262・デイジー叔父さんだからねって話
「気持ち悪い」
フィーニスの言葉に反応するかのようにフィーニスの周りに浮いている四つの光る玉が明滅し始めた。
それはフィーニスに力を譲渡した後の精霊王のじいちゃんたちの今の姿だ。
「なによ、ジジイたち」
じゃっかん鬱陶しそうに精霊王のじいちゃんたちに目をやるフィーニスに何かを伝えるかのように四つの玉は不思議な音を発する。
「……ふん、うるさいし。これだけで人間全体を判断する訳ないでしょ、馬鹿にしないでよ」
精霊にしかわからない言語での会話だろうか、俺には分からないがフィーニスが不機嫌になるような内容だったようだ。
「フィーニス、気分が悪いなら離れててもいいんだぞ?」
「へーき、ザコお兄さんが気にする事じゃないから気にしないで」
「そうか、分かった。でも、きつくなったらいつでも言ってくれよ」
「ん」
そう言って、フィーニスは深く息を吐いて、少し不機嫌そうな表情のまま勇者兵の方に目をやった。
「で、どうするのアレ? 魂が欠けてて意思みたいなのは感じない。たぶん普通に殴ったりしても気絶なんかしないよ、魔法で無理矢理動かしてるみたいだから。魔法を解除したとしても、それで大丈夫ってならないと思う、こういう事が出来る人間がそうなった時の対処をしてないって事は考えられないし」
『それもそうもんね、オラシオならその位の事は想定してるはずもん。ただわっちとパルカは手を出せないもんからデイジーなんとか頼むもんよ』
マレッサがそう言うとデイジー叔父さんはバチーンッとウィンクをかまし、一陣の風を生み出す。
「お任せよぉーーん!! 魔法によって操り人形になってる状態ならまずは操る魔法の効果範囲からこの子たちを除外すればいいのよぉん、そんな訳でデイジーディメンション」
おもむろに柏手を打つデイジー叔父さん、パンッと乾いた音が響いた瞬間周りの空間が揺らめき波紋が広がっていく。
一瞬の暗転、明るさが戻るとさっきまで居た勇者兵たちの姿が消えていた。
「デイジー叔父さん何したの? 勇者兵たちが居なくなってるけど」
「えぇ、ちょっと魔法の効果が及ばない別次元に移動してもらったのよぉん。言うなればデイジー空間、あたくしの愛が生み出した異空間って訳ねぇん。冷暖房完備、三食昼寝付きで敷金礼金は無料よぉん!! ただ、維持にそれなりのリソースを割くから一日数時間繋いでるのがやっと、それに繋いでる間はあたくし自身がか弱くなっちゃうのがネックなのよねぇん」
なるほど、分からないけどデイジー叔父さんが異空間を作ってそこに勇者兵を移動させたって事だろうたぶん、うん。
マレッサとパルカが絶句しているからたぶん凄い事なんだろうとは思う。
『この世界の位相をずらした空間に転移させた訳じゃなくて、まったくの別次元に人間が生存可能な環境を構築した上で次元転移させたもん? それはもはや逆召喚って事もん?』
『繋がりのある別次元に転移させたって事よね……。デイジーちゃんの事だから転移させた勇者兵たちは無傷だろうけど、数十人規模の人間を次元転移させた上で保護までやってのけた?』
何やら二人がブツブツと言っている、デイジー叔父さんのした事はよほどの事だったようだ。
まぁ、とりあえず勇者兵の無力化は達成出来た、ここに着地した際に周囲にいた兵士はデイジー叔父さんがすでに気絶させているが、騒ぎを聞きつけた兵士たちが更に集まってくるのは時間の問題、すぐさま最前線に移動してソロモンとかいう先々代の魔王を、ひいては魔王軍をなんとかしなくては。
とはいえ、気になる事がある。
「デイジー叔父さん、か弱くなるって言ってたけど大丈夫なの? これから魔王軍と戦う事になるけれど、怪我とかしちゃうくらいなら無理はしない方がいいんじゃ……」
「んふ、心配ご無用よぉんヒイロちゃん。か弱くなってもあたくしの美しさには一切の陰りはないわぁん、それにいざって時にはあたくしのとっておき、デイジーマジックを披露しちゃうんだからぁん。今までのような力任せだけじゃない素敵な魔法をお見せするわぁん」
デイジーマジック、今までにもかなり魔法よりな事をしていた気がするのだが、今は脇に置いておこう。
ここが前線基地という事もあるが、戦場に目を向けると山の様な大きさの肉の塊、先々代魔王のソロモンが蠢いているのが見える。
ソロモン自体の動きは鈍いようだが段々と近づいてきているのが分かる、ソロモンの体のあちこちで爆発が起きていたり、雷や竜巻が発生していたりするがソロモンを押し留める事は出来ていない。
このままではいずれこの前線基地やその後方にあるマレッサピエーの本陣、更に遥か後方のマレッサピエーの国土その物を蹂躙し尽くすだろう。
正直、俺には魔王と人類の戦い自体になんの思い入れもない。
ファンタジーな世界でありがちな設定だなとすら思う、だが俺は、俺たちはこの異世界に勇者として召喚されて、戦力として魔王国との戦いに投入されるはずだった。
ならば、ジョウジも言っていたが俺たち勇者はこの戦いの当事者だ、介入する権利と義務があると言ってもいい。
なら、思い切り介入してしっちゃかめっちゃかにしてやろう、ジョウジの思惑もオラシオの思惑も魔王の思惑も全部吹き飛ぶくらいに。
「デイジー叔父さん、行こう。難しい事を考えるのは後でいい、今はこの戦争を止めよう。それでみんなをデイジー叔父さんのティーパティーに招待しちゃおう」
「あはぁん、それはとっても素敵な考えねぇん。腕によりをかけて準備しなきゃだわぁん」
俺の言葉を聞いてデイジー叔父さんは楽し気に笑いながら力強く大地を蹴り、戦場へと向かった。