でスルー。
ともあれ、ソロモンの中に突入する準備は整った、あとはわざとソロモンの触腕に捕まって食べられるだけだ。
「デイジー叔父さん、パルカ、セルバ様、ゴッデス大蝦蟇斎さん、いってきます!! あとお願い!!」
俺は小脇に抱えてくれているデイジー叔父さんから降り、迫り来るソロモンの触腕に向かって走りだす。
背後からデイジー叔父さんたちの声が聞こえて来た。
「えぇ、いってらっしゃい、頑張ってきてねぇん」
『死んでも私様が必ずどんな事があっても何があろうと必ず回収して魂籠で保護するから安心なさい』
「いってらっしゃいネ、ヒイロたちなら何とかなるネ」
「任されたわ、そのパーティで死ぬ事はないでしょうけど、気を付けてね。あとデイジーちゃんが居るからっていつまでも足止め出来るって訳じゃないから、なるはやで場所特定お願いね」
デイジー叔父さんたちの声に応えるように、俺は右腕を上げて親指をグッと立てた。
次の瞬間、大木以上に巨大なソロモンの触腕が俺を飲み込み、周囲が全て暗黒に変わる。
マレッサの防御魔法のおかげだろう、ソロモンの触腕に激突したはずだが衝撃や痛みはなかった。
だがジェットコースターにでも乗っているかのような激しく変動する重力に少しだけ気分が悪くなる。
「う……」
『大丈夫もんヒイロ? これでもわっちの防御魔法でだいぶ緩和されてる方もんよ。ま、すぐに解放されるもんから、気をしっかり持つもん』
すぐに解放される? マレッサが何を言っているのかを理解しようとするよりも早く現状が動いた。
暗闇の中に一筋の光が差し込んできて急に視界が開けた、眩しさに目をしかめつつ、わずかに見えてきたのは恐ろしく巨大な赤黒い大穴だった。
「うわーでっかい口ー」
「くっさ、歯ぐらい磨けばいいのに」
なんとも呑気なナルカとフィーニスの声で今、俺の遥か下に広がっている光景、赤黒い大穴がソロモンの口なのだと気づいた、そして、ソロモンの触腕が自らの口に向かって下降を始めた。
迫る赤黒い大穴に何とも言えない恐怖がふつふつと湧いて来るのを感じるが歯を食いしばって耐える。
『相手のタイミングで口の中に入ると噛み砕かれかねないもん、さすがにこんなのに噛まれたんじゃわっちの防御魔法でも防ぎきれないもん。ナルカ、フィーニス、周りのソロモンの触腕を吹っ飛ばして一気に体内に入り込むもん』
「わかったー!」
そう言うや否や、ナルカはマジックバッグからスライム状の触手を伸ばし、マレッサの魔法防御ごと俺たちを掴んでいるソロモンの触腕に触れた。
その途端、ソロモンの触腕がジュクジュクと腐敗していき、ナルカの触れている部分から崩れ落ちていく。
「フィーニス、爆発やってー」
「今やろうとしてたんだから、いちいち命令しないでよねナルカ。ザコお兄さん、耳を塞いで目閉じて口を開けてて、じゃないと目と耳が吹っ飛ぶわよ」
そう言われ慌てて耳を塞ぎ目を閉じて口を開ける、その刹那、耳を塞いでいても分かる程の凄まじい爆音が響き、身体の中を衝撃が突き抜けた。
そして、勢いよく吹き飛ばされる感覚、あ、なんかこの感覚久しぶりだな等と思いつつ、たまらず開いた目に飛び込んできた光景に俺はつい叫び声をあげてしまった。
「ぎゃああああああああああ、キモぉおおおおおおッ!!」
蠢き脈動するヌルヌルとしたおぞましい芋虫のような肉塊、それが学校のグラウンド程もあろうかという赤黒い大穴に隙間なくひしめき合っていたのだ。
フィーニスの起こした爆発の勢いのまま、俺たちはソロモンの口の中へ突っ込み、ズニュルッ、と湿った何とも言えない不快な音と共に肉塊の中へ、ソロモンの体内へと侵入していった。




