260・たとえ掌の上だとしてもって話し
少し振り返ってみると竜車の中での会話から始まって、今の俺たちの行動に至るまでジョウジに誘導されたようなものだったんじゃあないだろうか。
だとしたら、たぶんこれからの行動もジョウジの思惑通りなのだろう。
勇者兵を無力化した後の俺たちの行動は無力化した勇者兵の代わりにマレッサピエーの戦力として魔王軍と戦う事、それはまさにこの世界に召喚された勇者として期待されていた働きだ、勇者として何一つ間違ってはいない。
まぁデイジー叔父さんは勇者ではないけれど、恐らく問題なく魔王軍を撃退できるだろう、そして魔王すらも。
俺でもそこまでは想像できるのだから当然ジョウジはそれよりも先を見据えているはず、だとすればそれは一体なんだろうか、魔王軍撃退後にジョウジが何かをする可能性は低くはないとは言え今の俺にジョウジが何をするかなど想像も出来ない。
『ずいぶんと難しい顔してるわね人間。どうせ魔王軍との戦いの後の事でも考えてるんでしょ。アレはその後のその後まで考えてるたちよ。そういう勇者特権を持ってるとでも思いなさい』
どうにも考えている事が顔に出ていたようで、パルカに軽く頭をつつかれた。
『ヒイロは深謀遠慮ってやつには向いてないもん。いっつもその場の勢いでやらかしてるもん、馬鹿の考え休むに似たりって言葉が異世界から伝わってるもん。だから、無理に考え過ぎずに今まで通りでいいもん』
マレッサが俺の前方で軽く肩、あの毛玉状態で肩があるのかは謎だか肩をすくめるようなポーズをしていた。
たぶん悩み過ぎるなって事なのだろうが、なんでだろう普通に馬鹿にされてるような気もするのだが。
俺は大きく息を吸ってゆっくりと息を吐いた、少しだけ焦っていたのかも知らない。
「パルカにマレッサ、ありがとう。少し考えすぎてたみたいだ、とりあえず、今できる事を一つずつ全力でやるよ」
そう言って俺はパシンと軽く顔を叩いて気合を入れる。
考えてるだけじゃ何も始まらない、行動あるのみだ。
「んー? 人間さんお顔叩くと痛いよー?」
マジックバッグの中に入っているナルカがスライム状の手を俺の頬に伸ばして撫でてきた、そこまで力を入れてはいなかったから痛くなかったがナルカは気にしてくれたようだ。
「いや、これはただ気合を入れただけだから。心配してくれてありがとうナルカ」
「そうなの? じゃああちしも気合いれてあげるね!」
「え?」
不穏な事を言ったナルカに困惑した次の瞬間、俺の眼の前にナルカのスライム状の手が広がる。
どうしよう、凄く嫌な予感がするんだが?
「えーい!」
ナルカの可愛らしい掛け声と共に可愛げのない張り手が俺に迫ってきた。
あ、これたぶん痛いじゃすまないかもしれない。
「やめときなさいナルカ、ザコお兄さんってひ弱なんだから大怪我しちゃうわよ」
「ほえ?」
ナルカの手が俺の顔面に直撃する寸前、フィーニスが自身の周囲に浮いているドーナツ状の構造物でナルカの手を止めていた。
「ナルカが思うよりザコお兄さんはクソザコなんだから、大怪我しちゃうでしょ」
「そっか~ごめんね人間さん。止めてくれてありがとねフィーニス」
そう言って手をマジックバッグの中に戻すナルカ、あーびっくりした……。
フィーニスが止めてくれなかったらちょっと怪我をしていたかもしれない。
「いや気にしなくていいよナルカ、気合入れようとしてくれたんだろ? ありがとう。フィーニスも助かったよ」
「別にぃ、たまたま目に付いただけだし、いくらザコお兄さんでも怪我したら可哀想って思っただけだし」
「それでも、ありがとう」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、フィーニスは何も言わずにそっぽを向いてしまった。
俺が怪我しないようにしてくれたのだからフィーニスは実にいい子だ、嫌われている訳ではないと思うがもっと仲良くなれたらいいのだが。
「んふ、愛されてるわねぇんヒイロちゃん。あともう少しで前線基地に到着するわぁん、覚悟はいいかしらぁん?」
「うん、迷ったり考えるのは後にする。今出来る事を全力でやるよ。まぁ、俺に出来るのは信仰くらいだけど」
どこか嬉しげなデイジ―叔父さんの言葉に返事しながら、俺たちはマレッサピエーと魔王国との戦場へと突き進む。
数秒後にデイジー叔父さんは地面を力強く蹴り、瞬く間に数十、数百メートルもの高さまで跳躍した。
眼下に広がる景色は通常ならば感嘆しているだろう美しさと壮大さではあるのだが、ほんのすぐ近くに戦争の痕跡が存在しており、そんな感情に浸る暇は微塵もない。
多くテントらしき物と更に多くの人が蟻のように動き回っているのが見える、たぶんあれがマレッサピエーの前線基地ってやつだろう。
その前線基地から山の方に目をやると、遠近感が狂ってるとしか思えない一際巨大な存在が目に入った。
何だアレ、生き物か? 以前セルバブラッソで見た黒い巨人よりもデカい、小さい山くらいと言っても過言ではない規模の肉塊が周囲に破壊をまき散らしている。
その肉の山の周りで小さな点が動き回っているのが見えるがたぶんあれは人だろう、あんな巨大な存在が相手では個人的な強さなんて物に意味があるのか疑わしいレベルだ。
スコップで山を削ろうとしてるような物じゃないだろうか、そう思える程に規模が違い過ぎる。
『あら、四大公爵の子たち、元に戻ってるわね。それだけ相手が強かったって事かしらね。人間もやるじゃない』
『元にって、あれ先々代の魔王ソロモンじゃないかもん?? 動く大要塞、脈動する山、街喰い、幾つもの二つ名を持つとんでもない奴もんよ。ニ百年くらい前から姿を見せなくなって百年前に魔王リリシュが現れたからてっきり死んだものと思ってたもん』
『数百年も魔王やってた内に自我が芽生えて大きすぎる体じゃ不便とでも思ったのかしらね、二百年前に分裂したみたいだけど、百年前にまとめてリリシュに倒されたのよ。それで魔王躯体はリリシュに移った。魔王躯体ではない状態で元のソロモンに戻ったんだから当時の強さ程ではないでしょうけど、それでも人類にとっては十分に脅威でしょうね』
パルカとマレッサの会話を聞き、魔族にはとんでもない存在がいるものだと思い知った。
あんな凄まじい巨体であっても全盛期の力ではないらしい、あんなものを人間にどうにか出来るのだろうか。
勇者兵よりもあのソロモンという魔族の方が世界に危機をもたらすのではないかと思わずにはいられなかった。




