264・ほかの勇者はどうしているのかって話20
鼻歌混じりに空を軽やかに歩く少女が一人。
金髪金眼、満面の笑みを浮かべたまま少女はとある人物の元へ向かっていた。
少女の名はアリス・ゴア、マレッサピエーの勇者召喚によってこの異世界にやってきた勇者の一人、そして勇者同盟の盟主として祭り上げられた存在でもある。
アリスの持つ勇者特権『全知全能』はアリスの望むモノを具現化する神如き異能、その力はドラゴンナイン筆頭シグルズやその宿敵である黄金の竜ルクレールを始めとした最上位級の実力を持つ存在ですら戦う事を避けようとする程であり、それはマレッサやパルカなどの神ですら同じだった。
それほどまでに理不尽な異能、デイジーを除けばこの世界でまともに対応できる存在などほぼ皆無と言っても過言ではないだろう。
「たわけが、勇者特権なんぞで底上げされた程度の人間が神に比肩しうるはずも無かろうが。神なぞ神以外に必要も無し、世界にはただ神か神以外か、ただそれのみよ」
アリスが声をかける前に件の人物――否、傲慢の大罪神アロガンシアは誰へともなく言葉を発する、その不意の言葉にアリスは目を丸くして少しだけ驚いた表情を見せた。
「あらあら、とっても傲慢で素敵なお言葉だわ。でもねアロガンシア様、この世界では神様だって生きていらっしゃるのでしょう? だったら人間と一緒よ、いつか終わる存在である事に変わりはないわ。短いか長いかの違いだけでしかないんじゃないかしら?」
遥か上空でティータイムを楽しんでいたアロガンシアは無粋な客の言葉を受け、ゆっくりとティーカップをソーサーに戻す。
「ほう、神に対してその物言い、不遜を越えてもはや傲慢と断ずるに他は無し。ゆえに
貴様に賜うは神自らの手による死、今、この瞬間、この刹那、死ぬるがよい」
世界を揺るがす程の殺意をばらまきながらアロガンシアは掌をアリスに向ける、常人ならばただそれだけで失神、下手をすれば死にかねない魔力の嵐が吹き荒れる。
次の瞬間、アロガンシアの掌から膨大な魔力が濁流の如く溢れ出す、圧倒的な熱量を伴って襲い来る凝縮された災害が如き神の一撃を前に、アリスは笑みを絶やす事なく己の持つ異能を解き放った。
「『全知全能』。世界はわたしのおもちゃ箱、アロガンシア様も一緒に遊びましょう」
アロガンシアの放った膨大な魔力の濁流はアリスを飲み込みその存在を塵も残さずに消し去る、はずだった。
アリスは何事もなくそこに立っており、アリスを襲う魔力の濁流はアリスに触れたそばからキラキラと輝く花びらに姿を変えていく。
「アロガンシア様はお花の冠は作った事はあるかしら? わたしは作るのは苦手なのだけれどマーチは作るのがとても得意なの。この世界に来てから一面に広がるおっきなお花畑を見たのよ、とっても素敵で、とっても素晴らしかったわ。だけれど、そのお花畑はもうなくなってしまったの。仲の悪かった人たちが戦争なんて始めてしまったものだから、踏み荒らされてぐちゃぐちゃのどろどろ、血と肉と骨と灰が辺りに広がる悲しい場所になってしまったわ。本当に素敵なお花畑だったの、あのお花畑を見たら、きっとアロガンシア様だってお花の冠を作りたくなると思うわ。だからどうかしら、わたしとお友達になってお花畑を見に来てくださらないアロガンシア様?」
止む事のない殺意のこもった魔力の濁流にさらされながら、舞い散る花びらの中でアリスは無邪気に微笑む。
その様子を見て、アロガンシアはつまらなそうな顔でため息を吐いた。
「なるほど、そういう誤魔化しか。確かにそれならこの世界においてこの神を前にして全知全能などとほざくに値する力はある訳だ。勇者特権、なんとおぞましい力である事か。だが、それだけでしかない。その程度で神をどうにかできると、何故思い上がれたのか甚だ不思議でならんぞ」
そう言ってアロガンシアは魔力の放出をやめ、掌に魔力を集中させ始めた。
「そうは言っても、もうお分かりになられたと思うのだけれど、わたしへの攻撃は全て奇麗な花びらに変わってしまうわ。アロガンシア様がどんなに強くて凄くて恐ろしい攻撃をしてもわたしには決して届かないの。だから、もうおやめになってくださらないかしら」
「そうであろうな、貴様の勇者特権は貴様の望むように世界を改竄する力、神の力も改竄される世界に属する物である以上は影響は免れん。……だからどうしたというのだ、たかがその程度の事で神が決定を覆すとでも思うたか? 貴様に賜うは神自らの手による死と言ったであろうが、たわけめッ!!」
あらゆる攻撃を無力化する事の出来るアリスを前にアロガンシアは邪悪な笑みを浮かべ、その掌に集中させた魔力を更に圧縮していく。
その様子を不思議そうに眺めるアリス。
「アロガンシア様は何をしようとしているのかしら? わたしへの攻撃は無意味、それは分かっていらっしゃるでしょうに。ねぇアロガンシア様、どうせならご一緒にティーパーティなんてどうかしら?」
アリスの提案を無視して、アロガンシアは圧縮した魔力を更に複数作り出し、それを空中に並べて魔力の線で繋ぎ、複雑な幾何学模様を瞬く間に描いていく。
「貴様ら勇者が手にした力、勇者特権。その力は絶大だ、貴様のような埒外の異能を始めとした多種多様な強力な能力、実に理不尽の極み、もはや悪ふざけとも言えよう。だがな、貴様らはその能力をどこまで理解している?」
アロガンシアの問いにアリスは小首を傾げる。
「どこまで理解、と言われても困るわアロガンシア様。こちらに来てから自然と使えるようになっていたんですもの。自然と出来ている事を改めて理解しようとするのは難しい事だわ、どうやって呼吸しているのかと問われても、出来ているからとしか言えないわ」
「まぁそうであろうよ、ゆえに冥途の土産に教えてやろう。勇者特権はこの世界において絶大な力を振るう事の出来る能力だがそれはこの世界のみに限定される。つまり別の時空では勇者特権は使えないという訳だ」
アロガンシアは空中に描いた幾何学模様に膨大な魔力を注ぎこみ、ある魔法を発動させる。
その魔法は空間に亀裂を生じさせ、空に大穴を開け別の次元と繋げてしまった。
「この魔法はありていに言えば召喚魔法だ。まぁ何かを呼ぶ訳ではなく、召喚の為に繋がった異世界との穴を神の魔力で無理矢理に固定しているだけだ。ゆえに今この場はあちらとこちらの法則が入り混じる不安定な状態という訳だ。ここまで言えばあとは理解出来よう、では死ね」
そう言ってアロガンシアは改めて膨大な魔力をアリス目がけて放出、アロガンシアの魔力は花びらに変換される事なくアリスに直撃し、凄まじい大爆発を巻き起こした。
爆煙が残る中、アロガンシアはつまらなそうな表情で再びティーカップに手を伸ばす。
「フン、勇者特権の力に溺れる者ほど早く死ぬものだ。なまじ強力な力であるがゆえに神に届くと思い上がるとは愚劣の極み。神が手ずから与えた死、冥界の神々にでも自慢するがよいわ」
アロガンシアがティーカップを口元に運ぶ、その時、突風が吹き荒れ周囲に残る爆煙を散らしていく。
そして、爆煙が消え去った後、そこにはケホケホと小さくせき込むアリスの姿があった。
アリスの服は所々破れて肌が露出しているが、その肌には傷一つ入ってはいない。
「あぁビックリしたわ。アロガンシア様ったらとってもお強いのね、まさか全知全能をそんな方法で無効化するだなんて、びっくり。でもね、でもね、わたしってば勇者特権なんてなくてもちょっと強かったりするのよ」
「……デイジーと同じ類の存在だったか。いやアレはまた更に埒外の怪異か。まぁよい、興が乗った、もう少し遊んでやろうではないか」
「まぁ、嬉しい、わたしと遊んでくださるなんて!! ジョウジたちだってわたしとは思い切り遊んでくださらないのよ、アロガンシア様となら思い切り遊んでもきっと壊れたりしないわ!!」
マレッサピエー連合軍と魔王軍の戦場の遥か上空で、神と全知全能の勇者の戦いが人知れず始まる。