255・大人の仲裁を子どもがするのって気が重いよねって話
「人間兵器?」
死んだ勇者から摘出した勇者特権を移植された人間、勇者兵。
人間兵器とジョウジは言ったが、そもそも勇者特権って摘出とか移植出来る物なのか? いや、そういえば、竜の胎というダンジョン内で出会ったジャヌーラカベッサの王様の弟、ダルマシオが『一蓮托生』という勇者特権を使っていたっけ。
確か、刻まれた、とかなんとか言ってた気がする、そんな事を俺が考えているとジョウジが更に話を進め始めた。
「そう、人でありながら戦争兵器として消費される存在。他者のスキル、それも勇者特権という破格の力、よほど相性が良くなければ植え付けられた時点で人格は破壊され、廃人と化す。むしろ廃人となった方がその後魔法で操りやすいのだから都合はいいのかもしれないがね」
「ずいぶんと詳しいのねぇんジョウジちゃん。たしか、ダルマシオちゃんも勇者特権を持っていたわよねぇん、ダルマシオちゃんはこっちの世界の人間、一体どこから勇者特権を手に入れたのかしらねぇん?」
デイジー叔父さんの言葉にジョウジは少しの間を開けて答えた。
「詳しくは言えないが、私の勇者特権の力とでも思っていただこう。オラシオの用いている方法とは異なり、比較的安全に勇者特権を他者に刻む事が可能となる。色々と誓約はあるのだがね。企業秘密というやつだ」
「ふぅん、全部ホントじゃないけれど、嘘でもないって感じねぇん。もしかして、そうやって色んな人を騙してるんじゃないかしらぁん? いけない人だわぁん」
「デイジー、しょせん人は信じたい物しか信じない。事象は多面的なものだよ、立ち位置が変われば見え方も変わるものだ。百円玉は円形であるという事と百円玉は長方形であるという事はどちらも事実であり両立する、ただどのように見るかの違いでしかない。真実も嘘もまた然り、だ。私の言葉をどのように判断するかは相手次第だ」
「物は言いようよねぇん。ようは騙される方が悪いって言ってるのと同じ、そんなの詐欺師と変わらないわよぉん?」
「遥か昔、神の言葉を受け故国の為に戦った少女がいた。しかし少女は魔女として火あぶりにされ処刑された。少女の罪は教会を介さずに神託を受けたと主張した事とされているが、少女の主張が嘘であろうと真実であろうと、少女は事実として故国を救っている。はたして、少女が残した結果は嘘から生じたモノだったのか、真実から生じたモノだったのか。当人にしかわかり得ぬ事の真偽にどれほどの価値があるというのか」
「小難しい話で煙に巻こうとしてもダメよぉん? アナタはその女の子じゃないわぁん、無関係の事を無理矢理紐づけないでちょうだぁい」
「フフ、私もまた道の途中でしかない。君もいずれ分かる時が来る、私の悲願が達成されたその時、事の真偽など些末な事であったと」
「それはつまり、嘘をついてる事を認めたって事でいいのかしらぁん?」
「先ほども言ったが、どう思うかは相手次第。私の言葉をどう受け取るか、それは君の自由だ。ご想像にお任せしよう」
デイジー叔父さんとジョウジの会話が進むごとに空気が明らかに重くなってきている、かなり話が横にそれてる気がするんだが……。
(マレッサ、パルカ、二人とも神様なんだからなんか話の筋道を戻してくれないか?)
小声でマレッサとパルカに話しかけてみるが、二人とも何とも言えない雰囲気で唸っているばかりで返事がない、どうしたのだろうか?
『うぅ……比較的安全に勇者特権の移植もん? スキルの移植は人間たちが長年研究してきた事ではあるもんけど、成功例なんか数えるほどもんよ。神にだってそこまで器用な事が出来る奴がいるかどうかもん……』
『ジャヌーラカベッサの王族は数少ない成功例だと思ってたけれど、この勇者が意図的に手を加えてたって事? 勇者特権の摘出と移植が自由に出来るなんて、世界の法則が崩れかねないわよ……』
勇者特権の摘出と移植の事が何やらショックだったのか二人してブツブツと呟いている。
デイジー叔父さんとジョウジの二人も何だか剣呑な雰囲気で今にも殴り合いでも始めそうな雰囲気だ、どうしたものかとあまり期待せずに隣に座っているナルカとフィーニスに目を落とすと、二人は備え付けのテーブルの上に置かれているフルーツの盛り合わせやお菓子を黙々と食べ続けていた。
ダメだ、このお子様たち食べ物に夢中でこの空気に気付いてない、俺がどうにかしないといけないのだろうか?
重苦しくなっていく空気に耐え切れず俺はデイジー叔父さんとジョウジの会話の間に割って入る決意を固める。
「あー、この竜車ってのはマレッサピエー城に向かってるらしいけど、だいたいどのくらいで到着するのかな? 到着後は何をすればいいのかとか、色々説明してもらえると助かるんだけどなー。もちろんまず聞きたいのマレッサピエーの問題ってやつなんだけれど」
いかん、かなり棒読みな感じになったし、ちょっと緊張して声が上ずった気がする。
俺の言葉の後、竜車内がシーンと静かになる、数秒か数分か、体感では数十分は経った気すらしてしまう、誰か何か言ってくれ、変な汗が出て来たじゃあないか。
俺がドキドキしながら沈黙に耐えていると、デイジー叔父さんとジョウジはほぼ同時に大きく息を吐いた。
「ごめんなさいねぇん、緋色ちゃん。あたくしとした事がちょっとだけ、ムカムカってしちゃってたわぁん。ジョウジちゃんもごめんなさいねぇん、今は緋色ちゃんに免じて見逃すわぁん」
「いや、こちらこそ誠に申し訳ない。緊急事態とは言えデイジー程の存在と手の届く範囲で話をするなど、私としても死を覚悟せねばならない。事を為すまでは死んでも死にきれないと多少気を張っていたのは事実だ。閑話休題と言っておきながらこの体たらく、重ね重ね謝罪する他ない。では、単刀直入にいくとしよう」
ふぅ、頑張って声をあげた甲斐があったようだ、二人とも俺のマヌケな声で緊張感が多少解けたと思っておこう。
「マレッサピエー、ひいてはオラシオが対魔王軍の切り札の一つとして用意している勇者兵だが、あれはオラシオが想定していない事象を引き起こす可能性が非常に高い」
「オラシオが想定していない事象って?」
ジョウジの言葉に俺が質問をすると、ジョウジは何処か楽し気な口調でさらりと言ってのけた。
「ジャヌーラカベッサの地下、竜の胎で君たちが目にし、デイジーをして威力を抑える事しか出来なかった力の奔流、すなわち世界の修正だよヒイロ」




