26・周りの迷惑を考えて行動してほしいよねって話
『どうしたもん、ヒイロ? 変な顔して』
呆気にとられ、返事に窮している俺の顔を心配そうに見つめる淡く緑に光る瞳。
星空に広がる巨大な魔法陣の光が夜の闇をかき消して、そこに居る存在をはっきりと浮かび上がらせる。
エメラルドのような煌めく瞳、透き通るような白い肌、彫刻のように整った顔立ち、おおよそ人とは思えない程の美しさに俺は目を奪われてしまった。
一瞬、どちら様ですか? などと尋ねてしまいそうになるが、上手く口が動いてくれなかった。
たぶん、これが、この神々しい程に美しい姿こそがマレッサの本当の姿なのだろう。
『本当に大丈夫もん? 回復の魔法で体調は問題ないはずもんけど、間近で神位魔法ぶっぱしちゃったからちょっとヤバイ感じになったかもしれないもん……』
『それ、私様のせいじゃないからね。アンタが急かすから仕方なく協力しただけの私様は無関係だからね。その人間に何かあったら、アレが暴れるんでしょ? 全部アンタの責任だから、私様ホントに無関係だから、ちょっと離れてくれる?』
『はぁ!? お前の所の人間がデイジーを煽ったせいもん!! わっちは巻き込まれた側もんよ!! 責任云々を言うなら五分五分くらいもん!!』
『何言ってんのよ!! アンタが守護してる国が勇者召喚で連れてきた人間でしょ!? 十割アンタのせいじゃない!!』
『いや、連れて来てないもん』
『いや、現に来てるじゃないこっちに!! 何よ、誤魔化す気!?』
『いや、マジで連れて来てないもん。勝手に来たもん』
『――は?』
『あっちとこっちの次元を無理矢理ぶち破ってこっちに来たもん』
『え、なにそれ、異世界人こわ』
言い争いをしていたマレッサとパルカだったが、デイジー叔父さんがこちらの世界に次元を越えてやってきた件でパルカが真顔でドン引きしていた。
デイジー叔父さん、やっぱりとんでもない事してたんだなぁ、としみじみ思った。
その時、激しい爆音と共に空気が震え、衝撃波が俺の体を通り抜けていったのを感じた。
音のした方、つまり下、地面の方に目を向けると、バチバチと弾けるような音を響かせて激しく光る電気があちらこちらに光の尾を引きながら凄まじい速度で移動しているのが見えた。
地面のあちこちでほぼ同時にドンッという爆音が響く。
パパパッと空中に閃光が走ったと思ったら、次の瞬間、音と衝撃が遅れてやってきた。
見る間にリベルタ―の街が崩壊していく、地面には大きなクレーターがいくつも空き、地響きと共にひび割れが大きな谷を作り、空に浮かぶ雲は衝撃で消し飛んでいく。
夜を昼間のごとく書き換える様な凄まじい光を放つ電気の塊が地面に現れたと思ったら、空中のある一点へ向けて巨大な光の線が雷を纏って放たれた。
しかし次の瞬間にはその巨大な光線は唐突に進行方向を曲げて地面へと落ち、ミサイルが落ちたかのような大爆発を起こして衝撃と共に地面を抉り飛ばしてしまった。
『うわ、デイジーのやつ神力の宿った雷の塊を普通に拳で叩き落としやがったもん……。しかし、セヴェリーノの方もとんでもないもんねぇ。今までの攻防での一撃一撃が昨日の雷神大槌撃以上の威力とか、どういうインチキ使ってるもん? 神宿り程度にここまでの魔力キャパは無いはずもんけど……』
『だってあの子、異神召喚の末裔だもの。封印を外せばあのくらい当然よ』
異神召喚、また聞き馴染みのない言葉が出てきた。
そのままの意味で取るなら異界の神様を召喚するって事なのだろうか。
そして、セヴェリーノはその異界の神様の末裔って事、なのか?
『お前、それまさか、千年くらい前に魔王国の国土の三割を焦土に変えた雷雨の件と関係あったりするんじゃないかもん? 一年間、雷が雨のごとく振り続けて、人間たちが神の怒りだーとかめっちゃバタバタしたやつ』
『黙秘するわ』
そう言ってそっぽを向くパルカ、いやそれもうやらかしたって言ったのと同じなのでは?
『うわぁ、神様のくせに最悪もんこいつ。そんなだから守護神なのに信仰が薄いもんよ』
『それとこれとは関係ないでしょ!! 私様は人間の自主性を重んじてるのよ!!』
『その結果が世界征服とかお笑い話もんよ。というか、セヴェリーノを戦争に投入してたら、わっちのマレッサピエーもかなりというかほぼ殲滅できたんじゃないかもん? 切り札のつもりだったかもん?』
マレッサにそう言われ、パルカは顔をあらぬ方向にそむけた。
そして小声で何かを呟いた。
『――中の――が、――より――――のよ』
『はぁ?? 聞こえないもん!! もっとでっけぇ声で言えもーーーん!!』
『だから!! あの子の中の異神が、私様より強いから言う事聞いてくれないのよ!!』
諦めたかのようにパルカは大声でマレッサに怒鳴り散らした。
『あの子ったら先祖返りならぬ神返りなのよ!! 日頃は私様があの子の祖先にあげた封印のアイテムで神性を抑えてるけど、封印を解いてあの子の中の異神の力を解放したら、私様より神格が上になっちゃうの、ただでさえあの子ったら私様を信仰してないし、魔王の軍門にも下らないしで扱いに困ってるのよ!!』
『うわぁ、大昔のやらかしが今に影響するとか、後始末ちゃんとやらないからもん。自業自得ってやつもん』
『うっさいわね!! アンタだって、あんなのこの世界に呼び込んだくせに!!』
『だーかーらー!! デイジーの一件は事故って言ってるもん!! まさか次元をぶち破れる人間がいるとか万が一、億が一にも思う訳ないもん!!』
また口喧嘩を始めてしまった。
この二人、相当仲が悪いんだろうなぁ。
いくら美人でもこう罵り合ってる姿を見るとちょっと引いてしまう。
「な、なぁ、マレッサとパルカ。言い争いは後にして、ちょっと話を聞いてほしいんだが」
恐る恐る、今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな様子のマレッサとパルカに声をかける。
『あぁ!? なにもん!!』
『何よ!! 人間!!』
二人の美人がガルルルーとか言いそうな顔をして俺を睨む。
怖いから、その顔で睨むのやめてほしい。
「いや、あの、リベルタ―の街は大丈夫なのかなーって、そのごめんなさい」
意味もなく謝ってしまう俺は小心者なのだ。
そこでようやくマレッサが俺がまともになったと思ったのかいきなり飛びついてきた。
やめてくれマレッサ、年頃の高校生は露出多めの豊満な体を持つ美女に密着されたら色々困るんだ。
『あーヒイロ、元に戻ったもん!? よかったもーん、あのままヤバい感じで一生過ごすのかとちょっとだけ心配したもんよ、そうなってたらデイジーにどんなお仕置きをされていたか、考えるだけで身震いするもん。あぁ、リベルタ―なら平気もんよ、あの二人をこっちに干渉できない場所に飛ばしたもんから。いやしかし、緊急事態だったとはいえ間近で神位魔法発動させたのは軽率だったもん。デイジーのバリアがなかったら精神が崩壊してたかもしれないもんけど、結果オーライもんね』
「いや、待って、あのよく分からない魔法ってそんなヤバイ奴やつだったの!?」
『指定範囲の時間と空間を現在軸から強制的に切り離す神位魔法もん。人間には知覚も干渉も不可能な異空間、神同士の喧嘩で世界に影響を与えない為の隔絶された閉鎖領域もん。もし人間がこの魔法食らったら次元移動の負荷に耐え切れずに魂ごと消滅するもん。ちなみに今ヒイロがいるこの場はアイオーンメガリフィラキの効果範囲外、通常の空間もん』
ギュウギュウと抱き着きながら、マレッサはさらっと恐ろしい事を言ってのける。
あの何とも言えない不快感は神位魔法の発動の間近にいた影響らしいが、出来れば二度と味わいたくない感覚だった。
そこでふとした疑問がわく。
ギュウギュウと抱き着いてくるマレッサを引きはがして、疑問を口にする。
「人間には知覚も干渉も不可能な異空間って言ってたけど、じゃあなんでデイジー叔父さんとセヴェリーノの戦ってる姿が俺に見えてるんだ?」
俺の言葉にマレッサとパルカの顔がこわばったのが分かった。
『は? ヒイロ、あの二人が戦ってる姿が見えてるもん??』
『嘘でしょ? 神宿りとか神返りなんていう例外中の例外を除けば、ただの人間程度に別次元が認識出来る訳が』
パルカが唐突に俺の頭に手を当てて鑑定と声を発すると、俺の頭上に魔法陣が現れた。
その魔法陣に指を這わせ、パルカは怪訝そうに首を傾げた。
『やっぱり、その手のスキルとかはないわね。なんかしょぼいスキルはあるけど、アイオーンメガリフィラキの効果範囲内を見れるようなものじゃないし、どうなってんのよ人間』
「俺に言われましても……」
何故か唐突にしょぼいスキルしかないみたいな事を言われてへこんだ。
なんだよ、俺にはないのかよチートスキル……。
『ところで、ヒイロ』
「なんだマレッサ、というかあまり近づかないでくれ」
急に顔を近づけてきたマレッサをグイっと押しやる。
そんな俺の反応を見てマレッサがニヤリと何とも言えない笑みを浮かべた。
なんだろう、すごく嫌な予感がする。
『もしかして、見えてるもん?』