259・急かされると焦るよねって話
ドンッと地面が爆ぜる音がしたと思ったらとてつもない風圧が俺を襲ってきた。
一瞬で流れていく景色の中、目の端にちらりと映った竜車は既に豆粒のような小ささ、自分でデイジー叔父さんにお願いした事ではあるが、この速度はかなりキツイものがある。
だがこの速さは俺に配慮してくれているというのは分かっている、デイジー叔父さんならこの数十倍は早く動けるはずなのだから。
「これならば数分とかかるまい。手短に為すべき事を確認しておこう」
ジョウジの声が聞こえてきたが姿は見えない、単純に俺の目で追えていないだけだろう。
俺を抱えているからかなり抑えているとはいえデイジー叔父さんについてきているというのは驚きだ、ジョウジの身体能力はかなりの物のようだ。
「君たちは前線に行き勇者兵の無力化を最優先に。魔王でなくとも前線が壊滅すればオラシオは迷いなく勇者兵を投入するだろう。オラシオへの説明などただの時間の浪費に等しい、後回しにすべきだ。私は私でマレッサピエー城でやるべき事がある。そうそう、我々勇者同盟には誓約魔法が刻まれている、ゆえに今回の戦争中に裏切るという事はないので安心したまえ」
うーん、裏切るという事はない、か。
なんとも胡散臭いけれど今は真偽を確かめる時間も惜しい、しかし、誓約魔法が刻まれているってどういう事だろう。
約束を強制的に守らせる魔法だろうか等と思っていると顔にでていたのか、ジョウジが唐突に説明しよう、と喋り始めた。
エスパーか何かかこの人は。
「誓約魔法とは一種の呪いと言っていい。互いが遵守すると宣言する事で誓約魔法が魂に刻まれる。誓約を破ると魂に直接ペナルティが与えられる。ペナルティによって魂に与えられる痛みは常人であれば良くて廃人、下手をすればそのままショック死するほどだ。肉体の強度など意味をなさない魂への直接攻撃、誰であれ耐える事は出来ない、万が一耐えられる者が居たとしてもただではすまないだろう。そして我ら勇者同盟がオラシオと結んだ誓約はとある対価の代わりにマレッサピエーと魔王国との戦いに協力し、裏切らない事だ」
「いやいやいや、今俺たちに勇者兵を無力化するよう頼んでるのはマレッサピエーへの裏切り行為になるんじゃあないのか? 」
勇者兵の無力化の依頼は明確なマレッサピエーへの明らかな裏切り行為だと思うんだが、今のジョウジに魂へのペナルティが加えられている様子はない、一体どういう事だ?
「フフフ、勇者同盟がマレッサピエーに協力するという誓約魔法とは別にもう一つオラシオと契約を交わしていてね。オラシオは我ら勇者同盟がもし魔王軍に敗れた際の予備戦力も求めていた、なのでこちらから勇者同盟とは別の戦力の勧誘を提案させてもらった。そして、その戦力をマレッサピエーに協力させる為ならどんな事をしても構わないとオラシオは言っていたよ」
「いや、その話と誓約魔法のペナルティとどんな関係があるんだ?」
相変わらず遠まわしな話し方をするジョウジが何を言おうとしているのか俺にはいまいち分からなかったが「そういう事」とデイジー叔父さんが呟き、何かを察したようだった。
「ジョウジちゃんの言う別の戦力っていうのはあたくし達の事よねぇん。そして、あたくし達を戦争に参加させる為に勇者兵を利用したのよぉん。世界の危機を引き起こすかもしれない勇者兵、それでもオラシオちゃんにすれば虎の子の切り札だわぁん。でも世界の為にあたくし達が勇者兵を無力化すれば切り札が無くなっちゃう、そのせいでマレッサピエーが滅ぶなんて事になったらとっても嫌な感じよねぇん」
そうか、ジョウジは俺たちの罪悪感を利用して、デイジー叔父さんを勇者兵の代わりに魔王軍と戦わせるつもりなのだ。
マレッサピエーに協力させる為ならどんな事をしても構わないというオラシオの言葉が、勇者兵の無力化の依頼という明らかな裏切り行為をデイジー叔父さんをマレッサピエーに協力させる為の正当な手段として成立させてしまっている、だから誓約魔法はジョウジにペナルティを与えない、そう考えざるを得ない。
勇者兵が対魔王の切り札なのだとしたらそれが無くなれば当然マレッサピエーにとってかなりの大打撃だ、その状態で魔王が出たならマレッサピエーが壊滅する可能性が高くなる。
俺はきっとそれを見過ごせない、だから願ってしまうだろう、勇者兵の代わりにデイジー叔父さんに魔王軍と戦ってほしいと。
デイジー叔父さんの言葉を受け、ジョウジは愉快そうに笑う。
「フフフ、勘違いしてもらっては困る。私はただ世界の危機を引き起こしかねない勇者兵の無力化を君たちに依頼しただけでしかない。それを受けるも受けないも君たちの自由だった。世界の為ならと君たちは私の依頼を引き受けた。これはただそれだけの話、そして勇者兵を無力化した後に君たちが何を成すのか、それは私のあずかり知らぬ事だ、そうだろうヒイロ?」
ジョウジは嘘は言っていない。
でもこのやり口はなんとも詐欺師めいていて、なんだかもやもやする。
もやもやはするが、今はいちいち言及している時間が惜しい。
この余裕の無さもジョウジの策略なのではないか、今後の流れも掌の上なのではないかと一抹の不安が脳裏をよぎる。
「……急ごうデイジー叔父さん、早く勇者兵を無力化しないと。まずはそれからだから」
俺の言葉にデイジー叔父さんは静かに頷いた。