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258・のんびりしてる暇はないよねって話

マレッサピエー城に向かう竜車の中でジョウジは俺たちにほぼ一方的に話しかけ続けていた。


「戌彦はあれで偏食家でね。野菜、特に苦い物は見ただけでも嫌悪感を露わにするほど嫌っている。食事の中に刻んだ野菜を紛れ込ませてもすぐに気付くのには困ったものだ。いやなに戌彦も子どもじゃあないのだから、好き嫌いするなとは言わないがね。かくいう私も生魚は苦手でね、嫌いな物は嫌いなのだからどうしようもない。元の世界ではよく会社の接待や飲み会なんかでよく高級寿司屋を利用したものだが、あれは中々つらいものがあったよ」


「本来なら休憩をはさみつつ、一日がかりでマレッサピエー城に行くらしいのだが、この竜車を引く竜は特別製でね。休憩なしで通常以上の速度を維持できる、あと二、三時間足らずでマレッサピエー城につくだろう。あぁ、最初に言っておくべき事ではあったが、私たちは表向き対魔王軍の戦力としてマレッサピエーに協力する為に共に行動している。裏向きの目的は勇者兵を無力化し、世界の修正の連鎖的発生を防ぐ事ではあるが、それは悟られないように。もしバレれば我らも魔王の手先か人類の敵とみなされ多少面倒な事になるだろう。まぁ、戦力を割いているマレッサピエーに我らをどうにかする事は不可能に近いがね」


「この世界でも別の国に行くには出入国書のような物が必要になる。身元が不確かな人間が国に入れば、治安の悪化に繋がるのだから当然の事。本来であれば我々召喚された勇者の身元は召喚した国が保証する決まりではあるのだが、今回マレッサピエーに召喚された勇者たちはちょっとしたアクシデントによって私を始め多くの者が身元不明の不審者な訳だ。フフフ、別にデイジーを非難する気はない。おかげで対魔王軍の先兵として使い潰されずにすんだのだから」


「この世界の文明の発達具合を見るに元の世界の中近世、だいたい15世紀から18世紀当たりといった所か。とはいえ、元の世界にはなかった魔法やスキル、実在する神、そして異世界から召喚される者といった物の存在によって元の世界と同等以上と言える物もある。それは何かと問われれば、個人が保有する戦力に他ならない。スキルや魔法、精霊や神の加護によっては個人が一個大隊と互角かそれ以上に渡り合える、そんな事は元の世界では考えられない事だ」


「知っていたかな? こちらの世界の娯楽の一つに動画視聴があるという事を。仕組みはそう難しい物ではない、遠見の魔法と投影の魔法の合わせ技といった所か。劇場の舞台を遠見で見て、見た物を空中に投影する事で遠く離れた場所でも多人数で劇を楽しめるそうだ。ただ、何処の世界でもそうなのだなと思ったが無断で劇を見る者がいるのでそれの対策もしているそうだよ。人間の本質というのは案外どこも変わらないらしい」


よくもまぁ回る口だなと頭が下がる思いだ。

たしか俺たちとは敵対する関係だと言っていた気がするんだが、それに俺に警戒くらいしろとも言っていた気がする、だというのに喋り続けるジョウジには警戒心といった物はどうにも感じられない。

なんとも拍子抜けではあるが、ギスギスとした時間を過ごすよりはマシだろうか。

隣を見ると、用意されていた果物やお菓子類を全て食い尽くしたナルカとフィーニスがスヤスヤと寝息を立てて眠っている。

デイジー叔父さんはたまにジョウジの話に相槌を打っている程度で積極的に会話を広げようとはしていない、何故か顔にパックをしているのがそれはちょっと失礼過ぎないだろうかと思わなくはない。

マレッサとパルカはさっきからずっとぶつぶつと話合っているが小声なのでどんな会話をしているのかは分からない。

俺が周囲の様子を気にしているのが分かったのかジョウジが俺に話かけてきた。


「フフ、不安かねヒイロ。君以外の者は既に気付いている、戦場が近いと。死の精霊と精霊王は食事と眠りによって心身の充足を、デイジーは戦場特有の死臭によって澱んだ空気による肌荒れ対策を、神々は別個体からの同期によって得られる情報の精査を。それぞれが迫りくる戦いに備えているのだ」


「いやちょっと待って、ナルカとフィーニス、マレッサとパルカはともかくデイジー叔父さんそんな理由でパックしてたの? ていうか死臭ってそんなに戦場が近いの? マレッサピエー城に行くって聞いてたんだけど戦場に向かってたりする?」


若干混乱しつつ、死臭だのと言われて俺は慌てて客車の窓から外に目をやる。

窓から見えるのは青々とした草と奇麗に整列した木々、整備された石畳の道、その道の先に小さく城とそれを囲むように広がる街と城壁が見えた。

更にずっと奥、山すら越えた先にうっすら黒煙がいくつか見える、恐らくあそこが最前線なのだろう。

のどかな風景と戦場という対極の物が同時に見える恐ろしさ、どこか他人事のように思っていた戦場が見える範囲にあるという現実に少し背中がゾクリとする。


「微かに見えるかの戦場で人類の存亡を賭けた戦争が行われている。現状、マレッサピエーは人類最大規模の戦力を有しているが魔王軍によってマレッサピエーが陥落するような事があった場合、人類の生存圏は著しく減少し、人類の絶滅も時間の問題となるだろう」


どこか楽し気な声色に俺は少しだけジョウジを軽く睨みつけるが、ジョウジに気にした様子はまったく見られない。


「それと、地上への干渉に繋がる事から恐らくあり得ない事だが、守護神たるマレッサが勇者兵が引き起こすであろう被害について語り、勇者兵の投入をやめるよう言ったとしてもオラシオは止まらないだろう。彼は国を守る為には多少の犠牲はつきものと割り切れる男だ」


守護神であるマレッサの言葉でも止まらない、か。

勇者兵に関して、出来ればオラシオと話し合いでなんとか出来ればいいなと楽観的に考えていたが、ジョウジのオラシオ評を信じるならそんな事で止まる人物ではなさそうだ。


「もしかしたら勇者兵が引き起こすかもしれない世界の修正すら想定している可能性はわずかだがある。ただ彼が世界の修正を想定していたとしても真の意味で世界の修正の恐ろしさを知っているとは考えにくい。この世で世界の修正の凄まじさと恐ろしさを正しく理解出来ているのは世界の修正をじかに味わい生還している君だけだ、デイジー」


「ええそうねぇん、誰かさんのおかげでとっても痛かったわよぉん、アレ。出来たら二度は味わいたくないわぁん」


デイジ―叔父さんが皮肉混じりにジョウジに言葉を返す。

なんだかまたちょっとギスギスしてきた気がする、ともあれ、オラシオが世界の修正のとんでもなさを知ってたらさすがに勇者兵を投入したりはしないと思う、というか思いたい。

大規模な物ならデイジー叔父さんでもただじゃあ済まないレベルのとんでもない事象なのだから普通の人間など塵も残らないはずだ。

デイジー叔父さんにしても一つ二つの小規模な世界の修正ならいざ知らず、連鎖的に発生したらさすがに対処しきれないかもしれない、その時はジョウジが言ったように世界が滅んだっておかしくないのだ。

なんとしても勇者兵を無力化して、その上で戦争を止めなくては。

俺は客車のドアを開けて、軽く身を乗り出す。

思っていたよりかなり速度が出ており、このまま飛び降りようものなら大怪我は確実、まぁそんな事はどうでもいい事ではあるのだが。


「マレッサ、パルカ」


こそこそと話しをしているマレッサとパルカに向かって名前を呼びつつ、俺はナルカとフィーニスを起こす為に二人の体を軽く揺さぶった。

マレッサとパルカ、そして少しして目を覚ましたナルカとフィーニスは開いたドアと俺を見て、なんとなく俺がしようとしている事を察してくれたようだ。

マレッサがやれやれと言った感じで俺に肩によじ登り、パルカは軽く羽ばたいてマレッサとは反対の肩にとまった。

スライム形態になったナルカが俺のマジックバックの中にもぐりこみ、フィーニスは仕方ないなぁと呟いてふわりと宙に浮かんだ。


「デイジー叔父さん、可能性が低いとしても魔王が戦う為に出て来たらオラシオは勇者兵を出すかもしれない。なら急いだ方がいいに決まってる。お願い出来る?」


「んふ、お任せよぉん。ジョウジちゃんはどうするのかしらぁん、ついででいいなら担いであげるわよぉん?」


デイジ―叔父さんの言葉にジョウジは楽し気に笑って立ち上がった。


「フフフ、結構だとも。走った方が早いと言うなら付き合うまで。そういう訳だ御者の君、我々は走っていく、あとは頼むよ」


竜の手綱を引く御者の人が慌てた様子で何かを言おうとしていたが、それを聞く暇も惜しかった。

俺がドアから飛び出したのと同時にデイジー叔父さんとジョウジも客車から飛び出した。

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